第59話 一発勝負
「うわ!」
咄嗟に健作は水球を撃つ。
ズガーン!
凄まじい銃声と共に水球は弾け飛び、その直線上にあった水球を撃った腕も撃ち砕かれた。
『ほほぅ』
ベルフェゴールは感心したような声を出したが、腕をもう一本作ろうとはしなかった。余裕のつもりか、それとも余裕がないのか。
一方、撃った反動で健作はショベルカーの上から消えており、その後方の桜の木の中で枝に引っかかっていた。下半身が不安定な姿勢で撃ったので当たり前のことだ。
「いててて、腕が吹き飛ぶって比喩表現じゃなかったのね」
辛うじて腕はくっついたままだが、かなりの痺れがある。意識して銃を握っていないと手から零れ落ちてしまいそうだ。
健作は再び左掌で撃鉄を押し込む。
(さて、どうする?)
一発撃っただけでこのありさまだ。今の健作ではあと一発が限度だろう。
しかし、この威力。木刀で殴るよりは大きなダメージを与えられるはずだ。
だが、ここは長距離射撃などできる状況じゃない。確実に当てなくては。
(なら……)
折よく、旧校舎の二階の窓が付近に近づいてきた。
健作は木の中から飛び出し、その窓から旧校舎に侵入した。
旧校舎の中は所々崩れ出している。床が崩れて通れない場所もある。しかし、かつては自分の家の庭のように遊びまわった場所だ。
健作は廊下を疾走した。崩れているところは飛び越えたり回り道をしながらとにかく走り、反対側へたどり着く。
「確か、ここに……」
窓の一つを開いて下を見る。
旧校舎と新校舎は屋根のある渡り廊下で繋がっていて、それはすぐ眼下にある。
渡り廊下の屋根に飛び降りた。
屋根は丸みを帯びていてバランスを崩した。
「うわ!」
渡り廊下も黒い海に飲まれている。
健作は屋根の縁につかまり落下を防いだ。
だがそこに波が起こり、つま先に引っ掛かった。
「しまった!」
振り向くと黒い腕の一本が校庭からこちらを覗いていて、人差し指を向けた。
「!!!」
健作は全力で頑も屋根によじ登り、窓から新校舎に飛び込んだ。次の瞬間、渡り廊下の屋根が粉々に消したんだ。
新校舎に入っても安心できない。ベルフェゴールの指が総動員で水球をめったやたらと撃ってくる。
「くそ! 新校舎にはお構いなしか!」
水球は校舎に阻まれて届かないが、それによって生じる瓦礫や破片が飛んでくる。
健作はそれらを防ぎつつ階段を上る。
わかった事は二つ。
あの黒い海はベルフェゴールの感知方法だという事。身体の一部だろうか? もしかしたらあの海そのものがベルフェゴール? ならば仮設トイレを狙うのは間違いか? しかし、あの腕は?
もう一つは、やはり旧校舎を積極的に攻撃しないという事だ。新校舎に入ってから激しく攻撃してくるようになった。健作の居所がバレたというのもあるだろうが、撃ちまくるだけなら旧校舎に対しても出来たはずだ。
やはり何かある。あの女の子の幽霊だろうか? どことなく見覚えがあるが……。
階段を駆け上り屋上に着いた。
校庭では相変わらず黒い海が荒れ狂っている。
健作は屋上の格子に足を引っ掛けて吹き飛ばされないように身体を固定して、再び仮設トイレに狙いを定める。
ベルフェゴールの腕たちは今も校舎に水球を撃ち込み続けていて、そのおかげでゆっくりと狙いをつけられる。
先程、水球と一直線上にあった腕も撃ち砕かれた。つまり、弾は真っ直ぐに飛んでいた事になる。それが銃のおかげか、異界の仕組みなのかはわからないが、本物の銃のように空気抵抗などを気にする必要はなさそうだ。
しかし銃身がぶれる。狙いをつけようと焦るほどに手が震える。銃口が定まった瞬間はある。だが引き金を引く前にまたぶれ始める。
ふと、ベルフェゴールの手が攻撃を止め、一斉に上を向いた。まるで健作を見ているようだ。
ガウン!
咄嗟に引き金を引いた。照準は合っていたはずだ。
黒い腕が二本、仮説トイレを守るように覆いかぶさり、打ち砕かれた。
残った一本が健作に向けて水球を連射。
「!」
反射的に健作は飛び出す。
健作のいた場所が水球の連射を受けて粉々になる。
校庭の真ん中に居座っている仮設トイレに向かって一っ跳びだ。
彼自身は気づいていないが、いつの間にか腰に巻いてあったウエストポーチがなくなっており、代わりに首筋にドス黒い筋が幾本も浮かんでいる。
この状態の健作は半ば本能に支配されており、代わりに通常時とは比べ物にならない身体能力を獲得できる。
腕を犠牲にして守ったという事は、やはりあの仮設トイレの中に本体がいるといるという事だ。
残った黒い腕が空中の健作に向けて水球を発射。
ズキューン!
健作は後方に向けて銃を発射。撃鉄も親指で軽々と起こせる。
反動で前に吹き飛び水球を回避、続けて黒い腕に向かって発砲、ブレーキをかけて仮設トイレの上空にとどまる。残弾はあと一発。
スタっ
阻むもののがなくなり、仮設トイレの上部に着地。銃口を下に向けて撃鉄を起こす。
「終わりだ」
ゾッとするほど冷たい声が健作の口から発せられた。
(終わり? 何が?)
頭の隅で自分に問いかける。
(決まっている。この悪魔だ。この引き金を引けばこいつは死ぬ。もう苦しめられる人はいなくなる。こいつを殺せば。……殺す? 俺が?)
それは一瞬にも満たない刹那の逡巡。
だが、致命的な逡巡であった。
健作の真横から黒い腕が襲いかかり、瞬く間に海に引き摺り込んだ。その場に渦潮を発生させ、浮かび上がらないように沈め続ける。
『フ、フフフフ、フハハハハハ! なんと他愛もない。こんな小僧に敗れるとはメフィストも随分落ちぶれたらものだ!フハハハハ!』
「大霊波!」
眩い光球がベルフェゴールに襲いかかる。
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