第33話 一人の怒れる十魔子

「すげぇ……」


 一連の出来事を、健作と十魔子は唖然として見ていた。


「えぇ。……て、見てる場合じゃない!」


 十魔子は健作のYシャツのボタンを外し、Tシャツを捲り、間に挟まっていた本を取り払った。


 健作の腹には、針で刺されたような赤い点のような傷があるだけだった。


「……ふぅ」


 十魔子は安堵した。


「……ん?」


 ここで、先ほどまで目に入らなかった本の表紙が目に付く。


 それは、健作が粗大ごみと共に拾った18歳未満は読んではいけない本であった。


 十魔子の顔がみるみる険しくなる。


「と、十魔子さん、それは、違うんだ。この山に来た時に粗大ごみと一緒に捨ててあって、俺だって拾いたくはなかったんだけど、残していくのもどうかなって思ったし、けっしてやましい気持ちで拾ったんじゃないんだ。本当なんです、信じてください!」


 と、健作が言い訳を並べている横で、十魔子は本をパラパラと捲っていく。そのたびに、眉間の皺が濃くなっていく。


「そ、それにほら、それのおかげであいつのナイフも防げたわけだし、いやぁ、世の中何が役に立つかわからないというか、なんていったっけ? 棚から馬? 塞翁が餅? 違ったかな? あは、あははは……」


 バン!


 十魔子は何も言わずに、音を立てて本を閉じた。


「ひっ!」


 健作は思わず身を縮こませる。


「まぁまぁ、いいじゃないの十魔子。健康な証拠よ」


 山田が歩いてきた。


「お母さん……」


 十魔子はバツが悪そうに振り返った。


「そうそう、お母さんの言う通り……え?」


 よく見てみると、山田と十魔子はよく似ている。しかし、名前が違うのはどういう事だろう?


「さ、立ち話もあれだし、家に行きましょう。そろそろ降り出すからね」


「え?」


 山田が踵を返すと、大粒の雨がぽつぽつと降り始めた。


 同時に、人形の持っていたナイフが健作の真横に落ちてきて、地面に刺さった。


「うわ!」


 驚く健作を尻目に、十魔子はナイフを本で挟んで持ち上げ、つぶさに観察する。そして、危険はないと判断したのか、ナイフの柄を握る。残った本は健作に放り投げ、


「ふんっ」


 と、冷たい視線を向けると、山田の後に続いた。


「十魔子さ~ん。ちがうんだ~」


 情けない声で十魔子を呼ぶ健作。


『どれどれ』


 横から枝が伸びてきて本を取り上げた。


 見ると、本を開く切り株の周りに木々が集まって、本を眺めていた。


『あ~、こりゃ十魔子には刺激が強いかな』


『へ~、人間てこうやって受粉するんだ~』


『十魔子ちゃんにこういう事をしたいのですね』


『ケダモノ!』


 木霊たちが口々に好き勝手な事を言う。


「あ、あの……」


『ほら、さっさと行って言い訳の一つもしてきな。こいつは私が預かってやるから』


「は、はい」


 健作は立ち上がって、数歩歩いて振り返る。


「あの、ご無事で何よりでした!」


 と、切り株にお辞儀をして、十魔子の後を追って駆けだした。


 雨脚が段々と強くなっていった。

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