第60話 私たちの力
ベルフェゴールの黒い腕は光球を難なく弾いた。
十魔子は旧校舎の屋上から飛んできて、黒い海に足をつけるかつかないかの高さで止まった。花子は十魔子にしがみつくように浮いている。
『どうしよう十魔子ちゃん。健ちゃんが負けちゃった』
「一瞬迷ったわね。言わんこっちゃない」
十魔子はベルフェゴールを真っ直ぐに睨みつける。
『あぁ、あなたでしたか。ご存知でしょうが、私はベルフェゴール。どうぞよろしく』
「あんたの名前なんかどうでもいい。健作くんを解放しなさい!」
『ご冗談を! あなたも見てたでしょう? 私と彼が戦い、私は勝って彼は負けた。敗者の生殺与奪を握るは勝者の権利。どのようにするかは私が決めます』
「そう、まぁいいけどね。もとより話してどうなるとは思ってないし」
十魔子は両手に光を集中して構える。
『おやおや、あなたは彼よりも賢い人に見えるのですがね。先程の攻撃からしても、あなたの力で私を倒せるとは思えないのですが?』
ベルフェゴールは仮設トイレの中で嗤う。
『十魔子ちゃん、悔しいけどあいつの言う通りよ』
(わかってる。でも花子さん、あなたならやれる)
十魔子は声を出さずに花子に語りかけた。人霊術の応用だ。
(わたしに? どういうこと?)
花子も同じようにして問いかける。
(さっき健作くんと話している時、あいつは自発的に旧校舎に攻撃を飛ばさなかった。今もこうして様子見をしている。つまり、あなたを刺激しないようにしてるのよ。それはつまり、あなたの力を恐れているってこと)
(そんな! わたしはただの学校妖怪よ? キリスト教のすごい悪魔がどうして恐れたりするの?)
(世界が違えば立場も変わる。ここは黄麻台小学校。あなたの世界なのよ)
(で、でも、わたし、見ての通りすっからかんだし……)
(だから私を使って! 私に乗り移ってあいつを倒すの!)
(そんな事をしたら、十魔子ちゃんが……)
「急いで!」
十魔子顔には鬼気迫るものがあった。
『……わかった』
花子は身体を薄くして、十魔子の身体に重なるようにして彼女の中に入った。
十魔子の身体が糸切れた操り人形のようにだらりとしたのも束の間、十魔このから発せられる霊気が水色に染まっていく。
同時に髪の色も艶めく烏のような黒から清らかな小川のような水色に変わっていく。
顔をあげ、目を見開き、同じく水色に染まった目でベルフェゴールを鋭く睨みつける。
『ほう、神降しですか。今どき、そんな原始的な魔術を行う者がいるとはね。旧校舎に何かいるとは思っていましたが、そんな可愛らい妖怪を降ろしたところでどうなるものでもありませんよ? 私が旧校舎に手を出さなかったのは、あくまで先客に対する敬意があっての事。敵に回るというなら容赦はしませんよ』
黒い腕が一本生えてきて、人差し指を十魔子に向ける。
『こんなふうにね。バーン』
水球が放たれ、次の瞬間、仮設トイレが吹き飛んだ。
『!?!?!?』
倒れそうになる仮設トイレを黒い腕が支える。
十魔子は自分の手を無表情で眺めている。
『な、なにかしましたか?』
「……」
十魔子は無言でベルフェゴールを見ている。
『おのれぇ!』
再び指向け、よく狙って水球を放つ。
十魔子が掌て水球を受け止めたかと思うと、水球は十魔子身体、正確には十魔子が纏っている水色の霊気の上を滑るようにして彼女の周囲を旋回する。よく見ると水色の霊気は増水した川の様に猛烈な勢いで螺旋状に流れている。水球はこれに捕まったのだ。
旋回してるうちに水球からドス黒い黒が抜けて透き通った清らかな水球になった。
そうなった途端、水球は旋回をやめてベルフェゴールに向かって撃ち出される。
この間、わずか0.1秒!
飛んできた透明な水球をベルフェゴールは黒い腕で受け止める。
『な、なかなかやりますね……』
ベルフェゴールは余裕ぶっているが、これは屈辱だ。
「……なるほど、このタイミングね」
十魔子は無感動に呟いた。彼女の足元の黒い海、ちょうどつま先が付いている部分が清らかに透き通って下の校庭が見える様だ。しかも、それは徐々に広がっていく。
「時間がない、一気にいく」
十魔子は脚を広げ、腰を落とし、両手で何やら口の様なものを形作る奇妙な構えを取った。
同時に、海の透明な部分から何かが飛び出す。
野太い首と鋭い牙、未熟な形ではあるが、それは水で作られた龍てあった。
「大霊波!」
十魔子が叫ぶのと同時に水の龍が大口を開いて仮設トイレに襲い掛かる。
『ふんっ!』
龍の牙が仮設トイレに触れるか触れないかの瀬戸際、ベルフェゴールは一際大きい黒い腕を生み出し龍の顎を掴んで防ぎ、辛うじて仮設トイレから離す。
「うんんんん!」
十魔子が唸れば龍の顎は仮設トイレに迫り、
『ぬおおおおお!』
ベルフェゴールが気合を入れれば龍は遠ざかる。
時間にすれば一分にも満たないが、しかし全力の攻防。一進一退の末、勝利したのは―。
『うおりゃ!』
黒い腕が水の龍の顎を真っ二つに引き裂いた。
龍は粉々に砕け散り、雨となって降り注いだ。
十魔子がその場に膝をついた。髪色が黒に戻っている。
『はぁ、はぁ、残念でしたね』
疲労を隠すこともできず、黒い腕は形を保てずに崩れ落ちたが、ベルフェゴールは勝ち誇っている。
十魔子は顔を上げた。その目はいまだ絶望せず、黒い瞳でまっすぐに前を見る。
「……どうかしらね?」
『なに?』
気が付けば、周囲に巻き起こっていた渦が消え、それどころか波も起こっていない。全くの凪の状態だ。
そして、ベルフェゴールの正面の海面に、怪しく光る二つの目。
『しまっ―』
次の瞬間、仮設トイレに木刀が深々と突き刺さった。
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