なぜにこうなった?

 スマートフォンを手にする。問題はチャットにするか、電話にするか。チャットの方が気が楽だが、ここは敢えて電話にした方がいいだろう。アドレス帳から片倉さんを選び、深呼吸をして、コールボタンを押した。5コールほどするが、出ない。いざ、電話したものの急に気後れした俺は、ある意味ホッとして電話を切ろうとする。その瞬間、電話がつながった。


「あ、榊原くん、こんな時間にどうしたの?」

「遅い時間に悪い。どうしても今日中に聞きたいことがあって」

「昼間のこと?」

「ああ。えーと、あれ、片倉さんもヤバいサイトだって分かってたんだろ」

「違うよ。昼間も言ったじゃない。榊原くんのお陰で助かったって」

「それは嘘だ」


 ヨッシーさんの推理を話して聞かせる。もちろん、俺のことを信用してたの部分は省略だ。

「誰なんだ。あのサイトのことを片倉さんに教えたのは?」

 しばらく、間が空く。

「ごめんなさい……」

「ごめんてどういうことだよ」

「なんとなく変だなとは思ってたの。でも、言われるまでははっきりとは分からなかった。巻き込んじゃってごめんなさい。そうだよね。怒るよね」

「違うよ。俺が怒ってるのは、こんな陰湿なことをしようとした誰かに対してだ。だから、誰が片倉さんに教えたのか知りたい」


「知ってどうするの?これは私の問題でしょ」

「いや、俺の問題でもあるね。俺は今じゃ、折角の企みをぶち壊した邪魔者なんだぜ。なんで片倉さんをはめようとした一味をかばうんだ。そのせいで俺に矛先がむいても構わないのか」

「片倉くんは強いから……」

「強くなんかないっ」

 自分でも驚くような大きな声が出てしまう。


「……ごめんなさい。私が馬鹿だった。榊原君なら大丈夫、なんとかしてくれるって勝手に期待して、迷惑をかけて本当にごめんなさい……」

 最後は鼻声になりながら謝る。違う。聞きたいのは謝罪の言葉じゃない。力になりたいだけなんだ。しかし、俺の舌はもつれたように動かない。そして、ようやく口から飛び出した言葉は言いたいこととは全く違うものだった。

「もういい。じゃあな」

「ま」

 何か言おうとしていたが構わず電話を切る。胸の中に苦さだけが残る。なんで、こんな風になっちゃったんだ。


<sbk:ということになった。そんなつもりじゃなかったのに>

 気が乗らなかったが、”ヨッシー”さんに顛末の報告をする。しないと、この人ずっと待ってるだろうから。CALの仲間に用事ができたと告げて、”ヨッシー”さんはゲームを離れ、チャットルームに来てくれた。いつでもこの時間はゲームをしている”ヨッシー”さんなので、何があったんだとちょっとした騒ぎになっているだろう。


<ヨッシー:最初は良かれと思っての結果がひどいことになるなんてよくあることさ。特に、お互いまだ若いもんなあ>

<ヨッシー:なあ、啓太>

 普段は間違って皆のいる前で本名を出さないように2人のときでもゲームのユーザー名でしか呼ばない”ヨッシー”さんが、俺の名で呼びかける。


<ヨッシー:俺が悪かった。一代の不覚だ>

<sbk:なんで、ヨッシーさんまで謝るんだよ>

<ヨッシー:この事態を予測できたはずなんだ、いや、半ば予測してた。だったら、強く止めるべきだったんだ。それをしなかったのは俺の落ち度だ。すまん>

<sbk:そんなのおかしいだろ。俺が勝手にヒートアップして女の子にひどい態度をとったのに>

<ヨッシー:いや、未熟な弟子の力量を把握したうえで、無駄な被害を出さないようにするのも師の務めだ。俺はそれを果たせず、啓太の人生に大きな昏い影を投げかけるような事態にしてしまった>


<sbk:なんかすごく大げさな話になってないか>

<ヨッシー:そんなことはないぞ。その片倉って子と非常っーに気まずい関係になったわけだろ。そうなる前は、理由は良く分からないが、その子の中でお前に対する好意といっていい感情があったはずだ>

<ヨッシー:で、困った事態が起きて頼ってみたら、期待してたとおりうまく事態をさばいてくれた、やっぱり啓太ってス・テ・キって期待値が上がるよな>

 いいおっさんがス・テ・キとかちょっと気色悪くねーか。


<ヨッシー:そこに電話が来る。ありがとう、今度お礼するね、という流れにだな、いきなり詰問したあげく、感情を高ぶらせるわ、包容力はないわで、なんかがっかりとマイナス5万点>

<sbk:なに勝手に妄想ふくらませてんだよ>

<ヨッシー:いいか、よく聞けよ。ちょっと若者にはまだ早い内容だがな。たぶんお前の人生で、その片倉って子以上に素晴らしい女性に巡り会う可能性はまずないと思え>


<ヨッシー:でな、その子と、まあなんだ、一旦ふかーい関係になればな、縁起でもないが、その後仮に関係がうまくいかなくなったとしても、甘く苦い思い出だ。まだ残りの人生に明かりは残る>

<ヨッシー:だがな、このまま何もないとな、これからの人生で出会う女性とは、うまくいかんぞ。その女の子の悪いところを見ないまま、女性に対するあこがれや期待が膨らんだ虚像と比べても現実の女性は敵うわけがない。ましてや、その虚像のもともとがハイスペックなんだからな>

<ヨッシー:魔法使いになるか、女の敵になるか、どっちにしてもあまり楽しい未来予想図じゃない>


<sbk:ヨッシーさん、良く分かんないよ。いや、分からなくはないけど、ちょっと極端すぎる気が……>

<ヨッシー:いや、そんなことはない。だいたい、お前の中でもその子は気になる対象のはずだぞ。胸に手をあててよーく考えてみろ>

<ヨッシー:ま、決めるのはお前だ。俺の人生じゃねえ。ただ、もし、そうして欲しいならできる限りの助言はしよう。低レベル初期装備でラスボスに突っ込むようなもんだからな>


 くそ。何から何まで”ヨッシー”さんの言う通りだ。こんなことで片倉さんと疎遠になるのは残念過ぎる。このままでは学校に行く楽しみがなくなって……。学校での楽しみ? 学校に楽しみなんてないはずじゃないか。

<ヨッシー:急かして悪いが、どうする>

<sbk:どうするって?>

<ヨッシー:彼女との関係修復したいか?>

<sbk:できるの?>

<ヨッシー:まあ、保証はできんが、マイナス5万点をゼロにするぐらいはできるかもな>


<sbk:分かった。ヨッシーさん、その方法を教えてほしい。ただ、その前に例のサイトこのままでいいのかな。誰か他の人にも被害がでるかも>

<ヨッシー:やー、お前のそういうとこ大好きだよ。たとえ照れ隠しだとしてもな。大丈夫。そのサイトはもう機能してない>

<sbk:え、どういうこと?>

<ヨッシー:お前が彼女と痴話げんかしてる間に、ボットを使って大量アクセスかけて落としておいた。もうつながらない。ま、また新しいのを作るかもしらんが、メッセージは伝わったと思うよ>

<sbk:落としたってなんだよ。それよりも彼女じゃねえし、痴話げんかってなんだよ>

<ヨッシー:彼女にしたいんだろ。じゃ、たいして変わらん>




 






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