22.La vetiran konsilh

「隣、いいかな?」

その男は優しそうな声色でそう言って、俺たちがが促すでもなく隣の席に座った。なぜだか、この男が喋るたびに妙に引き込まれるような感覚がした。

纏うオーラの質が違うのだと思った。

この街の人々は、生き霊か亡霊かの違いを問わず、皆がうっすらと身体から明かりを放っている。誰に教わるでもなかったけど、俺は次第にその光の種類、そして強さがその人自身の力の質を表していることに気づいていた。もちろん、それは自分自身も例外ではなく、戦いの場で自分自身から放たれる光の強さは、場数を踏むごとに強くなっていることを感じていた。そして、サキの言った『オーラ』の話。その全身から放たれる光そのものがおそらく『オーラ』なのだと俺は理解した。

俺がさっきこの体の透き通った亡霊二人に出会ったとき、彼らの放つ光を弱々しく感じた。だからこそ、強気に出られた。しかし、この初老の男の纏う異様なオーラはそれをはるかに超えている。強いとか弱いとかではない。その闇と光の入り混じったような今まで見たことのないような色彩を見ていると、そのまま取り込まれてしまいそうな引力を感じる。

「あなたは誰ですか」

「私の部下が粗相をしたと聞いてね」

その時、窓の外の空が光った。雷だった。しかしそれは雷みたいに怒り狂った地響きじゃなくて、静かに地面を揺らすだけだった。途端に空から虹色の雨粒が降り注いだ。

「それで?わたしたちは何も危害を加えられてないけど?それとも」

声を出したのはサキだった。サキはグラスを口元に当て、その口内を濡らすように口の中で舌を躍らせた後に口を開いた。

「わたしたちが、『粗相』をする暴漢より弱いとでも?」

男は、俺たちの方へ視線を合わせないまま、手の三本指で輪っかを作り手首をひねった。

バーテンダーは静かにうなづくと、酒を作り始めた。

「さあな。弱いかどうかは私の部下に聞いてくれ」

ほくそ笑んだ男の親指に指し示された先ほどの男二人は『そんなことはない』と言わんばかりに顔を横に振った。

「まあ、いいけど。あっちには行かないの?」

サキは窓の外を指差した。

「『恵み』か?なぜあのようなものを求めて行かねばならぬのだ」

「あんたたちは亡霊でしょ。生きる術を失った魂の塊。あれがなければあなたたちは徳を積むこともできない」

「それは違うな」

バーテンダーが男の前にグラスを差し出し、男はそれを丁寧に受け取った。

「あれが徳を積むだけの、それだけに対価を求めないものであるならば、君達もその力を欲するはずだ。君たちはそれが要らないのかね?」

「要らない。わたしたちはそれよりも高尚な道を追い求めているからね」

サキは憮然とそう言い放った。

男はその言葉を静かに噛み締めながら酒を啜った。

「そうか。ならば我々も一緒だ。私たちも他の亡霊とは違う、もっと高尚な道を追い求めているということだ。だから行かない」

「そう。好きにすれば。あと、わたしたちはあんたらの施しは受けない。わかっているでしょ?」

サキはそう言って胸元のネックレスを掴み、魔導石を見せつけた。

「ああ、それはわかっているよ。君たちが魔道師に仕え、その信念を成そうとしていることも。ただし、先程の話、少しばかり気になることがあってね。君たちは榊を神楽教の手先かなんかだと思っているようだ」

サキが言葉を詰まらせながら、男の顔を睨んだ。

「榊には関わってはいけない。わかるね?」

男はサキを睨み返す。

「はぁ?何言ってるかわからないんだけど。ホラを吹いて人を惑わしたいんなら他所行ってくれる?わたしたちは真剣なの」

「信じたくないのなら別にいい。私は取引をしてあげようと手を差し伸べただけだ。君らを助けようなどという義理はない。ただ、私の知り得ることは君たちに利益をもたらし、その代わりに私が対価を受け取ることになんら不利益がないことを知って、君たちに破滅の道を歩ませないような取引ができると信じてのことだ」

「破滅?わたしが負けるとでも言いたいの?」

「……詳細は対価を受け取らずには話せないな」

「なら交渉決裂だね。何を与えてくれるのかもわからないのに協力するわけないでしょ?」

「……そうだな。なら私は去ろう。だが、もし蛇の男に心当たりがあるのなら私を頼るといい」

男はそう行って指を鳴らした。その瞬間、サキと俺の目の前に金色の名刺が現れた。

それと同時にバーテンダーが俺とサキにそれぞれ一杯の酒を差し出した。

男が俺たちに背中を向けて言った。

「それは私の奢りだ。いつか会えること楽しみにしている」

男を見送るや否や、隣からドン、と机を叩く音が聞こえた。

サキが飲み干したグラスを握りしめ、もう一方の手で金の名刺を握りつぶし悔しさを顔に浮かべた。

「あいつ、めちゃくちゃムカつくんだけど!!」

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