第93話 いい人 三葉健作

 健作は、床に転がった霊気結晶を拾って小瓶に詰め直してポーチにしまった。


 自分でも何故リヴァイアサンを助けようとしたのかわからなかった。


 当然のことながら友情など感じていない。恩を売るといった打算など思い浮かばなかったし、分かり合えると期待したわけでもない。


 ただ、目の前の相手が死にそうだと思ったら、あのような事をしていたのだ。


 情けをかけて改心するような存在ではないと、思い知っていたはずなのに。


 こういうところが、リヴァイアサンの言う"いい人"という弱点なのだろう。


「はぁ……」


 自分の甘さに辟易しながら振り返ると、十魔子は小型の円盤を指先で回して遊んでいた。


 遊んでいたと言っても、顔は無表情で楽しそうには見えない。


「な、なぁ十魔子さん」


 健作が呼びかけると、十魔子は顔を上げて健作をみる。そして、円盤をポイっと捨てて健作に向き直った。


「た、助けてもらってこういう事言うのもなんだけどさ、相手を苦しめるのは、その、良くないと思う。そりゃ、向こうは俺たちを苦しめるのが生きがいみたいな連中だけど、俺たちがそうなってはいけない。だろ?」


 十魔子は無表情で健作を見ている。その顔には、リヴァイアサンの黒い体液が無数に飛び散っていた。


「そ、それにほら、単純に汚れちまうしさ」


 健作はウエストポーチからハンカチを取り出して、十魔子の顔の汚れを拭こうと近づける。


 その手を、十魔子が突然掴んだ。


「え?」


 一瞬の事だった。表情は変わらず、予兆もない行動だったので、健作は面食らった。


 十魔子はもう一方の手で健作の肩を掴み、グイッと押す。


 いつの間にか足も踏まれていたので、健作はその場に尻餅をついた。


「え?」


 十魔子が健作の腰にまたがって膝立ちになる。


「と、十魔子さん!?」


 十魔子は両手で健作の頬をそっと包み、そのまま顔を近づけていく。


「え? え?」


 健作の脳裏に映画やドラマでのキスシーンがよぎった。あの通りにするべきなのか?


 わけもわからぬまま目を固く閉じ、唇を突き出す。


 そのまま何秒経っただろう。唇の感触には特に変化はない。


 実際はこんなものなのか? 健作が薄目を開ける。


 そこには、鬼の表情をした十魔子が、十魔子の髪を掴んで立っていた。


「ひっ!?」


 健作は小さな悲鳴をあげた。

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