第65話 お説教 その2
「ほう、これは懐かしい。照彦君の勇姿を思い出すのう」
ホオジロザメが泳ぐ道場の真ん中で千秋典泰が照彦の拳銃を手に取って眺める。その真正面に健作が正座している。なんだか浮かない顔だ。
「どうしたね健作君? なんでもまた悪魔を倒して手柄を上げたそうじゃないか。もっと喜んだらいい」
典泰が健作の前に拳銃を置く。
健作はそれをぼーっと見つめながら口を開いた。
「先生は……、戦争に行った事、あるんですよね?」
「ん? あぁ、あるよ」
「人を……、撃ったこと……、ありますか?」
「……ふむ」
典泰は左目を閉じ、右目でギョロっと健作を凝視し、
「……あるよ」
と、あっさりとした口調で言った。
「……撃って殺したし、斬って殺した。殴って殺したこともあるね」
恐ろしい内容を優しい口調で話す。
「……初めて撃った時、どんな気持ちでした?」
「おそらく、今の君と同じ気持ちだ」
「……」
健作はボーっとした目を典泰に向ける。
「自分がとんでもなく汚い存在になったような気がしてるのだろう?」
典泰に言われ、健作は力なく頷く。
「その気持ちはよくわかる。だけどね健作君。いくら君が悩もうが、良心の呵責に苦しもうが、相手に同情しようが、君の敵にとってはつけ入る隙でしかないという事は、厳然たる事実として存在するんだ」
「……っ!」
健作は弾かれた様に顔を上げ、見開いた目で典泰を見た。
「特に君の敵は悪魔だ。同情して見逃すような真似をすれば、むしろしてやったりとほくそ笑むだろう。そして別の誰かを食い物にする。連中に反省や改心と言った概念はないのだからね」
「じゃあ、殺すのしかないのですか?」
「まぁ、そうだね」
典泰は大きく頷いた。
「し、しかし……」
「……いいかい健作君。もし誰も傷つけることも疑う事もなく平和に生きられるのなら、それは素晴らしい事だ。だが世界は残酷で、悪意を持って動くものもいる。その悪意が君の大切な人たちに向けられたとき、君は戦わなければいけない。これはもう、マレビトだとか分霊人だとかは関係ない。無論、むやみやたらと戦う必要はないが、いよいよという時には体を張って立ち向かい、己の手を血に染めるという選択肢を腹の底に持っていなければいけない。君はもうそういう立場にあるのだ」
「立場……ですか?」
「そうだ。もしも君が立場を放棄して悪魔を見逃すような事をすれば、別の誰かがそのツケを払う事になる。多くの場合、それは十魔子ちゃんになるだろうね」
「と、十魔子さんが……」
健作の脳裏に髪を白く染めて倒れる十魔子の姿がよぎった。
あの事態は一度目のチャンスで撃てなかった健作が招いた事でもあるのだ。
幸いにも大事に至ることはなかったが、しかし、この次は取り返しのつかない事態に陥るかもしれない。
それは何が何でも阻止しなければいけないことだ。
たとえ、自分がどうなろうとも。
健作はゆっくりと顔を上げた。
その目に迷いや怯えはなく、ある種の決意が宿っていた。
「ふっ、いい目だ。ようやくヒヨッコといったところだね。だが、いくら覚悟が決まっていても実力が伴わなければ話にならん。早速、今日の訓練を始めよう」
典泰はよっこらせと立ち上がった。
「え、いや、あの、昨日の今日で結構疲れてるんですけど……」
「安心したまえ、今日は緩めに行くから」
ホオジロザメが入れ歯に変化し、典泰の手の中に落ちる。
「あぐ、もがもが……」
入れ歯を装着すると、典泰の身体がみるみる若返っていく。
そして、大きく息を吸い込み、
「きをつけー!」
道場が吹き飛ばんとするほどの怒号を発した。
「はいぃぃぃぃぃぃ!」
健作は瞬時に立ち上がり、直立不動で背筋をピーンと伸ばす。
「まったく、悪魔の一匹や二匹を殺したくらいでウジウジと悩みおって、軟弱にもほどがある! 今日は貴様の腑抜けた根性を叩きなおしてやるからな。覚悟しろ!」
「あ、あの、ゆるくいくとおっしゃっていたのは……」
「黙れ! このゆとり世代が!」
典泰は道場の壁に掛かっている身の丈ほどの棒を二本取り、一本を健作に投げる。
「これは……棒ですか?」
受け取って健作は尋ねる。
「そうだ。分霊具に多彩な武具を収め、状況によって使い分けるのが貴様の戦い方だ。当然、多くの武器を使えるようにする必要があるが、一つ一つチマチマと教えている時間はない。その点、棒術は槍術、剣術、薙刀術との共通点が多く、これ一つで突く、打つ、払うができる万能武器だ」
「なるほど。マルチウェポンというやつですね?」
「うむ、これを覚えることで多くの長物を扱う時の基礎ができると言える。一応、非殺傷武器でもあるからな。お優しい貴様にはちょうどよかろう」
「先生……そこまで考えてくれたなんて……」
健作は少し涙ぐんだ。
典泰はお構いなしに少し離れて棒を構えた。
「例によって体で覚えてもらう。いくぞぉ!」
「はい!」
健作は典泰の真似をして棒を構える。
そして今日の稽古が始まった。
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