第98話 黄麻台高校七不思議そのニ
「ところで十魔子さん……」
何ゲームかの後、十魔子の様子を見て機嫌よしと判断した健作が、遠慮がちに呼びかける。
「ん?」
十魔子はトランプ遊びに熱中し始めていて、自身の手札を凝視しながら、戦略を練っている。
「その、異界での事なんだけどさ……」
「異界なんていくらでもあるでしょ。どの異界のこと?」
「いや、その……。先日の絵の中の異界でさ……、十魔子さんの分身がした事なんだけど……、あれってつまり……」
その時、十魔子は健作をギロリと睨みつけ、視線だけで健作を黙らせた。
「あれは分身が勝手にやった事。私のあずかり知らぬ事です」
「で、でも、あの分身には深層心理が反映されてるとかなんとか……」
「分身が!勝手に! やった事です! この話はこれで終わり! いいわね!?」
十魔子の言葉には有無を言わせぬ迫力があった。
「……はい」
健作は肩を落として黙るよりなかった。
二人の様子を、夏樹と花子はニヤつきながら見ていた。
夏樹が花子に耳打ちする。
「人には自分と向き合えって言っておいて、自分の事になるとこれなんですね」
『あの子、そういうとこあるよね』
花子が囁き返す。
「そこ、うるさいわよ!」
その時であった。
「ふー……」
冬美が感嘆のため息をついて、椅子ごと健作達の方を向いた。
「出来ました」
冬美は呟くように言った。精魂尽き果てたように疲労しているのが目に見えていたが、それでも何かをやり遂げた人間の持つ爽やかな笑顔を浮かべていた。
キャンバスには一人の少女が描かれていた。
美術室の中、椅子に座って正面を向いているという構図は以前と同じだが、描かれた少女は以前と違うものだった。
それは、あるいは分身の冬美に似て、あるいはリヴァイアサンにも似て、もしかしたら夏樹や十魔子にも似てるかも知れない。
線は細いが、血色は良く、快活な印象を受ける。
特徴的な灰色の髪を肩まで伸ばしているのが、何か異質なものを感じさせて、神秘的な雰囲気を醸し出している。
「おぉ、すげぇ! 上手だね。ねぇ、十魔子さん?」
芸術に疎い健作が小学生並みの感想を口にする。
が、十魔子も、夏樹も花子も放心したかのように絵を見つめている。
「ん? みんなどうしたの?」
「え? あぁ、ごめん。ちょっと感動してて」
「か、感動?」
『うん。専門用語とかわからないけど、なんかオーラが凄いよね。情熱が込められているというか』
花子も感想を口にする。
「お、オーラ?」
健作はもともと霊感が鈍い人間だった。それが分霊人となった事で霊気を五感で感じ取る性質になってしまった。
芸術作品を見て感動するのは、その技巧に対するものもあるが、製作者が無意識に作品には込めた霊気を、鑑賞者もまた無意識に感じ取る事で起こる作用でもある。
「健作くん、匂いを嗅いでみて」
「匂い?」
十魔子に言われるまま、健作は目を閉じて鼻を効かせる。
部屋の中の雑多な匂いに混じって6人分の匂いがする。
「……ん?」
自分、十魔子、花子、夏樹、冬美、部屋の中には5人。正確には4人と一柱しかいないはずだ。
未知の匂いは、目の前のキャンバスから漂っている。
「え? うそ、どういうこと?」
健作の鼻は、キャンバスから絵の具の匂いを感じ取っている。本来ならそれのみであるはずだ。しかし、一方で絵の具に込められた霊気とも違う、一個の存在が放つ霊気を、健作の鼻は感じ取っている。
「優れた芸術には生命が宿ると言われてるでしょ。秋山さんは絵の具やキャンバスに元から霊気が宿っていたとしても、それを作り上げたのよ。それって凄いことよ」
十魔子が力説した。
「そんな大層なものじゃないですよ」
冬美は照れ臭そうに笑った。
「ただ、私が今まで培ってきた全部を入れました。それだけです」
そう言ってから誇らしげに微笑むと、そっと目を閉じて寝息を立てはじめた。
全員が冬美に注目している中で、絵の少女が誰ともなしにウィンクした。
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