ちょっとは距離が縮まった?
「なんか、重いなあ。王様の耳はロバの耳って告げられた感じ」
しばらく沈黙したあとに首を振りながら言う。
「この話、私の胸に収めておくのは正直きついよ。今後、この話がさ、榊原くんの周りででたら、私のことを疑わない?」
「それならそれで構わないよ。他の人はもうどうでもいい」
「そんなはずはないよ。だって今まで苦しんできたんでしょ。変だよ。私のことだってまだよく知らないのに。私のことを信頼してくれてるんだろうけどさ」
そして、片倉さんはハッとする。
「そっか、それって昨日の私だよね。勝手に信頼して、期待して、負担をかけて。あぁ、やっぱり私って自分勝手だ……」
萎れてうつむく。
「ごめん。うまく話ができなかったみたいだ。えーと、単に俺は片倉さんが期待しているよりもヘタレかもよって事前に言い訳したかっただけなんだ。うーん、これはこれでダサいなあ。でも、本当に頼ってくれたことはうれしかったし、できる限り役に立ちたいと思ってる」
「でも」
「さっき、私のことまだよく知らないって言ったよね。だったら、もっと片倉さんのこと知りたいし、俺のことも知ってほしい。まだ、未熟だけど期待に応えられるよう頑張るからさ」
「そうね・・・…。私の方こそ、失礼なことばかりでごめんね。ずるいけど、さっき、重いなんて失礼なこと言ったのは、無しにしてもらっていい?もう1回やり直しさせて」
「うん」
「榊原くんはヘタレマン。りょうかい」
そう言いながら、悪戯っぽくほほ笑む。
「でも、私は榊原くんを信用します。これからもよろしくね」
俺は大きくうなずく。ほっとした俺の顔が店の窓ガラスに映る。外はもう真っ暗だ。
「やべ、もうこんな時間だ。片倉さんをこんなに遅くまで付き合わせちゃって」
そう言って席を立つ。
「それじゃ、続きはまた今度ね」
「え?」
「だって、このままだと中途半端でしょ。あんな後味の悪い話で終わりでいいわけないじゃない。続きの話を聞かせて」
そして、顔をしかめると、ゴメンと言って、スマートフォンを取り出した。
「んー。もう子供じゃないんだけどな。心配しすぎ」
ああ、お兄さんか。
「バス停まで送ってくよ」
「榊原くんまで子供扱いするの」
「どうせ帰り道だし。それに、送っていかずに万が一何かあったら、君のお兄さんに殺される」
おどけて誘う。
歩きながら、
「そういえばさ、今日見学して思ったんだ。入部してくれる人が少ないって話」
「なにか気に入らないことがあった?」
「気に入らないわけじゃないけど、あれ、正座が辛いんじゃないかな。練習しているのと違ってずっと座りっぱなしだろ。あれ慣れてないと足痺れちゃう。特に男は体硬いし、重いじゃん?」
「ああ、そうかもね」
「他部からの転向組はまだ居そうだし、椅子用意したらいいんじゃないかな」
「ありがとう。木村主将に言ってみる」
バス停に着く。次のバスは5分後だ。
「それでさ、その木村主将が、やっと来た、って言ってたんだけど……」
「あぁ、えーとね、主将に誰か入ってくれそうな人他にいない?って言われて、お願いすれば、見学には来てくれそうな人います、って言っちゃったんだ。体動かすのは嫌いじゃないはずだし、まだどこにも入ってなかったから、可能性はあるかなって」
上目遣いに申し訳なさそうな顔してみせている。
「私って、こうやって見ると、つくづく、人の好意に付け込んでて感じ悪いわね」
「おっと、ストップ。俺に選択肢が無かったわけじゃない。悪い申し出じゃなかったから受けただけ。それを言ったら、俺なんか下心丸出しだし」
「そうね」
と言って笑いだす。
「それじゃ、もう1回ダメ押ししちゃおう。入部のこと真剣に考えてみて。ポイント高いぞ」
ちょうど、バスが到着する。
「ああ。じゃ、気を付けて」
荷物を受け取って乗り込む片倉さんに言って、手を振った。
家に帰ると20時近い。パジャマに着替えた志穂が出迎える。
「お帰りなさい。こんなに遅いなんて珍しいね。あ、そういうことか」
にひひと笑って、俺がなにか言う前におやすみなさいと自室に逃げ込んだ。食事と風呂を済ませてパソコンの前に落ち着いたのは21時過ぎ。CALにログインすると主要メンバーが概ね揃っている。挨拶をして高難易度の
CALはいわゆるヨーロッパ中世風の世界を舞台としたゲームで、プレイヤーは自分の分身となるキャラクターを操作して様々な冒険をする。敵と戦い、宝物を探し、色々な使命を果たしながら成長していく。
ありがちな設定ではあるものの、美麗なグラフィック、多様なキャラクター、種類豊富な装備だけでなく、多彩なイベントを開催して飽きさせないし、規約違反者には厳正に対処することで評価が高い。強いて難点を挙げるとすると、やらなきゃいけない要素が多すぎて、キャラクターの成長をさせるのが大変なことだろう。その難点も見方を変えればやりこみ要素なわけで、流行の移り変わりが激しいこのジャンルのゲームで5年以上続いていることでもその人気ぶりが分かる。
この手のゲームにおける強さは、基本的にプレイ時間×支払ったお金の式で表すことができるが、ほぼサービス開始当初からやっているため、俺はそこそこ強い。現実世界では、努力した結果をすぐ体感することはできないが、ゲーム内での努力は目に見える形で実感できる。何かを行動した結果が強さの数値となって表示されるし、今まで、倒せなかった敵、行けなかった場所、それらがクリアされていく快感は麻薬的だ。
俺は初めてすぐの頃からその魅力の虜となっていたが、小学校生活がうまくいかなくなるにつれて、急速にのめり込んでいった。それは楽しみのためというより嫌な現実からの逃避という側面が強かったのだろう。不登校となってからは、ゲーム画面に張り付きの状態になっていた。両親、特に母親はあまりの熱中ぶりに少しは控えるようにと言ったが、言うことを聞かなかった。担任・クラスメートへの呪詛を代わりにゲーム内でぶつけていたのだ。自分の小ささ・弱さを忘れることができるひとときは手放せない。
やめないならパソコンを捨てるとのセリフには、だったら死ぬ、とまで言った。
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