25.Kœp de el augro

マナに連れられて佐山とともにサキの元へ向かうと、既に霧状の戦場が足元に広がっていた。

「サキ!ごめん、遅くなった」

「大丈夫。まだ始まってない」

幸い、まだあの占い師は来ていないようだった。

「その人が佐山さん?」

「ああ、私が佐山だ。私の個人的な事情に巻き込んでしまってすまない」

佐山はスケートリンクの上にいるように必死にバランスをとりながら俺の腕に掴まってようやく立っているようだった。

「いいえ、それが私たちの役割ですから」

サキは凛としてそう答えた。

「今日で、私の運命を元に戻してもらえるんだろう?」

そうだ。今日がその日だ。

遂にあの占い師と一戦を交えるときが来た。と、そう思った瞬間、鼓動が高まっていくのを感じた。

「ふふ、緊張してるの?」

「そんな……ってサキはなんとも思わないのかよ」

「思わないわけじゃないけど、やられたらやられたでそこで終わり。私たちが逃しても教団は必ずあの占い師を追い詰めるだろうし」

「それでいいのかよ」

「良いわけないじゃん。でもそういう結果で終わるならそれが決まりだったってことになる」

佐山の不安そうな顔を浮かべた。

「俺はそうしたくはない」

サキが目を静かに閉じて、再び開いた。

「わたしも。だからそうならないためには」

「そうならないためには?」

「全力で叩き潰す。それしかないでしょ?」

「……ああ!そうだな!」

その時、女の声がした。

「なーに乳繰りあっているのかなぁー?」

テレビで聞いたことのあるあの声だ。

あの占い師、榊は巫女のような赤と白の装束をはためかせながら霧の上に足を乗せた。

「早くやるわよ。ほら、マナ!」

「では、いいですか?始めますよ」

マナが言った。

「行くよ!」

「ああ!」

俺とサキも佐山を連れて霧の上に入った。

「それでは、始めます!」

そうマナが言ったその時、榊が手に鍵を握り締め顔の前に掲げた。すると、鍵の先から目玉が現れた。

Srji, imāsiスルジーマースィ!」

榊が声を上げる。鍵が一瞬で光の剣に変わる。榊はそのままこちらへ向かって走り出した。

「占い師の狙いは佐山さんだと思う。無力な相手を狙ってくるはずだから」

「なら俺は守りに。サキは後ろから占い師を……」

「いや、逆の方がいい。あの占い師も何も知らずに裁きを挑んで来ているわけじゃないと思う。わたしは何回も裁きを行なってきていて出来る技の種類もバレてる。琳乃介はその可能性が低いぶん、相手を混乱させるのはやりやすい」

「わかった。佐山さんを頼んだ」

「あと、占い師の呪文を盗むのを忘れないで」

「ああ!任せろ」

俺は戦場の外側を走り、榊の後ろについた。その途端、榊はサキの目の前まで走る抜けると、サキに斬りかかった。

火花が舞い上がり、榊は退いた。サキは無事だったのを確認してほっとする。

あまり時間を掛けていられない。サキはあの場所を離れられないし、自由に動ける榊をそのままにしておくのは危険だ。

Hīyara imāhyayaヒーヤレーマーヒャヤ!!」

目の前に矢が浮かび上がり、二十メートルほど先にいる榊に向かって飛んでいった。再びサキに斬りかかろうとした榊は体を翻し矢を切り落とした。

すると、サキがその隙を付いて榊に斬りかかる。二人はつばぜり合いになった。

今しかない。俺は二人の元に駆け寄りながら「Hīyara imāhyayaヒーヤレーマーヒャヤ!!」と唱えた。

俺の目の前から新たに五本の矢が放たれる。榊は矢を見るなり大きく2メートルほどジャンプをすると矢を躱し、そのまま後方へ下がった。

榊は目の前に迫る五本の矢を全てしなやかに切り落とすと着地して再びサキのもとへ走り出した。

間髪を入れず攻撃を加える気だ。そうはさせない。

Srji, imāsiスルジーマースィ!」

俺は榊の元へ駆け寄る。榊は俺も姿を見るなり「Khipri, thattamaya キプリタッタマーヤ!」と叫んだ。

その瞬間、どす黒い煙が榊の周りから広がり、俺の視界は闇に包まれた。

着地点を見失った身体は地面に叩きつけられ、全身に痛みが走る。

痛みと煙さで咳が止まらなくなる。

這いつくばりながら、染みる目を必死に開く。

すると、煙の向こうに煌めきが見えた。

煌めきは点滅を繰り返しながら、薄い光の線と線の交差点になんども現れた。

涙をこらえながら目を凝らす。その線と線はサキと榊の光の剣同士だった。

二人がつばぜり合いをしている。俺も戦わないと。

でも、身体中に広がった痛みが身体を自由に動かさせない。

やっとの思いで起き上がる。

そのとき、遠くから叫び声が聞こえた。

「いやあああああああっ!!!」

サキの声だ。見ると、サキの肩に榊の剣が刺さっている。

「サキ!!!」

俺は叫んだ。

榊はそのままサキに斬りかかろうとする。

Hīyara imāhyayaヒーヤレーマーヒャヤ!!」

矢の束が、榊の元へ飛び立つ。それと同時に俺は力を振り絞って立ち上がり、榊の元へ飛び上がった。

Srji, imāsiスルジーマースィ!」

榊は身を屈めて矢を交わすとそのまま滑るように後ろへ下がり、そのまま矢を背にして走る。

榊は30メートルほど走る抜けると身を翻し、追って来た矢の大群を舞うように全て斬り落とした。

「サキ、大丈夫か!?」

俺は榊を睨みながらサキに声をかけた。

「わたしの心配より裁きを優先して」

「そんなことはできない。サキ、無理するな」

そういうとサキは静かに笑った。

「ふふ、それはこっちのセリフ。足震えてるよ」

正直言うと立っているだけでもやっとだ。しかし、肩に直撃を食らったサキを思えばそんなもの気にしていられない。

「……大丈夫だ。俺はまだ戦える。だから……」

「わたしを誰だと思ってるの。まだやれるよ」

「でも……」

「わたしは倫乃介の守護者なんだよ。一人で戦わせるわけないでしょ」

「……わかった。二人であの占い師を倒そう」

「相手はとにかくわたしを狙って来てる」

「こっちの手が読まれているのか?」

「そうかもしれないけど、そういう戦い方なのかもしれない。わたしを倒してすぐに裁きを終えたいのかも」

「そうか。速攻を仕掛けて来ているわけか」

「そう。だから相手は全力で早く終わらせようとしてる。スピードで負けたら終わりだよ」

「ということは……」

「二人で一緒に占い師を叩こう。全速力で」

「それじゃ、佐山さんは」

そういうと佐山は言った。

「いや、大丈夫だ。君たちが全力で戦ってくれている。もしも私に危害が及んでも耐えるぞ」

「ふふ、この世界の攻撃は痛いよ」

「サキ、やめとけよ」

「はは、私が信じられるのは君たちしかいない。覚悟はできてる」

「だって。倫乃介、全力で行くよ」

俺が佐山に目を向けると佐山は這いつくばりながら親指を立てた。

「……ああ!!」

榊は剣の先をこちらに向け走りだした。

「でもあの煙、すごい威力だ。まともに食らったら……」

「倫乃介の矢のおかげで、無闇に煙幕も使いづらいと思う」

「そうか。でも矢はすぐ切り落とされる」

「なら他の方法で怯ませたいね。一瞬で効果があるやつ」

「煙幕には煙幕か」

「呪文は覚えてる?」

「ばっちりだ」

俺とサキは「Srji, imāsiスルジーマースィ!」と唱えて走り出した。

「倫乃介は右に。私は左へ行く」

「わかった!」

俺たちは二手に別れ、並走する。それを見て、榊は警戒したのか足を止めた。

サキは逆に榊から遠ざかるように走り去っていく。それに合わせて俺は榊の方へ一気に駆け上がる。榊は俺の方を見て「Srji, imāsiスルジーマースィ!」と唱え剣を出した。今だ。榊の至近距離に達した俺は大きく飛び上がる。榊が剣を構える。俺は「Khipri, thattamaya キプリタッタマーヤ!」と叫んだ。

その瞬間、辺り一面に煙が巻き起こった。俺は自分で巻き起こした煙に飛ばされながらもなんとか着地した。煙が風に流されようとしたとき、サキの姿が見えた。サキは目を片手で覆いながら煙の中に突進した。

その直後、榊の悲鳴が鳴り響いた。

煙が去った。榊の腹に、サキの剣が刺さっていた。

サキがさらに剣を榊の腹の中へ差し込んだ。榊が再び大きな悲鳴を上げる。

サキは肩で息をしながら剣を腹から抜き、「もう終わり。負けを認めて」と言った。

榊は悶え苦しみながら「マナ!」と叫んだ。

榊の目の前にマナが現れる。

「どうしたの?もうほとんど終わってるように見えるけど」

「取引よ。いい?いつもの。チャクラを供託するわ」

「すきだね。わかりました。供託するチャクラはいくつ?」

「二十三個。戦場の拡張と天鏡眼を。」

戦闘中にもかかわらず、榊は流暢に話している。サキが攻撃する気配もない。

「サキ、これはなんなんだ?攻撃しよう。時間がない!!」

「だめ!マナとの取引中は攻撃ができない」

「そんな……」

榊はそれを聞いて大きな声で笑い出した。

「あはははははっ、そんなことも知らないで戦ってたのね。今に目に物をみせてあげるわよ」

「それでは、チャクラを預かります」

マナがそう言うと、榊は急にえずきだした。苦しそうに頭を地面に向けると口から何かを吐き出した。見ると、それは目玉だった。

榊はそのまま目玉を吐き出していき、地面に大量の目玉が転がった。

マナはそれを見て、手を天に掲げた。すると、その目玉が一つづつ、空に向かって浮かんでは飛んでいった。

そして、地面に残った三つの目玉がくっついて一つの虹色の玉になった。その玉はひとりでに浮かび、榊の頭の前まで来ると、霧のように消え去った。

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