40.Studi kontraulegæ
三島は苛立っていた。神楽教で発生した集団失踪事件のために設置された捜査本部を任された三島であったが、事件の全貌も、犯人の手がかりも被害者が今どこにいるのかすら掴めない状況だった。被害者の目撃情報から神楽教やその傘下のクオリア社によるものだと踏んでいたが、関係者は口を割らず、捜査は難航していた。捜査班も諦めかけていたが、三島は自身の信念と正義感を胸に秘め、孤独な戦いを続けていた。
そんな中、三島の元に一本のメールが届いた。差出人不明、件名なし、そこには『仙山』と言う人物の研究所の場所とされる住所が載っていた。この『仙山』という人物を調べると、以前は大学教授をしていた物理学者であったが、ある日急にオカルトに嵌り独自の奇妙な研究を続けていたという。そして、その中で神楽教代表の美神楽勇一と何度も接触していたことや、クオリア社にタキオン通信機の設計に関する技術提供をしていたことがわかった。
そして何故か、三島はこの『仙山』という名前に聞き覚えがある気がした。
突破口が見つかるかもしれない。この事件の謎を解き明かす鍵になるかもしれないと直感したからだ。三島は署を飛び出した。
その日の東京は天変地異のような大雨と洪水に見舞われていた。街は水浸しになり、人々は避難所に避難するか、必死に自宅に立て篭もっていた。
三島は通行止めや渋滞に足止めされながらもなんとかタレコミのあった住所へたどり着いた。
そこはアパートの一室だった。
古びた扉を開けると、そこには暗闇が広がっていた。三島は懐中電灯の光を頼りに進んでいくと、研究所の奥に仙山教授の姿はなく、代わりに別の人物が立っていた。
彼は放心状態で、銀色の大きなヘルメットのような機械を頭から外し、ぼそりと呟いた。「そうか、思い出した……」
三島は興味津々でその男に近づき、彼の話を聞きたいと思った。
「何を思い出したんですか?この研究所で何が行われていたのか、教えてください」
西宮ケイは深いため息をつきながら、「三島さん」と言った。
三島は、なぜこの男が自分の名前を知っているのかと、ぎょっとした表情をした。
「あなたも記憶を取り戻す必要がある」
西宮ケイは銀色のヘルメットを取り出し、三島に手渡した。「これを被ることで、あなたも忘れていた記憶を取り戻すことができる」
三島は銀色のヘルメットを手に取り、迷いながらも被ることに決めた。ヘルメットが彼の頭にフィットすると、まるで別の世界にいるかのような感覚が広がった。
次第に、三島の意識は過去の出来事へと引き戻されていった。彼は自分が先日までもう一つの世界アマガハラに出入りしていたこと、そこでこの目の前にいる男『ケイ』と同じく、魔導師出海と仙山が作り上げた『魔導教団』の中で共に戦っていたことを思い出した。そして何故か、あの日第二層を占領した直後全てが破壊された。そこからの記憶はない。
「ケイ、無事だったか」
「ええ、なんとか。ここ来るまであっちの記憶は消えましたけど」
「あの日、何があったか分かるか?」
「よくわからないですけど、おそらくアマガハラから強制切断されたんだと思います。強制切断されると記憶を失うんです」
「……そういうことか。でもなんでだ」
「それはわかりません。ただ、あの時魔導師様は敵対していた美神楽と手を組んだ。もしかしたら魔導教団の掲げていた目標とは別の目的を持っていたのかもしれません」
「そうか。まずはこの部屋を捜索しよう。何か手がかりになるものが出てくるかもしれない」
二人は部屋中を見て回った。すると、部屋の奥から分厚いファイルが出てきた。
埃まみれの変色した紙をめくりながら二人は読み込んだ。仙山と魔導師の真の目的は、ある国家の復活だった。
二人は驚きを隠せなかった。
その国家は、タキオンを利用しようとする研究の最中に失敗し、存在ごと消えてしまった国だった。仙山博士と出海陽子は、その国家の復活を試みていた。そのために魔導教団を指揮し、アマガハラの占領を目指していたのだ。
三島は衝撃を受けた。しかし、その続きを読むと同時に彼は危機感を覚えた。その計画には大きな犠牲が伴う可能性があり、タキオンを伝送する際に発生する因果律の乱れにより、東京の人口の半分が消えてしまうかもしれないと。
三島は困惑しながらも、使命感が湧き上がってきた。「ケイ、この計画は阻止しなければならない。どうすれば阻止できるか、一緒に考えてくれないか」と三島はケイに対して声を掛けた。
ケイは決心した表情で三島を見つめ、そして頷いた。「三島さんの言葉に賛同します。この計画を阻止するために、できることは何かを見つけ出しましょう」
その時、外から騒がしい音が聞こえてきた。二人は驚いてドアの方を向くと、USBメモリを咥えた猫と小太りの中年男性が部屋に入ってきた。
「あなたは……佐山さんですね」と三島は男性を見つめながら言った。彼はかつて魔導教団として活動していた時に、白石サキと佐藤倫乃介が保護した男性だった。
佐山は驚いた表情でこちらを見た。
「誰だ!」
三島は佐山を羽交い締めにした。
「このっ……いきなり何をするんだ」
「今だ。ヘルメットを!」三島が声を上げる。
ケイがヘルメットを佐山に被せる。
すると佐山は恍惚とした表情を浮かべ「あ、ああ」と息を漏らした。三島が佐山を放すと、佐山はその場にうずくまった。
「佐山さん、お久しぶりです」三島が声をかけると、佐山は弱々しく会釈をした。
その時、ヘルメットに繋がれたモニターのほうから「ボクは『猫の人』。よろしくにゃ」と声がした。
猫がモニターの前に座り、別のヘルメットを被っていた。
「猫の人?なんだそりゃ」三島が呟く。
「話すと長くなるにゃ。それより、君たちがいた魔導教団だが、本来の目的は知っているかにゃ?」
「ああ、さっき知った」三島がファイルを掲げて資料を見せた。
「話が早いにゃ」
「それで、その計画を阻止する方法を教えてくれ。アマガハラに行ける方法があればすぐに向かう」
「それよりもやってほしいことがあるにゃ。あの日、全てのPAが魔導教団と神楽教に占領され、天の声と天上人は全て始末された。後ろ盾となる天上人がいなくなったことによって、第一層にいた天の声も消された。その後、白石サキが生贄になり、第一層に囚われた。その時にアマガハラは破壊されて君たちはアマガハラへの接続を強制切断されたんだにゃ」
「あの日、そんなことが起きていたのか……」
「そうにゃ。で、サキは今第一層にいる唯一の魂。天の声と同じ身分ということを意味するにゃ。巨大なエネルギーをあの街から伝送するには第一層の許可が必要になるルールになっていて、その許可を与えさせるためにサキを生贄にしたんだにゃ」
「サキはグルなのか?」
「いや、まだ伝送が始まっていないことを見ると、サキは協力的では無いように思える。伝送を遅らせるために、あえて自ら生贄になり、強制切断を行ったことで他の魂が上がって来れなくしたと思うにゃ」
「それなら希望はあるな」三島が安心した声で言う。
「いや、それも長くは続かないにゃ。白石サキは集合意識ではないからこのままだと天の声と同じように消されてしまう。彼女は第二層に再び降りてきて裁きを行い、PAを占領する必要があるにゃ。でも今の彼女には勝ち目がない。白石サキを勝たせるには集合意識の力を与える必要がある」
「なるほど。でもどうやって?」
「その男を使い、サキに関する都市伝説を流布させることで、彼女の信仰を集めるのにゃ」
猫の人が前足を上げて佐山を指した。
「えっ?俺?」三島とケイの視線を浴びた佐山が戸惑いながら呟く。
「そう。その男はニュースサイトを運営している会社の社長だ。利用者も多い。彼のサイトを使って情報を広めるのが一番手っ取り早いにゃ」
三島は考え込んだ。悪くないが、時間がない。どうするべきだろうか。猫の人に尋ねた。
「いい考えだが、その話を広める時間がない。どうすればいい?」
「いい質問にゃ。今、佐藤倫乃介がクオリア社に向かっている。そこにあるタキオン伝送装置を使って過去に情報を送り、都市伝説を流布させれば間に合うかもしれないにゃ」
「わかった」三島は立ち上がった。
携帯を手に取り、何者かに電話をかける。
「リン、今すぐクオリア社に向かってくれ」
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