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三島賢吾は都内の高層ビルの一室にいた。部屋の大きな窓からは暗闇の中星空のごとく明かりをちらつかせる東京の街が一望できる。三島はそんな景色に目をくれることもなく、ノートパソコンに映し出された無機質な文字列を訝しげに眺めている。画面に映るのは『クオリア社』の今後の事業展開に関する内容である。クオリア社は通信事業を手掛ける企業だ。先端技術を使った投資に熱心だが、その規模は小さい。

クオリア社の企業ホームページには、『タキオン通信事業』をメインに展開していく方針が事細かに書かれている。通信事業として進出の遅れたクオリア社が、このタイミングで市場へ手を伸ばそうということだろうか。

三島にはこのクオリア社の動きに気がかりな点があった。それは最後に書かれている出資者のリストだ。

大手通信事業業者やメーカー、IT企業に名を連ねて、一つ場に似合わない名前がある。

その名は『神楽教』。この日本、特に東京に於いて戦前から強い力を持ち続ける『新興』というには少しばかり長い歴史をもつ宗教団体だ。

なぜ連中がこの事業に出資をしているのか、三島にはその意図が全く読めなかった。

神楽教の思惑に思慮を巡らすのを諦めた三島は資料を手に取り読み始めた。



【タキオン通信の技術開発を手掛けるクオリア社に関連する未解決事件】


■クオリア製ゲーム機使用者の失踪事件

9月11日正午、「クオリア製ゲーム機使用者のAが突如失踪した」と同棲するBから通報が入る。警察官到着時にはBは事情聴取に応じるも錯乱状態で「Aはゲーム機の中に吸い込まれた」と意味不明な供述。その日に精神科へ検査入院。

事件現場を検証するも何者かに連れ去られた形跡はなく、Aの足取りは不明。


■タキオン送信所付近での児童失踪事件

クオリア社の設置した実験用タキオン送信所付近で遊んでいた小学生児童C、D、Eが突如失踪する事件が発生。現場は立ち入り禁止区域で柵が張られており児童らは乗り越えて送信所まで向かったと思われる。誘拐事件として操作を進めたが、送信所付近で足取りの途絶えた児童らの足跡以外に人の形跡は無し。


■不正献金容疑捜査中の警察官の行方不明

12月21日、東京都知事へ不正献金をした疑いでクオリア社に家宅捜索。裏道から逃げようとした幹部を追跡していたF警部らが首都高で突如失踪。現場のタイヤ痕を調べるも手がかりは無し。



神楽教によるクオリア社への出資活動とこの不可解な事件群はなにか繋がりがあるように三島には思えた。しかしどうにも意図が読めない。

「どうしたの?難しい顔して」

後ろから女が声をかけた。

「いや、それにしてもリン、こんな機密資料どうやって盗み出したんだ」

「あたしを舐めないでよ」

リンと呼ばれたその女は口元に笑みを浮かべた。

その時、三島の携帯が鳴った。

「なんだ、今日は安息日なんだが」

「魔導師様が呼んでいる。今すぐフロンティアの第3基地へ向かうように」

電話口からドスの効いた男の声が響く。

「緊急なのか」

「例の裁きが始まった。何もないとは思うが念のため幹部は全員召集がかかっている」

三島はため息をついた。

「出かけるの?」とリンが言った。

三島は「ああ、参ったもんだよ」と悪態をつきながら部屋を後にした。

駐車場に行き、愛車のセダンへ乗りこむ。

駐車場を出てそこから一番近いランプから首都高に入った。

ラジオを入れると、交通情報が流れ始める。

「午前9時ちょうどの交通情報をおしらせします。湾岸線大井パーキングエリアから10キロ地点に時空渦の影響でジャンクションが発生しています。」

緑の案内板『大井PA』の文字を見て、三島は助手席のグローブボックスを開いた。中から銀色のハンドガンを取り出すと、その中からマガジンを外し、首からぶら下げていた魔導石をその中に詰めた。三島はそれから石の詰めたマガジンを中の中にそっと戻し、そのハンドガンを懐に忍ばせる。

もう10キロほど走っただろうか。三島はアクセルを大きく吹かした。

メーターの表示が150、180、200……とぐんぐん上がっていく。

三島は十分に加速しきったことを確認すると、シフトレバーの横にある銀色のレバーを倒し、顔にガスマスクのようなものを嵌めた。

三島が少し顔を歪めた。車はゆっくりと道路に沈みはじめ、やがて完全に暗闇の中に入った。

三島は暗闇の中車を走らせながら、神楽教のことを考えていた。

魔導師は神楽教の新しい指導者を陣営に招き入れようとしているが、それは得策なのかと。神楽教は指導者が代替わりしてからというもの、政治活動に熱心だ。最近も東京都との癒着がニュースになっていた。そして今度はクオリア社の不審な新技術に興味を示している。彼らが魔導教団に関わろうとしているのも何か裏があるように思えて仕方がなかった。



三島は車を停めた。

車から出た三島の前にそびえる建物はギラギラと勇ましく灯を放っていた。

三島はその建物の壁に手を当て、壁が溶けるように消えると、中に入った。

一面に床が青白く光り輝く部屋が広がり、その一番奥で魔導師がスケルトンの椅子に佇みながら、グラスに入った黄色いエリクシルの液体を嗜んでいる。

「魔導師様、遅れまして」

基地に入った三島は慇懃に振る舞った。

「どうしたの?お楽しみのところを邪魔しちゃったかしら」

「魔導師様、本題をどうぞ」

軽口を叩く魔導師に三島は結論を急かした。

「ところで、あの資料は?」

三島は鞄からリンから譲り受けた紙の資料を取り出した。

「こちらです」

魔導師は資料を受け取り流し読んで言った。

「やっぱりね」

「神楽教が絡んでいると思われます」

「そうね。何を考えているのかしら」

「……神楽教と関わるのはやめましょう。伝えている通り、交渉は決裂しました」

「でももう時間がないの」

「何故ですか?」

「サキが寝返ったわ」

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