第8話 tribute と wedge3


 もちろん、俺から小豆のファーストキスを奪ったのだし……たぶん。いや、自己申告の範囲ですが。

 妹の想いを全力全開で受け止めると宣言した以上、俺が拒むことはできない。と言うより、するつもりはない。少なくとも妹が自分から唇を塞いでいるのだから俺が怒られることもないだろう。

 だけど。

 この想いに対しては、アニとして向き合うだけでは済まない。霧ヶ峰善哉として向き合うべきだと理解している。当然、最初に唇を塞いだ時点で既に決めていたのだが。

 自分のケジメ。自分の想いに素直に従おうと決めていた。

 俺は妹の体温を唇で感じながら、心の中で決意を固めるのだった。


「んぅ……ぷはぁ~」

「……ふぅ」

「えへへ~♪」


 しばしの語らいを終え、ゆっくりと唇を分かち、息を吐き出す小豆。

 妹を眺めながら、俺も軽く息を吐き出す。自分の行動が嬉しくもあり、恥ずかしくもあり。

 そんな意味が込められているような照れた苦笑いを妹は浮かべる。

 俺は妹の表情に魅せられたように――


「俺……小豆が好きだ」


 飾らない本心が口を伝って滑り出していた。


「……私もお兄ちゃんのこと好きだよ?」

 

 俺の言葉を受けた妹はキョトンとした表情を浮かべて答えを返す。


「いや、別に兄妹としてではなくてだな? ……霧ヶ峰善哉は霧ヶ峰小豆を世界中の誰よりも愛しています――って意味だ」

「……だから私だって、お兄ちゃんを――ううん、私の方が『葵ちゃん』よりも、お兄ちゃんのことを愛しているよぉ~」


 いつものこと――『兄妹としての感情』だと勘違いしているのだろう。

 そんな風に考えた俺は呆れた表情を浮かべて言葉を紡ぐと、真顔に戻して言い直してみる。

 俺の言葉を受けて再びキョトンとした妹は、少しだけムッとした表情を浮かべて答えていた。

 ――そ こ で は な い!

 いやいや、お前が俺を愛しているのは知っているから?

 撒いたスイカ理論で張り合おうとするな! そして、葵ちゃんに対抗心を抱くなっての……。


「そうじゃなくてだな……あぁ、もう! 責任を取ってやるって言っているんだよ!」

「……何の?」


 自分で告白した言葉に恥ずかしくなったのと。

 段々と、いつもの押し問答になりそうな展開が面倒になってきた俺は小豆に「責任を取ってやる」と宣言する。

 それなのに、小豆は平然と「何の?」とか言い放っていた。

 いや、今の状況で俺に言わせるの?

 好きで愛しているで責任取るって……他に選択肢なんてないじゃないか。お前が望んでいることだろ?

 アニオタなら理解しているよね? もしかして、わざと?

 とは言え、妹の表情からは素直な疑問しか感じられない。


「だから……その……けっこん、の、さ……」


 何となく渦巻く恥ずかしさの空気から解放されたくて、俺は答えを妹へ伝えるのだが。


「ん~? 私……バイオレンスな内容は好きじゃないんだよぉ~?」

「――って、それは血痕けっこんだろうが!」

「んん~? ……そろそろ寒くなってきたし、風邪予防で買っておかないとぉ~」

「そりゃ、葛根かっこんだろうがっ!」

「えぇ~? ――そうだ、明日の夕食は挟み揚げにする――」

蓮根れんこんじゃねぇかー! ……はぁー。……い、いや、だから、よ?」


 いつぞやの俺の返答のように、思いっきり答えをボケまくる妹。いや、『こん』を合わせているから俺より高等じゃねぇか……。

 何となく、精も根も尽き果てた俺は疲れた表情で言葉を繋ぐ。


「俺と付き合ってくれ」

「うん、いいよぉ~♪」


 さっきまでの会話が嘘のように、あっさりと返事をする妹。あ、あれ、シンプルでよかったのかよ……まぁ、結婚もシンプルだけどさ。

 徒労に落胆しながらも、告白が成功したことに安堵する俺に笑みを溢しながら――


「ちゃんと、明日一緒に付き合うよぉ~」

「――ちぃがぁうだろぉー!」


 更なるボケを乗せる妹なのであった。


「だったら、今週の土曜――」

「ちぃがぁ……わないけど、ちっがーう!」

「……どっちよぉ?」


 俺の否定を聞いた妹は「今週の土曜日」の予定だと勘違いしたらしく、妹の言葉を即座に否定しようとしたのだが。

 土曜が暇になったので明日にでも妹達に予定を聞いて、親睦を兼ねて遊びにでも行こうと思っていた俺。まぁ、暇だったらって話ですがね。

 なので、こんな曖昧な言い回しになったのだが、俺の言葉を受けた妹は怪訝そうに呟くのだった。……そだねー。いや、どっちでもないのだがな!


「そうじゃなくてだな?」

「うん……」


 このままでは妹のペースに流されてしまう。そう判断した俺は仕切り直して真面目に言葉を紡ごうとしていた。


「その……だな? ……お前の望みを叶えようって……」

「私の望み?」

「お、おぅ……」

「私の望みって、何?」

「いやだから……結婚、を、だな? まぁ、それは少し先だと思うけど……お前の彼氏……と言うより、俺の彼女になってくれないか?」

「……」


 い、言えた……。めちゃくちゃ恥ずかしいけど、これなら小豆にだって伝わるよな?

 顔が熱くなるのを覚えながらも、そんな風に思って正面の妹を見据えた俺。

 そんな俺をジッと無言で見据える小豆。あ、あれ? 見据える?

 普段だったら俺が真面目に見つめれば、必ず頬を赤らめ視線を逸らす小豆が、今は目を逸らさずにジッと俺を見つめている。

 そんな妹の違和感を覚えていた俺の視線の先――妹は、おもむろに頭を下げて。


「ごめんなさい……お兄ちゃんの彼女にはなれません」

「……は?」


 俺の告白を断るのであった。


   

◇6◇


「……あっ、い、いや……彼女って言っても『お嫁さん』予備軍的な彼女だぞ?」

「……ごめんなさい……」


 一瞬、妹の返事が理解できず固まった俺。

 だけど「妹の望みは結婚であって、彼女ではないのだろう」と思い直して言葉を付け加えていた。

 それなのに妹は再び頭を下げて謝罪をする。

 ナニソレ? イミワカンナイ!

 だって、結婚はお前が望んでいたことじゃねぇかよ?


「……あっ、そう言うことか……」

「……どう言うことぉ~?」


 妹の心意を理解できずに怪訝そうな表情を浮かべていた俺だったのだが。

 とある結論に至って一人で納得していた。

 そんな俺に怪訝そうに聞き返す妹。

 

「あぁ、いや、そうだよな……何、勝手に一人で盛り上がっていたんだろう……」

「だから、何がよぉ~?」

「冷静に考えれば……まぁ、そう、だよ、な……」

「何が、そうなのよぉ~?」


 とある結論――まぁ、今の俺にとっては悲報以外の何物でもないんだけどさ。

 平たく言えば「お兄ちゃんとは結婚しない」ってことなんだろうな。いや、それ以前に「付き合うこともない」のだろう。

 あくまでも、アニキオタクはアニキオタクだってこと。

 今回の件で、俺がアニキオタクを認めてアニであることを選んだから、妹は「オタクとして」そう言った感情を排除したのかも知れない。

 だけど本来の関係で言えば正常なこと。


 アイドルしかり、声優さん然り、アーティストさん然り、アニメ然り――。

 オタクとは、オンリー・タイニー・クライテリア。まぁ、個人解釈なんだけど。

 意味的には『個人の小さな判断基準』って感じかな? 

 なんにせよ、オタク活動の自分への判断基準は自分でしかない、あくまでも個人的に楽しむ為の活動なのである。

 つまり相手に対して「何か特別な感情など持ち合わせてはいけない」、相手に「見返りを求めてはいけない」ってことなのさ。

 だから。

 個人的に俺への感情を持ち合わせることはあっても……俺へ向けるとか、求める特別な感情は存在しないのだろう。

 今回の件を踏まえて反省したのか、最初からだったのかは定かではないのだが。

 小豆は単純に個人的な感情を抱いていただけなのかも知れない。

 あくまでも個人的感情を周囲に発信していただけなのだろう。

「●●は俺の嫁~」みたいな感覚なのかも知れない。俺の場合の「女神様」だったり、出陣の強制加勢みたいなものなのだろう。

 って、まぁ、俺の場合……愛する三人について誰にも「好きだ」なんて公言していないのだが……妹は俺に対して公言していた。ただ、それだけ。

 いや、アニメとか声優さんとかアーティストさんについては俺も公言しているのだから、それと同じなのだと思うのだ。


 うん、まぁ……。

 俺達二人には数年の空白期間があった。再び兄妹として普通に接する為に、俺はアニメを観て勉強をしたのだが。

 きっと妹も同じことを考えたのだろう。アニメを観て勉強したのだと思う。

 最初の頃は余裕なんてなかったから気づかなかったけど、俺の態度が不自然だったように、妹も不自然だったと思える。

 距離感が掴めなかったのもあるけれど。過去のトラウマに縛られ、互いに必死で縋ろうとしていたのだろう。もう二度と、離れ離れにならないように――。

 そして。

 そんなトラウマに縛られた妹は――必死に縋っているうちに、それを恋愛感情だと錯覚した。そして更に感情が麻痺していき……最終的に結婚までを考えていた。

 要は『出来合いによる溺愛の感情』と言うことなのだろう。


 結局のところ。

 妹の結婚願望は『兄妹として生活する為の手段の一つ』に過ぎなかったってこと。そう言う接し方をして、「俺が喜んでいる」と感じた妹が演じていただけの行為なのだろう。

 結果的に俺は嬉しかったし、普通に生活できるようになっていた。

 たぶん妹が今みたいに接してこなければ……心の中で「離れたくない」と思っていたとしても、俺は贖罪に押しつぶされて再び離れていたのかも知れない。香さんに対する龍司のように、な。

 それをしなかったのは、小豆が俺に贖罪を感じる暇を与えなかったから。オタオタしながら抵抗するのが精一杯でしたからね……。


 妹のしてきた言動は『兄妹として生活する為の手段の一つ』に過ぎなかった。

 距離感が掴めなかったのと、過去のトラウマを抱えていたことで……結婚については、ある意味『吊り橋効果』に近い症状に陥っていたのだろう。とは言え。

 俺が妹の感情に肯定的な人間だったとしたら、妹も結婚を口にしていなかったと思う。

 ずっと否定的。頑なに拒んでいたから妹は結婚を口にしていたのだと考えていた。

 そう、「お兄ちゃんは結婚を迫っても断ってくれる」って安心感から口にしていたのではないか。

 つまり――「個人的に愛しているのであって、それに対して見返りを求めていない」ってこと。

 妹は俺と本気で結婚や恋愛をすることを考えてはいなかったのだろう。

 悲しい現実ではあるのだが、そんな風に思う俺なのであった。


「……まぁ、しゃーなしだな! 世の中そんなに甘くない!」

「だから、なにがよぉ~?」


 俺は妹から視線を逸らし、天井を見上げて強がりを言い放つ。

 だがな?

 残念ながら俺は妹のことを諦めた訳ではないのだよ。

 いや、だって俺オタクじゃないし。ただのアニメ好きなアズコン……つまり、小豆好きなだけだからね。

 こちとら、妹のような高尚な考えなんぞ持ち合わせてはおらん! いや、それは嘘ですが。

 まぁ、小豆の考えは小豆の考え。別に俺が付き合う必要はないってこと。

 俺は俺の考えで「小豆を個人的に愛せれば問題ない」のだと思う。そこまで否定される筋合いはないのだから。

 それに、な?

 俺だって見返りなんて求めてはいない。それでも可能性くらいは信じてもバチは当たらないのではないだろうか。そう、見返りではなくて、振り返ってくれることを――。


 そんな決意を含んだ強がりを受けた妹は、変わらず怪訝そうに聞き返していた。

 だから俺は軽く息を吐き出して正面の妹を見据えると言葉を繋いだのだった。


「……あぁ、すまなかったな? どうにも俺が勘違いをしていたらしい」

「……なんのぉ~?」

「いや、だから……ずっとお前が俺を本気で愛している……本気で結婚したがっているなんて自惚うぬぼれていたみたいだ」

「……」

「まぁ、普通に考えれば俺となんて結婚しようなんて考えないよな?」

「――ッ!」

「お前はただ、必死に兄妹になりたかっただけ……俺を繋ぎ止めようとしていただけなんだよな? まぁ、お兄ちゃん……まったくモテないしさ、お兄ちゃんの為に芝居をしていたんだろ?」

「……」


 俺の言葉に怪訝そうに聞き返した妹だったが。

 次の言葉に言葉を失っていた。

 そして次の俺の言葉を受けて目を見開いて驚きの表情を浮かべる妹。

 きっと確信だったのだろうと心の中で落胆しつつも、表面上では。

 ――平静さを装うためだけに覚えた振る舞い方の方程式を解いていた俺。

 だからなのだろうか。

 俺は妹が直後にうつむき、小刻みに震えていることに気づけずにいたのだった。



「いや、俺……女性に免疫ないからさ? ついつい、お前が本気なんだろうって勘違いしていたんだよな?」

「――ぅ」

「別に本気でもないのに……真に受けて……なんか、俺格好悪いよな……」

「――がう……」

「お前の本心に気づいてやれないなんて……お兄ちゃん失格だ――」


 そう、俺は妹の変化に気づけずにいた。だから自然と言葉を続けていた。

 そんな俺に向かって俯いたまま、妹は何かを言おうとしていたのだが。

 外は少し風が強くなっているのだろう。強風の当たる窓ガラスのガタガタとざわめく音に小豆の言葉は飲み込まれていた。

 ――きっと、風が何かを言おうとしているのだろう。いや、知らない。

 まぁ、もしも何かを言おうとしているのであれば。

 大丈夫……僕らはひとりじゃない。

 大丈夫……かならず、うまくやれる。思いは、いつか自分を変える道になる。

 こんなことを言っているのだろうか。

 いや、風邪ですら引かない俺には風の言葉など理解できないのだが。

 うむ、我が家のお稲荷さまは……昨日の智耶の運動会の際、お弁当でありがたく頂戴しているのである。関係ないけどね。


 だけど、俺が自嘲するように「お兄ちゃん失格だよな?」と言い切る前に。


「違う……違う……違う違う違う違う違う違う違うんだよぉーーーーーーーーーーーーー!」

「――ッ! ……」


 風を切り裂くような妹の叫びに言葉を飲み込む俺なのであった。

 視線の先の妹は、大粒の涙を目尻に浮かべて顔を赤くして俺を睨んでいる。その表情には怒気を感じていた。

 突然叫んだことで軽く一息をついた妹はジッと俺を見据えて言葉を紡ぐ。


「お兄ちゃんは何もわかってないんだよ!」

「……はぇ?」


 突然否定されたことに理解が追いつかず、素っ頓狂すっとんきょうな声を発していた俺。いや、何もわからねぇぞ?


「なんで私がお兄ちゃんと結婚したくないとか、本気じゃないとか……芝居をしていたとかってなっているのよ!」

「……違うのか?」

「違うに決まっているでしょ!」


 ……えーっと、脳内がフリーズしているので会話をお楽しみください。


「いや、だって、お前……俺の告白を断ったじゃねぇかよ?」

「断ってなんかいないもん!」

「……だって、『ごめんなさい……お兄ちゃんの彼女にはなれません』って、言ったよな?」

「言ったよ?」

「……それって、俺の告白を断ったんじゃ――」

「断ってなんかいないもん!」

「……」


 ……えーっと、脳内がプリーズしているので誰か助けてー!


「私はただ……『ごめんなさい……お兄ちゃんの彼女にはなれません』としか言っていないもん! 別にお兄ちゃんの告白を断ってなんかいないもん!」

「……いや、だから『彼女って言っても「お嫁さん」予備軍的な彼女だぞ?』って付け加えたじゃねぇか? それにも『ごめんなさい』って返事をしたよな? 否定していただろ?」

「したよ? でも、別に私はお兄ちゃんの告白を否定なんてしていないもん!」

「……」


 ……えーっと、脳内がブリーズしているので何を言っているのか聞き取れません。いや、ブリーズって微風のことだから、実際に聞こえないことはないのだけれど。

 あれかな? 最近ブームが去ったので忘れていたが……未だにノー●ルお兄ちゃん賞を狙っているのだろうか。いやだから、そんな賞は存在しないっての!

 いくら時代を先取りしていたとしても、近い将来にそんな賞が確立されることはない。いや、だったらアニメ賞を確立するべきなのだと思う。まぁ、俺のストライクゾーンは受賞することはないだろうから興味ないけどね。

 とりあえず妹の理論が理解できない俺は漠然と妹を眺めるだけなのであった。

 そんな困惑ぎみの俺を眺めて「やれやれ……」なんて言いたそうな呆れた表情を浮かべる妹は言葉を繋ぐ。いや、俺悪くないよ?


「そもそも……私は、お兄ちゃんの彼女には、『なれません』としか言っていないんだよぉ?」

「は?」

「だぁかぁらぁ! ……私は、お兄ちゃんの彼女に、『なりたくありません』……なんて言っていないじゃん?」

「……は?」

「つぅまぁりぃ! ……なれない、だけで、なりたくない、訳じゃないんだってばぁ~」

「……はい? ――いや、一緒じゃないのか?」

「違うに決まっているでしょ! ……はぁ~~~」


 なんで俺、怒られているのだろう。

『なれません』も『なりたくありません』も……結局『ならない』ことには変わりはないだろうが。

 俺に向かって深い落胆のため息をついた妹は、まっすぐに俺を見据えて言葉を繋げる。


「じゃあさぁ? お兄ちゃん、告白したってことは私と恋人同士になるんだよぉ? ……私と付き合えるのぉ?」

「え? ……そのつもりだったんだが?」

「……えへへ~♪ ……じゃなくって! 私がOKしちゃっても大丈夫なのぉ~? 私がOKするってことは……お付き合い開始しちゃうんだよぉ~?」


 妹の言葉に素直な答えを提示した俺。いや、付き合う気があるから告白するものだろ? 

 そんな俺の言葉を受けて頬を染めた破顔はがんの笑みを溢す妹。

 だけど、焦ったように表情を戻して言葉を繋ぐのだった。


「お前がOKしてくれれば、な? だけど、お前はなれないって断ったんじゃ――」

「断ってなんかいないもん!」

「……」


 ループしちゃったね?


「……すぅ、はぁ~。……だから、そう言うことじゃないんだよぉ~」

 

 唖然と妹を見つめる俺を眺めて、軽く深呼吸をして落ち着いた妹が口を開く。


「そもそも、ね? ……私は、お兄ちゃんを心の底から愛しているし……お兄ちゃんが告白してくれたことは、とても嬉しいし……今すぐにでも恋人として、お付き合いして――もちろん結婚を前提に、だけど? お兄ちゃんの一番になりたいと思っているよ?」

「……え?」

「でもね? 今はダメなの……だから、なれないって言ったの……」

「それって――」


 妹の言葉を聞きながら、胸の中を熱に絆されていた俺。

 だけど俺の脳内には「妹は告白を断った。俺と結婚する意思はない」って思考が残っている。

 そんな思考が俺の胸の中の熱を冷ましたことにより、俺は漠然と疑問の声を発していた。

 妹の表情には真剣さが伝わっていた。嘘や冗談の類ではないはずだ。

 そもそも相手が兄貴であれ、人の気持ちを嘘や冗談で返すことなんて小豆はしない。

 だからこそ、今の言葉と……俺の告白を断った言葉、相反する心意が理解できずに困惑していた俺。

 そんな困惑している俺の表情を眺めて、苦笑いを浮かべながら言葉を繋ぐ妹。俺は心意を確かめたくて、即座に聞き返していた。

 そんな俺に向かって――


「だって……お兄ちゃん、私の他にも好きな人……いるよね?」

「――ッ!」

「ううん……愛している人が……すぐ近くに、いるよね?」

「……」

「本当に、すぐ近くに、いるんでしょ?」

「……」


 優しい微笑みを浮かべながら言葉を投げかける妹。

 言葉を瞬時に理解した俺は息を飲み込む。

 俺の表情で悟ったのだろう。少しだけ嬉しそうに、妹は言葉を言い直していたのだった。


◇7◇


 当然ながら妹の言った「愛している人」に、アニメのヒロインや声優さんやアーティストは含まれていないことを理解している俺。まぁ、「すぐ近くに」って言っているしな。

 だから……香さんと、あまねる。二人への気持ちを言っているのだと感じていたのだ。

 だけど、俺はバレていないと思っていた。特に公言してもいないのだし……無意識に口に出てはいないよね?

 つまり、妹はかまをかけただけ――誘導なのではないかと思って用心していたんだけど。

 

「と言うより……『内田さんと芹澤さん』の二人も、私と同じくらいに愛しているんだよね?」

「――いや俺が愛しているのは香さんとあまねるだっ! ――って、ヤベッ……」

「むふふぅ~♪」


 自然と紡がれたミスリードに、思わず自分から正解を伝えてしまっていた俺。

 慌てて両手で口を塞いだのだが、覆水盆に返らず。

 視線の先のニンマリとした笑みを溢す妹の姿が映し出されるのだった。

 妹の表情で理解したけど、完全な誘導だってことなのだろう。

 そう、正解ではないのだから軽く流せば問題なかったのだが……「小豆と同じくらいに愛している」って部分で全俺が許容できなかったのだろう。

 とは言え、内田さんも芹澤さんも大好きではある。他の女子に対する「好き」に比べれば上位に位置しているとは思う。向こうは迷惑でしょうが。

 それでも。

 小豆と同じように「愛している」のは香さんとあまねるなのだ。

 同じく愛している小豆に間違った認識をしてほしくなかったのである。まぁ、知っていて『わざと』間違えたんだとは思うけどさ。

 でも、自分から暴露しちゃうとは――

 まさに『語るに落ちた』な……。


 そんな俺を眺めながら笑みを浮かべたまま――


「アニオタ舐めないでよねぇ~♪」

「ははははは……」


 胸を張って自信満々に言い放つ妹に向かって、両手を上げながら乾いた笑いと言う名の白旗を上げる俺。

 そうだった、相手はアニオタの妹だったんだ。って、まぁ、そこは俺には理解不能なんだけどね。

 小豆だって立派な霧ヶ峰の女性だってことさ。

 自分自身へ向けられる好意には気づかなくても……俺が向けている二人への好意には敏感だったってことなのだろう。

 いや、さすがに二人へ俺の気持ちはバレていないよね? そんな、相手に伝わるようなアプローチができるほど俺には度胸ないですけども……。

 だけど、そうか。

 香さんは別としても……小豆とあまねるへの好意も最初から存在していた。いや、蓋なんて意味がなかったってことなんだろうな。妹にはバレバレだったのだろう。自分には適用されないようですが。

 それに、そもそも二人は俺を意識していないはずなので絶対に気づいていないとは思うけど……それはそれで虚しい。

 なんとなく複雑な心境でいる俺にクスッと笑みを溢した妹は言葉を繋げる。


「もちろん、私はお兄ちゃんを愛しているし、お兄ちゃんが私を愛してくれることは凄く嬉しいよ……でもね?」

「あぁ……」

「私がほしいのは『本物』なの」

「――ッ!」

「だから、お兄ちゃんが本当に私を選んでくれたのなら私も受け入れられるんだけど……今は、まだ、ダメ……」

「……そ、そうか……そうだよな?」

「うん……」


 妹が俺の気持ちに気付いていることを知り、妹の心意を理解した俺。

 覚悟を決めたとは言え、二人への想いを即座に完全消去することは不可能だ。そこまで切り替えが早い方ではないし、そんなに軽い気持ちで三人を好きになった訳でもない。

 つまり、「妹と付き合うことになったのだから」なんて強引にでも言い訳をして、二人への想いに蓋をするだけのこと。妹への想いで自然に風化することを望んでいただけのこと。

 だけど、それって、さ?

 二人への想いに気付いている小豆にとっては、とても苦しい状況だってことなんだ。特に姉と親友ならば尚更だろう。

 小豆がもしも、透や龍司のことも好きなのを知っていながら俺と付き合うことになったとして。

 俺には気にせずに付き合える自信がない。俺を一番に見てくれていたとしてもだ。

 いや、これが全然知らない相手だったら多少は楽かも知れないけれど。

 自分もよく知る相手だから、余計に苦しくなるのだと思う。不安になるって言う方が正しいのかな。

 最悪、「こんなことなら付き合うなんて言わなければよかった」なんて不安に押し潰される可能性だってある。

 手元にある幸せを実感すればするほどに――手放した時の絶望は深く胸に刻まれるのだから。


 そう、好きな相手が自分を見ながら他の人も見ている。その事実と向き合いながら付き合っていく。

 それはきっと一方通行な片思いよりも辛いことなのだろう――。


「……私がほしいのは『本物』なの」

「お、おぅ……」


 ――お兄ちゃんの心に二人が存在している以上、付き合うことはできない。


 妹の正論に素直に納得していた俺。いや、反論の余地なんて全俺が認めないけどな。

 そんな俺に妹は同じ言葉を紡いでいた。

 いやいや、納得したぞ? 大事なことだから二回言っているのかな?

 少し困惑しながら相槌を打っていた俺に向かって――


「もちろん私を一番に選んでくれたら嬉しいけど……お兄ちゃんがお兄ちゃんでいることが一番嬉しいんだよぉ?」

「……ん? それって?」

「だから、お兄ちゃんがお兄ちゃんの思うままに、お兄ちゃんが納得して導き出した相手を選んでくれることが私の本物なの」

「……それだと、お前を選ばないこともあるってことなんだぞ?」

「わかっているよぉ~」


 妹の言葉に疑問を返す俺。いや、だって俺が自分で選んだとして……小豆を選ばない可能性だってあるんだから。

 そんな俺に向かって頬を膨らまして返事をする妹。そして。


「私は、お兄ちゃんの一番になりたいけれど……お兄ちゃんにとっての一番じゃないのなら意味はないの」

「――ッ!」

「たぶん、そんな状態での一番だったら……私は『彼女になりたくはない』んだと思う。だって――」


 再び紡がれた妹の言葉に驚きの表情を浮かべる俺。

 俺にとっての一番じゃないのなら意味はない。

 覚悟を決めて強引に蓋をしようとしていた心の中を見透かされていたのだろう。

 そんな驚きの表情を浮かべる俺にクスッと小さく微笑んだ妹は言葉を繋げる。

 そして途中で言葉を区切り、瞳を閉じると――


「私は……お兄ちゃんがお兄ちゃんだから愛しているの。お兄ちゃんがお兄ちゃんでいるから愛しているの。でも……お兄ちゃんの一番じゃないのに私を選ぶお兄ちゃんは、私の愛しているお兄ちゃんじゃないんだから……ね?」

「そうか……そうだよな?」

「……うん♪」


 こんなことを俺に伝える。

 そして一拍挟んでから目を開けて、優しい微笑みを添えた最後の「ね?」を俺に送る妹なのだった。

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