38.La imaghinara lago

俺は、目が覚めると薄暗い部屋の中にいた。

「あ、起きたみたいだにゃ」

起き上がる。床で寝ていたみたいだ。

全身が痛む。

「あの、ここは」

「ここは第二層の裏側にゃ。あのPAプライオリティエリアの真下にある」

「プライオリティエリア……?」

「そんなことも知らないで第二層に来たのかと言わざるを得ないにゃ……」

声の主は呆れた顔でこちらを見つめた。

「第二層の道路を脇道に入ったところに広場があると思う」

「あ、最後に俺が戦ってたところか。もつれあいになって、それで」

「そうか、それでここに落ちてきたわけか」

「あそこがPAプライオリティエリア……」

「そう。第二層には20ヶ所のPAがあるにゃ。占領したPAが多いほどこの街での『優先権』を得ることができる」

「『優先権』?それは何?」

「第二層は高位の魂しか入れない、それは知っているか?」

「それは聞いたことがある」

「では、高位とはどういうことかわかるかにゃ?」

「それは、強いとか、正しい心を持っているとか」

「基本的には違うにゃ。第二層に入れる高位の魂というのは集合意識のことにゃ」

「集合意識?」

「そう、皆が普段思っていること、当たり前だと考えられている通念、密かに抱いている欲、正しいとされている概念、そういったものが寄せ集まってできた『感情や理念の塊』みたいなものにゃ。

君たちみたいな個別の魂には理解するのは難しいかもしれないけど、そういう概念が意識を持ったものが本来第二層にいるはずの高位の魂にゃ。

で、この第二層の上には第一層があるにゃ。ちょうどあのピラミッドがそれ」

声の主は窓の外を指差す。

第三層で見た時より少しだけ大きく見えた。

「基本的にあの中にいるのが天の声。この街の全てを決めているにゃ。

ただ、天の声も集合意識に過ぎない。

PAを占領した魂の。

だからたくさんPAを占領すればするほど、その魂の思い通りに街を動かすことができる。これが『優先権』にゃ。

そのために、第二層の魂たちは戦うことがある。

その時、例外的に、君みたいな個を持った魂を使役して戦わせて、PAを占領させる。

君たち魔導教団は集合意識を人工的に作り出したんだにゃ」

「魔導教団を知っているのか」

「当たり前にゃ。ボクがここにいるのは魔導教団のせいなんだから」

「魔導教団と戦ったってこと?」

「そう、ボクはもともとPAを1つ占領していた高位の魂だった。ある日、第二層で裁きの申し入れがあったことをマナに知らされた。平和に過ごしていたから何のことかと驚いたにゃ。

そして聞いたら魔導教団だった。下層で色々やってたから存在は知っていたがたかが生き霊だろうと思っていた。

それが間違いだったにゃ。魔導教団は突然消えたり現れたりするとんでもない戦い方をするもんだから、ボクはあっさり負けてしまった。

で、それで終わればいいのに魔導教団はボクのことをつけ回した。恐らく、ボクがその戦い方を他の高位の魂に教えられると困ると思ったんだろう。

それで、逃げて、ボクと友好関係にある別の魂が占領しているPAに向かおうとしたところで後ろから追撃され、そのまま落ちてここに来たんだにゃ。

だから君が首から掛けているその透明な球を見て、すぐに魔導教団だとわかったにゃ。

何か大元に接続できるようになっているはずだと思うにゃ」

「……『コトダマの魂』に接続できると聞いてる」

「多分それが魔導教団が人工的に作った集合意識だにゃ」

「そうなのか……そんな詳しいこと魔導師からは説明されなかった……」

「それは何か隠しているのかも知れないにゃ」

隠していること……それはあの戦いの後にわかるのか……?

不穏な気配を感じた。魔導師から渡された水晶を手に取る。

何も起こらない。

「……おかしい。何も起きない」

「ここは第二層と第三層の間の隔絶された空間だから、それは通信できないにゃ」

「心配なんだ。あの戦いには俺と一緒に戦って来た戦友がいる」

「まず落ち着いたほうがいい。君は戦闘明けで疲れているにゃ。良いところがあるから着いてくるといいにゃ」


そして俺たちはその部屋を出た。

外に出ると透明な石で出来た砂利に覆われた地面が広がっていた。

少し進むと下り坂があり、さらに進むと崖があり、その崖の下には巨大な湖が広がっていた。

「これは何?」

「ダムにゃ。この街のエネルギーがここに集まる。第三層だとたまに雨が降ると思うにゃ。それはここから放出されているんだにゃ」

俺たちは崖に腰掛け、しばらく何も言わずにダムを見ていた。

「落ち着いたかにゃ?」

「うん、ありがとう。あと、助けてくれてありがとう。名前は?」

「名前は忘れたにゃ。ここに落ちて、もう第二層の高位の魂でも集合意識でもなくなった。なんとでも呼んでくれていいにゃ」

「じゃあ……『猫の人』……とか」

「なんだそれ。ネーミングセンス皆無にゃ」

そう言って『猫の人』は笑った。

「君の名前は?」

「佐藤倫乃介」

「もしかして、佐藤崇の親戚かにゃ?」

「……!なんで父さんの名前を?」

「やっぱり。戦ったことがあるんだにゃ」

「父さんと?なんで」

「佐藤崇はこの街に出入りしていた。

彼はマナを分離してしまったんだにゃ」

「マナを?どういうこと?」

「マナは水みたいに切り分けることができない。何人いるように見えても、それは一つなんだ。でも何故か、佐藤崇が関わった一体のマナが『個』を持ってしまったんだにゃ。最初は隠していたみたいだが、そのマナは人間のように成長していった。凄い勢いで。それで知られてしまった。

善悪の前に前代未聞だった。

だから第二層からボクが呼び出されて、裁きを行うことになったんだにゃ」

「それでどうなったの?」

「生き霊にしては強かったにゃ。でもボクが勝った。ただあくまでボクは同じレベルで戦ったわけじゃなかったからトドメを刺すことはしなかった。そのマナとの接触を禁止するという条件で終わった……はずだった」

「はずだった?」

「でも彼はまたここに来てしまった。多分君の身を案じてたんだと思う。この街で活動しているところを他のマナに見つかり、処分となった」

「処分?」

「魂を囚われ、二度と現世に戻れないようになった。確かその魂は例のマナが預かる形になったと思うにゃ」

「そうだったんだ。それで父さんはいなくなったんだね」

しばらく沈黙が流れた。

「暗い話になってしまったにゃ、あ、そうだ。

この辺は上層からのエネルギーが集まる場所だから、もしかしたら通信が拾えるかも知れないにゃ」

「そうなのか!」

俺はすぐに水晶を取り出す。あの後の状況が気になる。

ザザーとノイズが流れた後、ホログラムで魔導師の姿が映し出された。

「おお、良い感じだにゃ」

「よかった」

ホログラムの中の魔導師が話している。ノイズが混じってうまく聞き取れない。

「ダムの方に掲げてみたらどうにゃ」

そっと手を伸ばしてダムの方に水晶を掲げる。

「我々の勝利に際して、新しい仲間を加える」

よかった。『勝利』の言葉を聞いて、ほっと胸を撫で下ろす。

が、次に映し出されたものを見て愕然とした。

魔導師の隣に現れたのは美神楽勇一だった。

あの時、俺たちの味方になることを拒んでいたのに、なんで。

俺が混乱している中、聞き覚えがある声がした。

「やっぱりそうだったんですね!」

水晶の中からその声を出した人物が映し出された。

サキだった。

サキは見えない縄にでも縛られているようで、身動きできずに正座させられていた。

「残念ながら、我々の中から裏切り者が出てしまった。

白石サキ。彼女は我々の敵と内通し、作戦の失敗を企んでいた。

掟に従い、本来であれば、彼女は処刑となるところだが、長く我々と共に戦ってきたことを考え、情状酌量とする。

彼女を生贄に、コトダマの魂を天の声に変わる新たな支配者とする」

「最初からそうするつもりだったくせに!!」サキが叫んだ。横にいた男が何かを呟いた。

すると唇が縫われたようになりサキは口を開けなくなった。

「また、この街の管理者を美神楽勇一に任命することとする。マナ!」

マナが現れた。

「我々は全てのPAを占領した。天の声は正当性を失うことになった。合っているわね?」

「はい、その通り」

「今すぐに天の声を始末し、宮殿の中心にコトダマの魂を据えなさい」

「わかりました」マナが答えた。


「倫乃介!」猫の人が大声を上げた。

指を刺す方向を見ると、ダムが沸騰したようにぶくぶくと泡が沸いている。

「なんだこれは……初めて見たにゃ」

その直後、後ろからズドンと大きな音がして地面が揺れた。

音の方向を見ると、さっきまで俺たちがいた部屋のあたりで崖崩れが起きている。


俺たちは急いで部屋のあった場所まで戻った。

部屋の入り口があった場所は、砂利に覆われていて坂のようになっている。

「もしかしたら、ここを登ればPAに戻れるかもしれないにゃ」

俺たちは崖を昇る。

そこは俺が最後にいたPAだった。

ひび割れたガラスの鏡のように、地面が割れている。

「ただならぬことが起きている。今すぐ避難するにゃ」

「そんなこと言っても、どこに?」

「とりあえず大三層に向かうにゃ」

俺はバイクを出現させ、猫の人を後ろに乗せバイクを走らせる。

道路を走っていると、猫の人が双眼鏡をして下層を眺めた。

「だめだ。第三層に、ダムから大量の雨が降り注いでいるにゃ。ここまで多すぎると、じきに水没するにゃ」

「なんだって!?じゃあどこに」

「どこか安全な場所はないか?」

思いついたのは、サキに連れられて行った基地だった。

覚えている限りの道順を説明すると、猫の人は「そこはおそらく赤い鉄塔の近くに違いない。エレベーターがあるはずだから、そこから行こう」と言った。

猫の人の道案内で、道を進むと、赤い鉄塔が目の前に現れた。

道路は空中にあり、赤い鉄塔に繋がっている道がない。すると、猫の人がバイクを降り、助走をつけて走り出した。

道路のガードレールの上を飛び、鉄塔にしがみついた。

「倫乃介!こっちに来るにゃ!」

やるしかないのか。

その時、胸にざわめきが走った。

誰かに呼ばれる声。

『倫乃介!来て!』

「猫の人!すまない!ちょっと待っててくれ」

俺は「どこ行くにゃ!」と言う声を尻目にその声のする方にバイクを急発進した。



声のする方へバイクを走らせていくと、PAにたどり着いた。

そこには愛美がいた。

「久しぶり。倫乃介」

「どうしたんだよ。いきなり」

「倫乃介に会いたかったんだ!」

「どうして?」

「ごめんね。いきなりだけど、私は役目を終えたの。最後くらい会いたかった」

「役目?」

「そう、私の役目は倫乃介を連れてきてサキちゃんを覚醒させること。ちゃんとやりきったよ!」

愛美が広場のへりにあるガードレールに立った。

「ちょっと、何をしているんだ」

「私は無に戻らないと行けない。この街の一部にね」

「そんな……」

「短い間だったけど、会えてよかった」

俺が何も言えないでいると、愛美はポケットから何やらキャンディーのようなものを取り出した。

「もうしばらくしたら、何人かを除いて、生き霊はここから強制退去になるよ。強制退去になったら記憶が消えちゃうんだけど、これ、舐めたら記憶留めておきながら、現世に戻ることができるんだ。すごいのがね、本来現世に戻れない魂でも戻れちゃうとこ!」

俺が手のひらを差し出すと、その上にキャンディが二つ置かれた。

「二つしかないから、倫乃介と、あと誰か必要な人に渡してね」

そう言って愛美は後ろに倒れる。

咄嗟に手を伸ばすが、なぜか愛美の手を掴むことができない。

「倫乃介、愛しているよ」

「母さん!」

愛美はそのまま下に堕ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る