それはパスワードと呼べない

<どうもありがとうございました>

 拠点の”ラガシュ”まで無事に戻ってこれた俺らは口々に”ヨッシー”さんに礼を言う。

<すごく強いですね。単独ソロなら最強かも>

<いやー、それほどでも、あるかな>


 実際、”ヨッシー”さんは、強かった。他職と見比べると見劣りする蛮族闘士とはいえ、レベル50ともなると圧倒的だった。通常攻撃なのに一撃で相手は行動不能になる。一方、苦手なはずの魔法攻撃を受けても表示されている体力のゲージがほとんど減らない。あの連中は今頃何が起きたのか分からず悔しがっているだろう。

<じゃ、解散前に、道具屋寄ってもらえるかな?>


 恩人の頼みだ。言われるままに寄ると、1万超の金貨を入手したとのメッセージが表示される。今回の襲撃を受ける前の任務の成功報酬が5千ということを考えるとかなりの金額だ。

<金はたいして持ってなかったけど、PKするだけあって装備はそこそこいいの持ってたなあ>

 戦闘終了時の獲得アイテムの分配時に、助けてもらった手前、入手参加を遠慮したので全部”ヨッシー”さんが手に入れたのだった。ということは”ないとめあ”達を倒して入手したものを売った代金がグループに分配されたってことか。


<これはもらえないよ>

 抗議する俺達に、”ヨッシー”さんが言う。

<残念。もう分配しちゃったから戻せないよ>

 確かに言う通りだ。CALでは複数アカウントを利用したゲーム内通貨の集積をさせないためプレイヤー同士で金貨を受け渡す手段がない。同様にアイテムの売買もプレイヤー同士が直接行うことはできない。

<ほら、あんな連中の装備えんがちょで使いたくないじゃん。なんで売っぱらってお裾分け。マネーロンダリングみたいなもんよ>

 なんか違う気がする。


<ありがとう>

<いいってことよ。じゃあ、また見かけたら遊んでくれな。おつー>

 ”ヨッシー”さんがグループを抜ける。その後、仲間とチャットで”ヨッシー”さんの話題で盛り上がった。いつもは夜更かしするのだが、その日はなんとなく疲れたので早めにログアウトすることにした。

<お疲れ様。今日は早いけど落ちます。また明日>


 翌朝8時にログインすると顔なじみの仲間はいない。顔なじみの仲間は社会人らしく、仕事なのか、この時間には不在がちだ。一人でどうしようか考えていると、昨日の”ヨッシー”さんを見つけた。

<昨日はどうもありがとうございました>

<もう済んだことよ。それよりも暇なら手貸して。モンスター200体倒せがでちゃってさ、面倒なんだよ>


 日々ランダムでいろいろな任務が与えられ、それをクリアすると報酬がもらえる。特定のモンスター200体を倒せというのは、単体攻撃しかできない蛮族戦士がクリアするのは確かにダルいだろう。

<もちろん、手伝います>

 チームを組み掃討を開始する。


<助かった。早い早い。ありがとな>

<お役に立てたなら良かった。昨日のお礼です>

<折角だし、もう少し一緒に回るか?>

<はい。お願いします>

 強い相手と組んでいるので、一人では無理な敵も倒せるし、任務もクリアできるので、今までとは格段に短い時間で、自分のキャラクターが強化される。色々なコツも知っていて、ゲームをしながら教えてもらった。


 その日の夕方に”ヨッシー”さんを”暁のグリフォン”に誘ってみる。

<ソロで活動しているならうちのギルドどう?>

<そうだなあ>

<それだけ強いんだから、うちみたいなとこじゃダメ?>

<そういうわけじゃないんだ。まあ、前のとこでメンバーのゴタゴタがあってさ、今はソロでいいかなって>


<どうしたの?>

<まー、ギルドメンバーにサークルクラッシャーの子がいてさ>

<サークルクラッシャー?>

 なんだそれ?そんな職業あったかな。


<オフ会やったのはいいんだけど、その後、参加した男全員と次々とできちゃって、人間関係ぐちゃぐちゃになってね>

 えっと、それってどういうこと?しばらく返事ができない。

<なんで嫌になってソロでやってるんだ>

<そうなんだ>

<あ、でも、sbkさんとパーティ組むのは全然OK>

 画面に”ヨッシー”さんからフレンド申請が来ています、との文字。承認ボタンを押す。フレンド登録されていると、ログインしているかが分かりパーティを組むのに便利だ。

<フレンドありがとうです>

<こちらこそよろー>

 

 ”ヨッシー”さんと知り合って2・3日後の夜に一緒に遊んでいると、”騎士クラウド”さんがログインしてきて、全プレイヤー向けのチャットで叫ぶ。

<いえーい、今日は20代最後のおいらの誕生日だよ~>

<おめー>

 多くのプレイヤーの祝福の声が流れる。俺もギルドメンバー用のチャットでメッセージを送る。”騎士クラウド”さんは酔っているのか、もともと面白い人ではあるんだけど、いつも以上にノリがいい。そこに俺宛の指名チャットが表示される。”ヨッシー”さんだ。


<余計なお世話だと思うんだが、誕生日告白タイム始まっても相手するなよ>

 予言が当たったかのように、数人から、いつが誕生日のような発言が始まる。

<sbkさんはいつなんよ?>

 聞かれたが、躊躇している間に、話題が変わった。


 そして、それから1週間ぐらいたった平日のある日、珍しく、”騎士クラウド”さんが早朝からいた。ログインするとすぐにパーティの誘いがあり、パーティを組んで出かける。

<目的地どこですか?>


 返事がないまま、途中で沸くモンスターを倒しつつ、どんどんと進んでいく。そして、保護エリアを出てしばらくすると突然パーティから外され、戦闘画面に切り替わる。え?突然のことに混乱し反応できない。そして、画面が赤く光る。1回、2回…計5回の閃光が消えると、先日の”ないとめあ”一味が参戦していた。そういうことか。”ないとめあ”一味の参戦が逆にどうすべきかの判断を後押しする。


 こんな連中の相手はしてられない。自分一人なら気兼ねなく逃げればいい。アイテムの使用を選択し、”マンティコアの翅”を使用する。効果が発動するまでに2発ほど攻撃を食らったが、次の瞬間には、”ラガシュ”の広場に立っていた。ふう、金貨2万枚もするアイテムの効果は抜群だった。先日の”ヨッシー”さんの教え。戦闘から離脱できる”マンティコアの翅”は最低1個は持っておけ。高いが1日無為に過ごすよりはマシだろ。


 しかし、”騎士クラウド”さんがあんなことをするなんて……。何か俺がマズいことをしたのかと自問する。いや、ないはずだ。昨日までは特に変わったことはなかった。そこへ追い打ちをかけるようにメッセージが表示される。”暁のグリフォン”は”ハチ”を追放しました。”暁のグリフォン”は”ユリコ”を追放しました。次々とギルドメンバーが追放され、”暁のグリフォン”はあなたを追放しました、と表示される。マジかよ……。

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