第97話 部長 三葉健作

 日が落ち、放課後になると日中の蒸し暑さが嘘の様に過ごしやすくなる。


 冬美の絵は細い筆で細部を描いている段階に入っている。


 彼女がこうなっている時の集中力は凄まじいもので、健作達の会話は耳に入らない。


 健作達は暇なのでトランプ遊びに興じていた。今は7並べをやっている。


「要するに、これってあれだろ? 学校の怪談でよくある絵が動くってやつ」


 健作が札を出しつつ、キャンバスを指して言った。


「あれは絵に魂が宿ったものだけど、今回の場合は魂に絵を描いてるの。まぁ、起こる結果は同じだけどね」


 十魔子も札を出しながら言った。


 花子と夏樹も札を出した。


「と、言う事は、俺が描いても良かったのか? 自分が描いた絵が動き出すって、結構夢があるよね。あ、パス」


「それは無理ね。私もパス」


 花子がポルターガイストを駆使して札を出すのを、二人は黙って見ている。


『いや、別に自分の番じゃなきゃ喋っちゃいけないって事はなくない?』


「まぁ、そうなんだけど……」


「なんとなく……」


 夏樹はそんな二人を見て苦笑した。


「つまりね、ただ単に絵を描けばいいってものじゃないのよ」


「と、言うと?」


「ありきたりな言葉だけど魂を込められるかどうかなのよ」


「それってつまり、一生懸命描くって事でしょ?」


「一生懸命の度合いが違うのよ。寝食を忘れるってよく言うでしょ? それほどの情熱で作られた作品には、作り手の霊気が宿るのよ。無意識にね」


「食べるのも寝るのもしないのは、俺にはちょっと無理だなぁ」


「でも、そういう気持ちで書かれた絵でなければ、魂魄の性質を変える事はできないのよ。秋山さんはそういう絵を描ける人だと思う。それに、ドリアン・グレイの絵の具を使い慣れてるし、この中じゃリヴァイアサンと1番接していたからね。だから、この役目はあの子にしかできないのよ」


「なるほどなー。俺が十魔子さんを手伝いたいって言っても随分と渋ってたのに、秋山さんの提案はあっさり受け入れたのはそういうわけだったのね」


 その言葉に、十魔子はハッとしたように顔を上げて健作をみた。


「あ、ごめん。嫌味を言ったつもりじゃないんだ」


「……確かに、言われてみればそうよね。健作くんを関わらせた事で私自身に緩みがあったかも」


 十魔子が目を伏せる。


「私はいいと思いますよ」


 夏樹が口を挟んだ。


「正直、悪魔という実在する脅威があるのに、限られた人間が秘密裏に対処するというのもおかしいと思うんですよね。それが悪魔の被害を見えにくくしてるんじゃないかな? 今回の事にしたって、たまたまオカ研の貼り紙を見たからよかったものの、そうじゃなかったら誰にも相談できずに手遅れになってましたよ」


「言いたいことはわかるわ」


 十魔子が顎を擦りつつ答える。


「今の時代、悪魔は存在しないという事が共通認識。それが悪魔の暗躍を許している側面は確かにある。けど、同時に悪魔の力を削いでいる側面もあることを忘れてはいけないわ」


「どういう事です?」


「悪魔は人の恐怖心を餌にしてる。もし、悪魔が実在するという事が社会の共通認識になったら、社会全体が悪魔に対して恐怖を抱くことになる。つまり、それだけ大量を餌を悪魔に渡してしまう事になるのよ。そうなったら、悪魔の力は異界に留まらず、現実の世界にも影響を及ぼす程になってしまう。逆に言えば、今の悪魔の被害が個人のレベルに収まっているのは、悪魔が存在しないという共通認識のおかげなんです」


「う~ん……」


 夏樹が唸ったあと、目を細めて十魔子を見る。


「つまり、こういう事ですか? 社会全体の為に個人的な被害には目をつむると?」


「そうしないために私たちがいるんです」


 十魔子はまっすぐに夏樹を見て言った。


 二人は暫く視線をぶつけ合っていたが、やがて、夏樹は納得したように小さく頷いた。


「わかりました。私も気をつけて見て、霊障に遭ってそうな人がいたら知らせますよ。あの貼り紙って、まだ有効ですよね?」


 夏樹が言ってるのは、健作が貼りだした怪奇体験募集の貼り紙の事である。


「そうですね。魔術や分霊人の事は伏せて、あくまで部活動の一環としてのオカルト研究部を、それとなく紹介してください。私達、基本的にここにいると思うんで」


「!?」


 健作は目を丸くして十魔子を見た。


「え? じゃあオカ研やっていいの!?」


「まぁ、実際に効果があるとわかった以上はね」


「やったぁ」


 健作は小さくガッツポーズをした。


「じゃあ、俺が部長で、十魔子さんが副部長って事でいいかな?」


「いいわよ。私には部活の運営なんて出来ないし」


「それじゃ、そんな感じに手続きをしておくね。よーし、忙しくなるぞぉ!」


 健作がウキウキしながら札を出す。


『あ、あがり』


 それに続く札を花子が出す。最後の一枚であった。


「ぎゃっ!」


 悲鳴を上げる健作を、十魔子は横目に見ながら、フッと微笑んだ。

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