32.Les micio
わたしが目が覚ましたのはベッドの上だった。
身体が痛い。
「サキ、起きたのね」
魔導師様の声だった。
「身体が痛くて起き上がれないです」
「いいのよ。そのまま休んでなさい」
甘い紅茶の香りがした。
「起き上がれるようになったら、お茶を飲みなさい」
「ありがとうございます」
そうだ。裁きはどうなったんだ。
「裁きはどうなりましたか?」
魔導師様がふっと笑う。
「貴女たちの勝ちよ」
「よかった」そっと胸を撫で下ろす。
「倫乃介は大丈夫なのですか?」
「大丈夫よ。今、美神楽勇一のところへ交渉をお願いしているわ」
「美神楽勇一って、あの?神楽教の?」
「そうよ、あの神楽教の代表よ」と魔導師様が答えた。「彼との協力を得ることで、私たちの目的を達成できるかもしれないの。だから、あなたにも頼みたいことがあるの」
私は不安そうに魔導師様を見つめました。「何か、私にできることがあるのですか?」。
魔導師様は穏やかな笑みを浮かべながら言いました。「実は、私たちは神楽教と敵対しているの。でも、私たちの目的のためには彼らとの協力が必要なの。もちろん、彼らが本当に信用できるか怪しいというのもわかるわ。だから、あなたにはアマガハラの第二層に潜入して、一人の『
わたしは驚きと緊張が入り混じった表情を浮かべた。
「天上人に?なぜですか?」
「天上人の一人が神楽教と繋がっているのは知っているわよね?」
「ええ、確か神楽教で崇められているとか」
魔導師様はうなずきました。
「そう、彼こそが私たちの目的を果たす鍵なのよ。彼が何を知っているのか、そして神楽教と何をしようとしているのか、それを突き止める必要があるわ。そして、私たちは彼が私たちにとって危険な存在であるかどうかを判断しなければなりません」
「わたしが潜入スパイを……。でも、第二層には今まで入ったことも無いし、危険ですよね……」
魔導師様は真剣な表情で私を見つめた。
「私もその危険を理解しているわ。しかし、私たちの目的のためには、あなたの力が必要なの。私たちは神楽教と協力してアマガハラの第二層の天上人に総攻撃をする予定なのよ」
「総攻撃?一体なぜですか?」
「今がチャンスなの。私たち魔導教団の目的はこの街を支配下に置いて、我々人類が運を使いこなせるスキームを作ること。でも今までは同期率が悪く
「これを見て頂戴」
魔導師様が手に持った水晶の上に手をかざす。
上にデジタル表示の時計が2つ投影された。
「こっちが物質界の時間、そしてこっちがアマガハラの時間」
寸分の狂いもなく同じ時間が表示されている。
「物質界とこの街の時間がほぼ同じ速度で流れているわ。同期率は99.9%を超えているの」
「すごい。これなら勝てそうですね」
「でもそうとも限らないのよ」
魔導師様が溜め息をついた。
「昨日も同じ状況だったわ。でも、私たちは天上人との裁きに敗北したわ。なぜかわかる?」
「邪魔が入ったとか、ですか?」
「察しが良いわね。何故か急に同期率が下がったのよ。何者かが同期率を下げる妨害をしたとしか考えられないわ」
「そんな……」
「神楽教が怪しいと見ているわ。彼らは私たちが天上人へ戦いを実行するタイミングで榊との裁きを仕向けたわ。何か思惑があるはずよ。だから神楽教と協力する必要があるの。うまくいけば同期率を操る技術も手に入れることができる」
「……でも、そんな神楽教と組んで大丈夫なんですか!?」
「そこで、貴女に潜入をお願いしたいの。第二層には魔導教団が占領しているエリアもあるから、貴女に何かあればすぐに向かわせることができるわ」
わたしはしばらく考え込んだ後、決意を固めた。
「わかりました。わたしは協力します。神楽教の情報を手に入れるため、アマガハラの第二層に潜入します」
魔導師様は満足そうに微笑んだ。「ありがとう、サキ。私たちの未来のために、頼んだわ。準備が整ったら、すぐに行動しましょう」
わたしは心を落ち着け、覚悟を決めた。
しばらくしてわたしは再び目を覚ました。また眠っていたみたいだ。
身体を起こす。だいぶ楽になっている。
キーを手に取り、外へ向かう。
アスファルトの上に立ち、不安と興奮が入り混じった気持ちで車のキーを捻った。
キーを捻るとエンジン音とともに、車が組み上がりマフラーから白煙が舞い上がる。
先ほどの出来事を思い出しながら、第二層に繋がるICに向かい車を走らせる。
ICをくぐると、まるで夜明けの星空の中のような風景が眼下に飛び込んできた。キラキラとした風景に圧倒されながらも、わたしは車を地図に従って進んでいった。
しばらくして、わたしは殺風景な広場に到着した。
広場の真ん中には、白く光る四角い建物がそびえ立っていた。それはまるで神殿のような存在感を放っていた。不思議な引力に引かれるように、その建物に向かおうとした。
しかし、突然強く掴まれた。振り返ると、そこには顔のない亡霊が立っていた。
亡霊は不気味な声で尋ねた。「何をしている?」
わたしは「ここの主に会わせてください」と頼んだ。
亡霊は困惑したような表情を浮かべ、「は?何を言っている。帰れ」と言った。
諦めずに言葉を続けた。「わたしは教団の使者です」と亡霊たちに伝えると、彼らは顔を見合わせて意思疎通を図った。
何者かに念を送るような動作をする亡霊が現れ、そのまま無理矢理建物の中に連れていかれた。
建物の階段を降りて暗い部屋に入ると、そこには青白い顔をした男が座っていた。亡霊たちは男に向かって頭を下げ、「主様、先ほど申し上げました不審者でございます」と報告した。
男は冷たい目でこちらを見つめ、「宜しい。下がれ」と命じた。亡霊たちは部屋を出ていった。
男の舐めるような視線を感じながら、自身の目的を伝えた。「わたしを匿ってください」と頼んだ。
男は興味深げに眉をひそめながら、「なぜだ」と問い返した。
「わたしは教団から離れたいのです。新たな道を歩みたいのです。わたしは教団の弱点も知っています」
男は黙って物思いに老けるような顔をして、静かな部屋の中で数秒間考えているようだった。
やがて男は頷き、ゆっくりと言葉を紡いだ。「君が教団から離れたいと望んでいるならば、君を匿うことは可能だ。ただし、その理由を詳しく話してもらいたい。私には君の真意が理解できるまで、判断を下すことはできない」
わたしは胸の内に秘めた思いを一つ一つ口にするように演技をして注意深く話しはじめる。「教団では束縛され、自由な意思を奪われるような生活を強いられていたのです。わたしは自分自身の道を歩みたいのに、常に教団の縛りに縛られていました。わたしは教団の第一天使として活動してきました。わたしなら、あなたの力になれます」
男はわたしの言葉をじっと聞きながら、表情に微かな興味を浮かべた。
「……思い出した。君は榊由美と戦っていた人間だな」
「なんでそれを……」
「あの時、君たちは天の声の術をかけられたんだ。榊由美からの要請で」
「術……?」
「失っていた記憶を取り戻す術、天眼鏡だよ」
男はわたしの方に歩いてきて、わたしの頭を掴んだ。
「何をするん……」
突然、脳みその中を掻き回されるような感覚がしてわたしは言葉を失う。
「あっ……あっ……」
「そうかそうか、君は魔導師に頼まれて、私に対してスパイをするようにしていたんだな」
「はっ……あっ……」言葉にならない声が口から漏れ出てしまう。
「ふむ。でも心の奥では納得していないようだな。やはり美神楽と協力するのに抵抗があるみたいだ。あの生霊は信用できないからな」
うーん、と男は低い声で唸る。
「君はまだ失った記憶を取り戻せていないようだ……。よし。私も美神楽とは縁を切ろうと思っていたんだ。君に失われた記憶を流し込んであげよう」
頭の中に何かが注がれるような感覚がした。
「あああっ!!!」
『わたしはこれから生贄になるんですね。』記憶の中で、わたしが落ち着いた声で言う。
仙山先生と魔導師様とわたしは、生贄の儀式の準備が整う基地の中の実験室の中にいた。彼らからはエネルギー転送の成功のために、生贄が必要だと言われていた。
仙山先生は厳しい表情でわたしを見つめ、『君がこの実験のための生贄だということは、前もって説明したはずだ。覚悟はできているか?』と問いかけた。
わたしは頷きながら、深呼吸を繰り返し、自らの心の中で強く決意を固めた。『はい、私は覚悟ができています。私がこの実験を通じて、世界に貢献できるのなら、生贄になることを受け入れます。』
魔導師様はその言葉を聞いて、わたし近づいてきました。『私が代わりに生贄になってもいいのよ。貴女はまだ未来がある。私が代わりに生贄になる覚悟があるのよ』
仙山先生は魔導師様の言葉に驚き、制止しようとしました。魔導師様は自分がエネルギー転送のために育てられ、両親とは離縁し孤独に暮らしてきた過去があった。
『サキ、私は一人で生きてきた。でも、あなたが現れてから、私の心には特別な感情が芽生えた。あなたを守りたい、私が代わりに生贄になる覚悟があります。』
わたしは魔導師様の言葉に驚きながらも、温かい感謝の気持ちで女技師を見つめた。
『ありがとう、でも私は自分の運命を受け入れる覚悟ができています』
魔導師様はその言葉に涙を浮かべ、わたしを抱きしめようとしたが、仙山が制止した。
『この儀式は厳粛なものだ。我々の使命を忘れるな。感情に流されてはいけない。』
しかし、魔導師様は抵抗しました。
『もう我慢できないわ!』
魔導師様の声が実験室に響き渡った。
『私が生贄になることで、転送が成功するのなら、私はそれを受け入れるわ!』
仙山先生は深くため息をつき、魔導師様の手を取りながら言葉を紡いだ。『君の勇気は認められるべきだ。しかし、サキを生贄に捧げ、エネルギー転送のトリガーとするのは決まっていたことだ。わかるだろう?』
魔導師様の目から涙が溢れ、わたしを見つめ続けました。『私は貴女を教え育てる立場だったわね。それがこんな結果なんてあんまりよ。貴女を守りたい、貴女のために生きたい。貴女はこんなことになるために生まれたのかしら?そんなことはないわ。このままでは終わらせない!』
仙山先生はその言葉に苛立ちを隠せず、彼女を制止しようとしたが、魔導師様は力強く言い放った。
仙山先生は驚きの表情を浮かべながら、魔導師様を制止しようとしました。『馬鹿なことを言うな!感情など、生贄の儀式には関係ない。私たちは使命を果たすためにここにいるんだ!』
しかし、魔導師様は立ち上がり、仙山先生に向かって歩み寄りました。『サキはただの道具ではないのよ。私たちは感情を持っている。私はサキを守りたい、貴方のような冷酷なやり方には賛同できないわ!」二人の間には緊迫した空気が漂い、やがて戦いが始まった。仙山先生と魔導師様は互いに呪文を放ちながら、激しい戦いを繰り広げた。
わたしは目を見開き、二人の戦いに固く注目していた。わたしは自分が生贄になることで、世界線転送が実現することを願っていたが、同時に魔導師様の言葉にも心を揺さぶられつつあった。
戦いは激しさを増し、周囲の装置や道具が壊れ飛び散る。一瞬の隙を見て、魔導師様がわたしの手を取る。わたしは戸惑いながらも、魔導士様に連れられ、儀式の場から脱出し、街へと出た。
街はいつもの景色に包まれていました。高層ビルと光り輝く都市が広がり、人々が忙しなく行き交っていた。
ふっと意識が戻った。男はわたしから手を離していた。
「記憶を戻したが、どうだ?」
「あの、この記憶は一体……?」
「前回の世界線の記憶だ。君は仙山や魔導師と名乗っている出海陽子に生贄にさせられ、『エネルギー転送』に使われていたみだいだな。恐らく、仙山は失敗とわかって、過去に自分の記憶を転送させたんだろう」
「『エネルギー転送』とはなんですか」
「わからない。君の記憶の中にあった言葉だ」
「あの、魔導士様、陽子を救う方法はありますか?」
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