第36話 贈り物
健作は切り株と連れ立って山を下っていた。
体の上がなくなって軽くなったのか、切り株の移動速度が妙に速い。
「あんなので大丈夫だったかな?」
『へーきへーき。もともと聡明な人たちだし、きっかけが必要だったのさ。でも、そう高を括って勝手に仲直りするだろうと放っといた私たちも悪かったな。私らも結構長く生きてるから気が長くてね』
「へー」
一応女性なので、年齢を聞くことは憚られた。
『ま、あんな力業を使うとは思わなかったよ。男の発想だよな。あれは』
「へへ……」
『褒めてないぞ。あぁ、そうだ。こっちに来てくれ』
切り株が横道に逸れた。ついていくと、そこには大木が横たわっていた。切り株の上に乗っかっていたものだ。切り刻まれた傷跡が生々しい。
「……無事でよかったですね」
『まぁ、少しサッパリしたけどな。千鶴子が切り倒してくれなきゃ、根まで毒が回ってお陀仏だったろうな』
「毒!? え、あいつ毒持ってたんですか? ちょっと切られたけど大丈夫かな?」
健作は自身の切られた箇所を触る。分霊人の生命力のおかげか、もう傷は塞がっている。
『いや、多分大丈夫だろ。切り裂きジャックは女ばかり殺して回ったクズだろ? それを再現したあいつは女を殺す事に特化した霊質を持ってたわけだ。だから男のあんたは大丈夫さ』
「そうなんですか、よかった……。ところで霊質っていうのは?」
『そのまんまだよ。霊気の性質って意味さ。詳しい事は十魔子に聞きな。それでさ、これ、貰ってくれないか?』
切り株は切り離された自分の身体を指して言った。
「え、これを?」
『あぁ、これでも異界物質だ。切り出して木刀なり棍棒なりにすれば、とりあえず妖怪を殴る事はできる。売ればそこそこの金になる筈だから、それでちゃんとしたのを買ってもいい。どうだ?』
「で、でも、そんな、わるいですよ……」
『遠慮するなって。マレビトをやるなら最低限の武器は必要だろ? 毎度毎度都合よく武器になるものが落ちてるとも限らないんだからさ』
「……そうですか。では、ありがたくいただきます」
健作は切り株に頭を下げ、倒木を持ち上げてポーチに収めた。
『……なぁ、健作』
「え?」
切り株は神妙な雰囲気を出している。
『十魔子はさ、頭もいいし、しっかりしてるけど。いや、だからこそ、一人で背負い込みがちなところがある』
「えぇ、そういうとこありますよね」
『わたしはここから出れないし、千鶴子も簡単に離れる事はできない。いざって時にあの子を守れるのはあんただけなんだ。よろしく頼む』
「……はい」
健作は強く頷いた。
『ま、諦めずに尽くしていけば、十魔子も振り向いてくれるさ。頑張りな。それから、これを……』
と、健作から取り上げたエロ本を差し出した。
「え?」
『年頃の男の子に言っても無駄だろうけど、ほどほどにしろよ。あと、十魔子には見つからないように。千鶴子も今でこそ理解のある女みたいな面してるけど、照彦のエロ本見つけた時は、そりゃ大変だったんだからな?』
「へ、へ〜」
健作は苦笑いしながら本を受け取る。
『計算上だと、多分あの夜に十魔子が仕込まれたんだよなぁ……』
切り株は遠い目をしてる。ような雰囲気だ。
「そ、そんなんですか……」
反応に困り、生返事をする健作。
『ま、そういう事だから。頑張りな』
「え? あ、えっと……。……はい」
『あ、それから、ゴミを捨てていた奴を撮ったとか言ってただろ? その写真送ってくれないか? アドレスは……』
と、切り株はスマホを取り出した。
枝で器用に本体を掴み、上部を健作に向けている。枝を指のように動かして操作しているが、きっとそういう仕様なのだろう。
「あ、ちょっと待ってください」
健作もスマホを取り出した。しかし、相変わらず圏外と表示されている。
「やっぱり圏外ですね」
『そうか。じゃ、明日十魔子にこれを持たせるから、その時に送ってくれ。あの子もいい加減こういうのを持たないとな』
「……わかりました。では、また」
『あぁ、風邪ひくなよ』
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