第3話 アピール と 紙袋
小豆から、ラブレターのファイルを手渡された俺。
この時点で俺的には初めて知ったラブレターの存在……と、言いたいところだが。
数日前から妹がラブレターをもらっていたのは知っていた。だから、あいつが夜遅くまで返事を書くのを頑張っていたって知っていたんだけどな。
あれは確か、一週間前――もちろん手渡された当時の一週間前だけどさ。そんな、ある日のこと……。
◆
放課後になり、俺が下校をしようと下駄箱で靴を履き替えて昇降口を出ようとすると、そこに小豆とあまねるが待っていた。
まぁ、特に用事がない場合は俺と小豆は一緒に帰るし、あまねると一緒に下校することだって何度もある。だから待っているのは知っていたけどさ。
「……あっ♪ お兄ちゃ~ん♪」
「お兄様~♪」
「――ッ! ……」
俺を見つけるなり、花が咲いたような笑顔を周囲に振りまき、大声で俺のことを呼んでいた小豆とあまねる。
二人の声で、周囲にいた生徒達の視線が
まぁ、こんな光景はテンプレなんですけどね。二人がアイドルだから全員が注目したのか、突然の大声だから驚いたのか。
二人とも
そんなテンプレ的な周囲の視線を
そう、見据えただけさ。別に反応などしないのだ。ニヤニヤしたら恥ずかしいし、周囲が恐いじゃんか……。
そもそも、だな。
俺と二人の距離は数十メートル程度なんですよ。互いに
……二人が頬を赤らめて視線を
「……ん? ……うん……」
「……お兄ちゃぁ~ん?」
「お兄様ぁ~?」
とりあえず下を向いて恥ずかしい要素を確認。うん、自己主張の激しい相棒がウインドウを開けて身を乗り出しているのかと思った訳だ。
まぁ、身を乗り出しているのが妹達から視認できるほど相棒は大きくないけどさ……。単に開店営業中なのかと心配していたのだ。
だが、どうやら
杞憂だったことに安心していた俺の耳に、再び妹達の声が聞こえてくる。しかも泣きそうな声で。
そのせいで俺を突き刺していた視線が更に
いやだから反応しなくったって目の前にいるんだから理解できるだろうが!
そう、妹達は俺と視線が合ったから一度頬を染めつつ視線を逸らしたはず。
つまり、俺が二人を見つめたことは知っているはずなのだ。なのに今も変わらず俺を呼んでいる。ナニソレ、イミワカンナイ!
いやいや、第一どう考えても俺が『小豆達を無視する選択肢』とかあり得ないだろ。
……だって俺が無視して帰ろうとしたら確実に呼ぶだろ、小豆なら? 絶対に俺に追いついて腕にしがみつくだろ、小豆なら?
「お兄ちゃんに捨てられたぁー!」とか周囲なんて気にせずに泣き叫ぶだろ、小豆なら……いや、本当に言いそうだから、やめてくださいお願いします。
今って下校ラッシュのピーク時……いや、
放課後になったばかりだから、帰宅部の部員は
うむ……きっと学校の部活動の中では一番熱心な部活なのではないだろうか。部員数も断トツ……うん、運動部や文化部の連中も兼部しているくらいだしさ。って、当たり前ですけどね。
つまり、現在俺の周囲には相当な人数の帰宅部員が存在する。
そんな場所で、そんなことを泣き叫ばれた日には、俺は明日から学校来れなくなるじゃないか!
……そして小豆さんが退学騒動を巻き起こして、担任に呼び出されて俺が頭を下げる、と。
なんとも
――不幸だー!
某とあるラノベ原作の主人公の口癖を心の中で叫んでいた俺。
うん、彼は
俺の場合、自分の右腕に絡みつく異能――
「……むぅ~。お に い ちゃ~~~ん!」
「お に い さ ま~~~!」
「……」
そんなことを考えながら近づいていると、反応がないからか。むくれた妹達が更に大きな声で俺を呼んできた。
いや、さっきよりも近づいているんですけどね?
周囲に注目されているんだしさ……もう少し騒音問題を
俺が冷や汗まじりの顔で周囲を見回してみると。
それ以外も……特に騒音には何も嫌悪感を抱いているようには見えないので安心していた俺。
ひたすら俺を睨んでいるだけだった部分には安心できませんけどね。
「おにいちゃんってばぁー!」
「おにいた――ッ! さ、さまぁー!」
「あはは……いや、聞こえているっての……」
周囲を
音量を、さも乗り物のスピードのように上げていた二人。
普段から大音量で「お兄ちゃん」と呼び
だけど、普段から大きな声を出すことがテンプレではない彼女。まして「お兄様」も小豆に比べると言い慣れていないのだろう。
まぁ、あまねるが呼んでいる対象は俺くらいだと思うし。いや、その点は小豆も同じだけど。
小豆に比べると俺と一緒にいる時間も少ないからね。
うん、『兄
だけど小豆さんの場合、熟練すぎて「ほふぃひゃん」なんて、兄『故障』呼称免許まで取得済みなのは問題があると思います……。
だからギアチェンジが上手くできずにコースアウト――思わず、「おにいたま」と呼びそうになって慌てて
いや、これは『故障』ではない……うん、二種免許だな、きっと。
とりあえず、周囲には俺が「おにいたま」と呼ばれていることは気づかれていないようだ。うん、突き刺す視線には変わらないけど、敵意に満ちた視線ではないからさ……。
そんな彼女に乾いた笑いを送ると、これ以上彼女が
「そんなに大きな声を出さなくたって、お兄ちゃんが可愛い妹達を無視する訳ないだろ? ほれほれ……」
「うにゃ~♪」
「あまねるも……」
「ふみゅ~♪」
目の前まで近づいた俺は二人に呆れ顔で声をかけると。
まず小豆の頭を「ポンポン」と軽く叩いてから、喉をくすぐる。俺のせいで酷使した喉を労わるように。
すると、途端に甘えた声で嬉しさを表現するかのように鳴いてくるペット。
そんなペットの横で
当然同じように接していた俺。こちらも同じように鳴いていた。
するとすると、羨ましそうな視線を送ってくることに気づいて、再び最初の一匹とふれあっていた俺。
するとするとすると……と、まぁ、無限ループに突入するのです。
目の前の暖かい雰囲気が熱を帯びてくるのに反比例して。
周囲の冷たい雰囲気が冷気を帯びてくる事実から逃避するように、ペット達とふれあいながら『小豆達のさっきの行動』について考えていた俺なのであった。
なんで君達は……まるで無人島から脱出しようとして。
はるか
別に目の前の俺は幻想じゃないですよ? 小豆さんの能力――幻想殺しは
いえ、実際には妹のではなくて、とあるラノベの彼の能力なんですが。そして小豆さんは、ただの小豆ですから使えませんけど。
それともアレですか?
小豆さん達も……お兄ちゃんの目が節穴どころか、壁の穴が目立たない細い針のような視界だと思っているのでしょうか?
とりあえず二人の容姿の素晴らしさと。
現在俺の目の前で、二人が頬を染めてウットリと俺を見つめている姿を的確に捉えている俺の視界は正常だと思います。ただ、現実から目を逸らしたい時がお兄ちゃんにも存在するのです。
まぁ、一番目を逸らしたい現実は小豆さんのお兄ちゃんへの態度ですが今は不問としましょう。
さしあたっては周囲の視線の方が目を逸らしたい現実なので……。
「……ん? なんだ、その紙袋?」
喉を「こしょこしょ」と、交互にくすぐりながら現実から目を逸らしていた俺。
だけど二人の態度に違和感を覚えていたのである。
こう言うことは何度かあった……俺を見つけると大声で呼んでいるからな。だけど何か違和感が――あっ! そうか。
俺は普段と違う静かな一部分。いやいや、遠からず近からず、だけどさ。違和感の原因に気づくのだった。
そう、普段の小豆達なら俺を見つけると『全身』を使って俺にアピールしてくる。いや、だから、お前の目の前にいるんだけどね。
それこそ鞄を持っているから片手なんだけど、声優さんのライブでたまに見かける振りである『ワイパー』……まぁ、車のワイパーでも変わらないんだけど。
あと、別に声優さんライブの
ワイパーとは、手を伸ばして曲のリズムに合わせて左右に大きく振ることだ。
更に、だな。小豆さん達の場合はその場でピョンピョンと
確かに二人って、俺に比べると
俺も同級生男子に比べると小柄な方なんだけどさ。
俺の胸に妹の顔が収まるくらいの身長差。腕に絡み付いてきても妹の頬が、俺の腕に寄りかかれるくらいの身長差。
とは言え、女子の平均身長なんて知らないけどさ。クラスメートの女子達
「あの身長で、あの『大きさ』とか反則だよねぇ……」
とのこと。
「大きさって、なにが? ……態度のことかな?」とか自己防衛的に口走れば――
「ああ、うん……あなたのはね?」なんて、自己防衛が本末転倒をしているような。
女子達の冷たい視線に添えられた反撃が来るので絶対に言いませんよ!
まぁ、大きさがスイカのことだなんて最初から知っていますし、俺もその意見には同感です。
なお、小豆だけでなくあまねるや香さんも同じように反則級なのである。
まぁ、女子の談を聞く限りでは、身長について関係ない話なのかも知れないが。
周りを数名のファンが囲むと姿が見えなくなるくらいには『プチミレディ』な三人。小さくて可愛いと言う意味だ。
うん、それだけ小さくて可愛い外見なのに、一部分だけは目を見張るほどにアダルティなのである。
……いや、まさに『プチミレディ』なのかも知れない。いやいや、知らない。話を戻したいので、おつきあい……しるぶぷれ?
だけど他の部分は周囲の女子と大差ない……はず。
いや、あくまでもチラ見程度の
……通報される前に話を進めます。
そんなコンパクトフルボディな三人。
例えるならば。
発売記念イベント――つまり、無料ご招待イベントで有料ライブ並みの内容を開催するのに等しいのだろう。
な、なんて反則なんだ……。いや、この場合は販促。
とにかく、それだけ女子が
あくまでも「周囲の女子にとっては」って意味であり、当事者には
そんなプチミレディだから、自己アピールで跳ねているんだろうけど。いや見えていますけどね?
たまーに正面を見据えて、「声はするのに小豆いないなぁー?」とか言ってみるけど冗談だよ? 本当に見えていないのに
だけど、妹達がピョンピョンすると当然ながらスイカも連動する訳で。
周囲の男子生徒同様、俺もそんな連動企画に視線を奪われるのである。
――ああ~。心がぴょんぴょんするんじゃぁー!
心の中なので確証はないのだが。
周囲の男子生徒の表情から
『ああ~。心がぴょんぴょんするんじゃぁー!』とは。
アニメ『ご注文はうさ耳ですか?』の第一期OP。
その曲を聴いたファン――通称『ごちうさ民』の間で使われる言葉である。
意味的には読んだままなんだと思う。
まぁ、作品自体は『ほのぼの作品』だから……俺達が使っている意味って、本当は違うんだろうけどね。似たようなもんだし気にしないでおこう。
そんな理由で……いや、別に俺は独り占めしたいとか思わないし。
ファンサービスの一環でもあるのだと考えているので「やめろ」とは言わない。俺も嬉しいしさ。
だけど体に負荷がかかることは間違いないのだからと、普段なら
だから普段なら、最初の声量で反応を返している俺。ここまで大音量になることはない。
そして『待ち人来たらず』な状況に、心がぴょんぴょんできずに
これが俺の抱いた違和感である――って、俺が普段どれだけ連動企画しか見ていないか、ご理解いただけただろうか。
うん、「あなたは最低です!」と。
『リブレイブ!』に登場する、このかちゃんとほとりちゃんの親友。
大和撫子で真面目な彼女――『
だって、最初から気づくべき違和感なのですから……手すら振っていないなんてさ。
そんな違和感の原因が気になった俺は妹達の手元を覗いてみた。
すると普段は鞄だけしか持っていない両手に、見知らぬ大きな紙袋も一緒に持っているのが見えたのだった。
「……ふみゃ~♪ ……ん~? ラブレターだよぉ~?」
「――ちょっ! あ、小豆さん……うにゃ♪」
「……そ、そっか……」
俺の問いかけに、ペットは小豆さんに戻り俺に言葉を返していた。
そんな小豆に冷や汗を浮かべながら声をかけていた彼女だが、俺が喉にふれるとペットになっていた。
うむ、これはこれで面白い……いや、遊んでいる場合でもないけどさ。
あまねるの必死な態度に俺も、小豆が嘘をついているのではないと悟った。いや、別に小豆は嘘なんてつかないけどね。正直すぎて困っているくらいですし……。
まぁ、今まで気づかなかった方が鈍感なのかも知れない。学校のアイドルだって理解しているんだから、ラブレターを渡されることなんて日常なんだろうけどさ。
なぜか心にチクリと突き刺さる痛みを感じていた俺。少し
……俺、ラブレターなんてもらったことないのに。
そう、特に『やきもち』とかではなく、単純に自分はもらったことがないから悔しかったのだと思う。
――あの頃は『やきもちを焼く』理由が見当たらなかったから、こんな解釈をしていたんだよな。
完全な『やきもち』でしかないんだけど。なぜならば!
『
おあとがよろしいようで……すが、先に進めます。
「いいいいいえ、おおおおおにいたま、ちちちち違うのです、こここここれは――」
俺の表情を見ていたあまねるが、突然慌てて言葉を送ってくる。よっぽど慌てていたのだろう。
きっと優しい彼女のことだ。ラブレターをもらったことのない俺を気遣って慌てているのだと思う。
以前、アニメの話題をあまねるとしていて――
「俺、ラブレターってもらったことないから、もらった人の心情って理解できないんだよね……」
ラブレターをもらう主人公の気持ちが理解できないと、カミングアウトしていた俺。
冷静に考えると、事実だけど恥ずかしいな。アニメの話題だから自然と口にしていたけど。
すると彼女は自分の指を絡ませ、頬を染めてモジモジしながら――
「お、おにいたまぁ……あ、あのぉ……ら、ラブレター、ほ、ほしい、ですかぁ?」
なんて、上目遣いで真剣に聞いてくるのだ。だから思わず――
「……す、好きな人から、だったら……ほしいかな?」
「……そ、そうですかぁ……ぅぅぅ……」
こんなことを伝えていた。
俺の言葉を聞いた彼女はションボリとした落胆の表情で相槌を返すのだった。
いや、彼女は俺が「ラブレターをもらったことがない」って伝えたから。
「それなら私が書いてあげますよ、お兄様?」って意味で言ったんだと思う。兄想いの素晴らしい妹ですからね。
だけど、さ? それってエゴだと思うんだ。いや、彼女がじゃない。
それで俺が「じゃあ、書いて?」なんて頼むなら? って話。
いや、別に「ほしいですか?」としか聞かれていないのだから、彼女が書くとは言っていないんだけどね。そこは勘違いさせておいてください……。
人に手紙を送るのって、すごく大変なんだと思うのだ。
ラブレターを書いたことはないけど、声優さんへのファンレターを送ったことのある俺。だから書くことの大変さは実感しているつもりだ。
もちろん送る側に想いを届けたくて送っているのだから、書く苦労なんて気にしないけどさ。
でも送る相手に想いのない手紙なんて苦労しかないんだと思う。うん、俺に書くって、そう言うことだろう。いや、兄として慕ってくれている想いは十分伝わっているけどさ。
だからこそ、そんな『兄想いな妹の純粋な気持ち』を、俺の我がままで利用してはいけないのだと思う。
……まぁ? 今後彼女が『誰かを好きになった時用』に書く予行練習になるのだろうから、お兄ちゃんとして踏み台になってあげるのも兄の務めなのかも知れない。それでも。
踏み台だと理解していても変な勘違いをするだろうし、踏み台だからこそ精神的なショックが大きいので俺には無理です……。
可愛い妹の痛みはお兄ちゃんの痛みだとか
そして、思わず口から出ていた俺の言葉も。
「俺のことを好きな人からだったら」ってことなのだ。突然聞かれて、動揺から言葉を省略していたのである。
本当……「俺自身が好きな人からだったら」みたいに聞こえるけれど、「お前は何様なんだ?」って話だよね。
俺なんて
俺のことを好きなら誰のでも嬉しいのである。……うん、もらえないのですけど。
彼女の表情を見て、俺も一瞬だけ言い直そうかとも思ったのだが。
言い直したとしても特に変わらないだろうし、彼女の苦労を考えたら勘違いのままでも問題ないのだと判断した俺。
いや、きっと彼女なら優しさから「お兄様を好きですから書きますよ?」なんて、お義理で言ってくれる気がする。もちろん俺を立ててのことだろうけど。それが非常に申し訳ないですからね。
結局、その時点では何も起こらなかったんだけど。
俺がラブレターをもらったことがないことを知っている彼女が、俺が
そ れ に く ら べ て だ な!
「ラブレターだよぉ~♪ すごいで――」
「小豆さんっ! ちょっと!」
「ちょっとちょっとぉ~♪ ――わわわっ!」
どう考えても、彼女より俺のプライベートを知っているはずの小豆。俺がラブレターをもらったことがないなんて百も承知だよな?
俺のことが好きだって普段から言っているよな? 彼女は親友なんだよな?
なのに、なんで彼女が俺へ気を使っていると言うのに、お前が彼女の苦労を台無しにするんだよ!
どうして、俺に平気で他の人からもらったラブレターを自慢できるんだよ!
こともあろうか、小豆は彼女が冷や汗を浮かべながら必死に否定している横で、満面の笑みを浮かべながら肯定していやがったのだ。
更に俺に対してドヤ顔で「すごいでしょ~」なんて言おうとしていた。
そんな小豆を制止しようと言葉で
なのに小豆は彼女の言葉に嬉しそうな笑顔で。
某双子のお笑いコンビのネタっぽく言葉を繋いでいた。
「ちょっと、小豆さん……お兄様に『これ』がラブレターだって伝えてどうするんですの? 私達がラブレターをもらっているなんて知れたら、お兄様への
「えぇ~? だぁいじょうぶだよぉ~。お兄ちゃん、そんなことでイメージ変えないもん」
「ですが……」
「雨音ちゃん、心配しすぎだよぉ? それに、お兄ちゃんだったらぁ、私達が人気があるって思えて嬉しいんじゃない?」
「そう言うものなんですの?」
「……」
俺に背中を見せながら顔を突き合わせて、なにやらブツブツと
二人の会話がとても気になるところだが。
俺はその場で待機するだけなのである。ひ、ひまだなー。
そんな呆然と立ち尽くしていた俺の視界の先。突然小豆が振り返ると――
「お兄ちゃんは私達がラブレターもらうの、嬉しいよね?」
「――え?」
「――ちょっと、小豆さん! ……ぅぅぅ」
「……」
こんなことを聞いてきたのだ。小豆の言葉に驚きの声を発していた俺。
ほぼ同時に、あまねるも慌てて振り返ると小豆に声をかける。そして俺に視線を合わせ、
小豆とあまねる。そして周囲の視線を独り占めしている俺……いや、針のむしろなのですが。
全員が見守る中、俺は自分の答えを二人へ伝えようとしていたのだった。
「あー、うん……まぁ、その……うーん、えっと……う、うれしい、かな……」
「だよねぇ~♪ ……ほぉらぁ~?」
「ぁ♪ ――わわわっ!」
「……ふぅ……ぅぅぅ……」
俺は数秒ほど視線を泳がしながら言葉を
自分の気持ちと向き合う意味で、妹達がラブレターをもらった事実を想像していたのだった。
もちろん俺がもらっていないのに、妹達がもらっている事実には自分の不甲斐なさが
だけど、それは俺の個人的感情でしかないのである。
そんな理由で「嬉しくはない」なんて言うのはエゴでしかないはずだ。決して周囲の圧力が恐いからではない。ほ、ほんとうだよ?
それに俺自身は小豆の辛い時期に近くにいなかったのだから、
今の現状について嬉しく思う以外の感情を抱くのは間違っているんだと思う。
ラブレターは愛情表現。それだけ妹が周囲の人達から愛されているってことなんだ。
やはり妹が笑っていられる今を喜べないはずはないんだと思う。
――妹の人気を素直に嬉しいと感じられずに、何が兄だ!
こんな結論に至っていた俺。
だけど、面と向かって……それも
右手の人差し指で右頬を「ポリポリ」と
そんな俺の言葉を受けて、小豆は満面の笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。そして隣のあまねるに声をかけていた。
彼女は少し安心したような、それでいて嬉しそうな表情で小さく声を
きっと小豆を止められなかったことに罪悪感を抱いていたのだろう。いや、俺のことなんて気にしなくていいのに……。
俺が「嬉しい」と言葉にしたことで安心できたのかも知れない。
だけど、その瞬間。
今度は小豆が彼女の制服を
俺は二人の背中を眺めて軽く息をついた。少し緊張していたのだろう。
って、小豆さんあまねるさん?
お兄ちゃんは『放置プレイ』も『
恥ずかしい台詞を口にした手前。まぁ、言うほど恥ずかしくないんだろうけど、状況的に恥ずかしかったんだと思う。
周囲の視線が未だに集中しているから帰りたいのだが、背中を向けて会話が再開されているのです。
早く帰れることを祈りつつ、ジッと立ち尽くす俺なのであった。
◆
「それにね、雨音ちゃん?」
「なんですの?」
「これはチャンスなのかも知れないよぉ~」
「チャンス?」
「……」
なかなか、話が終わりませんね?
まぁ、何もしないで立っているのも暇ですし。
なによりアイドル二人の背後で何もしないで立っていると、周囲から怪しい人に見られる心配もあるので
「お兄ちゃんが私達に人気があるって理解すればぁ~」
「すれば?」
「嫉妬してもらえる可能性だって、あるんだよぉ~♪」
「しっ――」
「シィー! ……あはははは……」
「……」
なんか唐突に、あまねるが大きい声を出そうとして小豆に口を塞がれていますね。
そして彼女に向かって「静かに!」みたいに人差し指を唇に当てていますが、どうしたんでしょう。いちに、いちに……。
その姿勢のまま俺に向き直って乾いた笑いを奏でていた小豆。
あ、話が終わったのかな?
と思って立ち上がったのに、再び背中を向けるのだった。ええええええ?
……アキレス
「もぉ! ……お兄ちゃんに聞こえるじゃん?」
「す、すみません……って、それよりも、嫉妬してもらえるんですの?」
「……わかんないけどねぇ~」
「あ ず き さ んん~」
「あ、あくまでも可能性だもん……でも高確率だと思うよ?」
「……本当ですのぉ?」
「……」
うーん。帰る気配ゼロですね。いちに、いちに……。
しかも、なにやら小豆が彼女にジト目で睨まれていますし、小豆は苦笑いを浮かべていますね。
さっきの
……足首でも回してみましょうか。ぐるぐる、ぐるぐる……。
「うん、由姫おばちゃんが言っていたよぉ~。霧ヶ峰の男はお気に入りのものが手元にあると安心しちゃうし、奥手だから絶対に自分からは動かないんだってぇ? だけどぉ、目の前から少しでも遠ざかると慌てて取り戻そうとするみたいだよぉ~」
「ん? それって……」
「お兄ちゃんは子供だってことだねぇ~」
「――ヘックション! ……ずずず……」
なんか急にくしゃみが……誰か俺のことを噂しているのかな?
うん。「ねぇ、ちょっと……彼女達の背後で変な動きをしている変質者がいるから通報しましょうよ?」なんて噂が。
って、いやいやいや、お兄ちゃんは変質者ではございませんよ?
と言うよりも俺が小豆の兄だって全員知っているでしょ?
あ、小豆達が振り返って苦笑いを浮かべていますね……話が終わったのなら、捕まりたくないので、さっさと帰ろうよ?
……と、思ったのに妹達に再び背中を向けられてしまう俺。
仕方なく周囲の視線を無視して手首を回す俺なのであった。ぐるぐる、ぐるぐる……。
「とにかく、お兄ちゃんに私達がラブレターをもらうほど人気があるって認識してもらわないとぉ~」
「もらわないと?」
「いつまでも妹のままだよ?」
「――ッ! ……確かに、お兄様だったら……そうかも、知れませんわよね?」
「そうそう♪」
「……」
うーん。準備運動もバッチリなんですが……いつになったら本番が始まるのでしょう? 帰宅部の
……そんな無言のアピールを完全に無視する二人。まぁ、背中向いているんで当たり前なんですが。
と言うよりも、かなり
あれかな? あまねるが小豆に「ラブレターじゃない」って説得しているのかな? 気にしなくていいのに……。
「……わかりました」
「うん♪」
「お?」
「……お、お兄様……」
「う、うん……」
そんなことを考えていた俺の鼓膜に、あまねるの透き通る声で言い放つ「わかりました」の言葉が響いてくる。
その言葉に満足そうな笑みで答える小豆。そして二人は、ゆっくりと俺へと向き直るのだった。
説得できたのかな? いや、でも彼女の方が了解していたよな?
疑問が残る表情で二人を見つめていると、怯えた表情を浮かべてあまねるが俺に声をかけてくる。
何事かと緊張しながら彼女に声をかけていた俺。すると彼女は決心するように言葉を紡ぐ。
「これは……私宛のラブレターです!」
寝返ったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
――アマーネル、お前もか!
……いや、お兄ちゃんってば、妹達に相手にされなくて
まぁ、最初から知っていたし、元々小豆軍の人間――親友なんですからね。説得されたのは彼女の方だったのだろう。
そんな脳内の遊びが恥ずかしくなり苦笑いを浮かべていた俺にドヤ顔を決める二人。
なんとなく何か感想を求めているような雰囲気ではあるが。
もらったことのない俺が何かを言える訳もなく。いや、それ以前にだな?
「……ほら? あまねるも? ……」
「わぁ、ありがとう♪」
「ありがとうございます♪」
「――ぅぉ! ぬぬぬ……」
「――ぇぃ! むふふぅ~♪」
「ぁ――ぇぃ! ふふふぅ~♪」
「お、おい……」
だから二人に近づくと両手を差し出して声をかけていた俺。
さすがに妹二人は俺の意図を瞬時に察してくれたようだ。
満面の笑みと感謝の言葉を添えて、俺にラブレターの紙袋を差し出してきた。
持った瞬間、両手にズシリと来る紙袋。い、意外に重いじゃなぁ~い?
おい、お前達、こんなの持って帰ろうとか考えていたのか?
などと、紙袋を睨みながら考えていたんだけど。
今朝、小豆が――
「今日、一緒に帰るよね? どこも寄り道しないよね? ね? ね? ねぇ~?」
と、泣きそうな顔を近づけながら聞いてきたのを思い出していた。いや、顔を近づける意味ないよね?
実は最近一緒に帰ってやれなかったのだ。
用事があってな……うん、各教科の先生が俺を指名してきて、どうしても勉強させたいって言うからさ? 補習ですけどね……。
だから甘えんぼな妹が一緒に帰りたくて聞いてきたのかと思っていたのだが。
荷物持ちが職場放棄していた数日間。もちろん、持ち帰れる分は自分で持ち帰ったんだろうけど。
買ったり録画をしたはいいが、次から次へと素晴らしい作品が押し寄せて知らない間に増えている。
そんな『積んでる』状態のようになって、処理しきれなくなった。
つまり、自分じゃ持ち帰れない分が『ラブレターも積もれば~』ってことなのだろう。
まぁ、最初から持ってやるつもりだったし、俺なら……持ち手が、かなり手の平に食い込んでいますが何とかなるのです。そう、紙袋だけなら!
だけど、こともあろうか……両手で二人の紙袋を支えている俺の腕に小豆が絡みついてきた。って、おい!
しかも、横で見ていた彼女までもが真似をして絡みついてくるのだった。アマーネル、お前もか!
一瞬「おい、離れろ!」と言おうとしたのだが。
普段の妹に絡みつかれる俺の腕は下に負荷がかかるのだが、今は上に持ち上げているように思えた。
どうやら二人は紙袋を支える俺の腕を支えているようだ。意味があるのかはともかく。
さすがに俺を支えようとしている二人を
「……じゃ、じゃあ帰るぞ?」
「ふぁ~い♪」
「はい……ふふふぅ~♪」
ただ確実に、周囲の視線が鋭いものに変化しているのだ。当たり前だね。
さっさと離脱するべく、二人に声をかけた俺。
二人は腕に絡まりながら満面の笑みを浮かべて了承する。そしてゆっくりと歩幅を合わせて
普段から慣れているとは言え、智耶の代わりにあまねるが絡まっている現状。
正直歩きづらいし、周囲の目も気になる。
だけど智耶って、基本俺の制服の腕部分を軽く摘む程度なのだ。
それに小豆よりも小さいから負荷だけ考えると、普段は右腕に負荷がかかりすぎているのである。
だがしかし、今は同じくらいの体型のあまねるが左腕に絡まっている。
実はバランス的に今の方が歩きやすいのである。
これは意外といいのかも?
……などと、周囲の好奇心の視線から逃避する目的で、どうでもいいことを考えながら歩き続ける俺なのであった。
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