21.Du rekonti

「あなたの勝ちですよ」

マナはサキに話しかけた。

「サキ、大丈夫か」

俺がサキに手を差し伸べるとサキはぜえぜえ言いながら俺の手を取った。

「ていうかさ……」

サキが俺の方を向いて言った。

「何あれ、あのデカい怪物作り出したの。あんな技無いよね?」

サキが訝しげな顔を俺に向ける。

「もしかして、変な契約でもした……?」

「ちょ、ちょっと待って。そんな怖い顔すんなよ」

「じゃああれ何?」

「あれは……。俺の特性なんだ。呪文と効果が分かれば模倣することができる。仮に魔導石を使わなくても。今まではレベルが低かったから上手くはいかなかったみたいだけど。でも、今の俺なら瞬時にそれができるかもしれないって魔導師は言ったんだ。だから、試してみようと思って……」

サキが目を見開いた。

「それって……」

「決して変な奴に魂売ったりとか、そんなことして……」

「めちゃめちゃすごいじゃん!!」

サキが俺の声を遮るように声を上げた。

「なんでそんな力を隠してたの」

「いや、だから今まではレベルが……」

「それはもっと使わないと。うん、うん……」

サキは考え込むように口に手を当てた。

それから、「せっかく初めて勝ったんだから今日は飲むよ!」とサキが言った。

「初めてって、何回か裁きやってるんだけど」と言うと、「迎え入れの裁きが終わってないうちにやる裁きは遊びと同じだよ」とサキはこれだから新入りは、とでも言いたげな表情で言った。

「それに、その力どう使って行くか作戦会議する必要があるしね」



俺たちは女の子を返したあと、街の中心部に向かって歩いていった。

その時、「おい、お前生き霊だな」とひょろ長い体をした男に絡まれた。隣には小太りの男。見れば二人とも人間ではない、肌は透き通り、中の骨や血管が丸見えになっている。亡霊だ。

「そうだけど」

「そうだけど。じゃねえんだよ。お前みたいな生き霊が一丁前に歩いてんじゃねえよっつってんの」

そう言うと人外二人は小馬鹿にしたようにゲラゲラ笑い始めた。

「なんだよ。お前たちみたいなカスが歩いてんのと一緒だろ」

さっきまで戦っていたせいもあってか、強い口調を発してしまった。

「生き霊のクセによぉ、活きのいいこと言っちゃってよ」

「さっきから活きのいいこと言って絡んで来てるのはお前らだろ」

「なんだと。もう一回言ってみろ!」

「お前たちみたいなクズに絡まれてムカついてるって言ってんだよ」

「てめえナメやがって!」そう言って男は拳を俺に振り下ろした。

Srji imāsiスルジーマースィ

ほぼ無意識のうちに呪文が口から飛び出た。男の拳が透明なバリアに当たりメキッと嫌な音を立てた。

「いってええええ」

「やったなお前。裁きにでもなんでもかけてなぶり殺しにしてやろうか!」もう一人の男が吠えた。

「やるんなら来い」俺は首元に隠れていた魔導石を取り出して見せた。

「……っ。お前魔導教団か。くそが」

二人の様子が変わった。「今日は見逃しといてやるよ」ともう一人が言った。

「何なんだよ!」

二人は俺のことを睨みつけて「卑怯者のカルトが」と言い、そそくさとどこかへ消えて言った。

「ったく威勢がいいのは良いけどさ」

声をかけたのはサキだった。

「あんまり喧嘩売らないほうがいいよ」

「売って来たのはあっちなんだけど」

「もっとオーラを出して過ごさないと。殺気立ってばっかだから絡まれるんだよ?」

「オーラ?」

「リラックスしてみなよ。自然と体から出てくる。そんなにオーラのない生き霊丸出しで歩いているから絡まれるんだよ」

「生き霊の見た目でいるのは悪いことなのか?」

「別に。でも目をつけられやすい。生き霊を嫌ってる奴も多いからね。まあそういうのは雑魚だから別に良いんだけど、めんどくさいからね」

サキは憮然とそう言った。

そしてそのあと、サキはぼそっと「最近治安悪くなったなぁ……」と呟いた。

「サキはこの街に長くいるの?」

「琳乃介と1ヶ月くらいしか変わらないよ。この街の時間だけど」

「それでそんな力を?」

「正直言うと、琳乃介のほうが飲み込み早いよ。魔導師様の言ってた意味がわかってきた」

なんだか、サキに言われると少し照れてしまう。思わずちょっとニヤついてしまう。自分で言うのもなんだけどちょっとキモいかも。

「ねえ、甘やかしてるわけじゃないからね。これからはもっとちゃんと戦ってくれなきゃいけないんだから!」

サキの口調はいつにも増してキツかった。でも、それにも増して彼女の顔が優しく見えた。

俺はなんだか表情を変えられずに「わかってるよ」と言った。サキはふくれながら「まったく」と返した。

サキは案内した店に着くとすぐカウンターに座り、「マスター、いつもの」と言った。ネズミみたいな風貌をしたバーテンダーは「誰だい?彼氏かい?」と俺を見て言った。

するとサキは「そんなわけないでしょ!ふざけないで」とテーブルを叩いて言った。さすがに『ふざけないで』は言い過ぎじゃないかと思った。

バーテンダーはまるでダンスでもするかのように陽気にシェイクした。できあがったカクテルが俺たちの元に運ばれるのを待って、サキは「ほら」と杯を近づけた。

俺がそれに答えてカクテルグラスを傾けると、チリンと煌びやかな音が鳴った。

「で、改めて聞くけど、わたしたちと一緒に戦っていく決心は着いた?」

「当たり前だ。ちゃんと上の階層まで行けるように全力で戦っていく」

そう言うとサキは大笑いした。

「なんだよ」

「いや。だってずっとこの街から離れたがってたじゃん。急に大真面目にそう言うからさ」

「それは……。サキにも恩返ししないといけないし」

「何かあったの……?」

俺はグラスの酒を一気に飲み干した。果実とアルコールの風味が一気に体に染みわたっていくような感覚がした。

「……実は、俺の父親が上の階層にいるかもしれないんだ」

「琳乃介のお父さんが?もしかして、亡くなったの?」

「……多分。でも行方は分からないんだ。まだ中学生くらいの時に急にいなくなった。あとで調べたら、変な宗教に没頭してたのが分かったんだ。オーラとか、アマガハラだとか」

「それって……」

「多分この世界のこと」

「琳乃介のお父さんはこの世界で何してたの?」

「分からない。でも俺の父親はそれで破滅してどこかへ消えていった。だから……」

「この世界にいるのが嫌だったの?」

俺が静かにうなづくと、サキは「そうだったんだ……」と言葉を選ぶように言った。

「だからお父さんに会いに行きたいってこと?」

「それだけじゃない。父さんに会って、何をしてたのか、それは俺を見捨てるほどのことだったのかを聞きたい」

「恨んでいるの……?」

「恨むとか、褒めるとか、それ以前の問題だよ。何をして、何を思っていたのか。それが知りたい」

「そうなんだ……」

「こんな理由で上の階層を目指すのはダメか?俺は一切、魔導師に従うつもりはないんだ」

「……ううん。でもそれはなんで?」

「父さんがどうして姿をどうして姿をくらましたのかがわからないから。誰かに騙されたのかもしれないし、悪いけどそれがわかるまでは誰かに付き従うことはできない」

「……そっか。いいと思うよ」

サキは神妙な顔をしてグラスを傾け、一口飲んだ。

「わたしは魔導師様に従ったほうがいいと思うけど、琳乃介がそうじゃない選択肢を選ぶなら、それは否定しない。ともかく、上の階層を目指すっていう目的は一緒だしね」

「こんな個人的な理由でも?」

「わたしが上の階層を目指すのも個人的な理由がないわけじゃないんだ。もちろん、魔導師様が目指す裁きのない世界っていう理念も、自分を高めたいって気持ちもあるけど」

「そうなのか。それなら一緒に戦ってほしい」

「こっちこそ、そう思ってるよ」

「……俺、真面目に考えたんだ。俺はサキに帰依してしまっている。だからサキがいなくなれば俺はどうすることもできない。急に不安になってきて。でも、俺がサキに帰依してしまったことは同じく、サキに対しても重荷をかけさせてしまってたんじゃないかって」

「大丈夫。わたしが守るから。だから琳乃介もわたしのことを守ってほしい」

思わず溢れた涙が俺の頰を伝った。俺は「ありがとう」と弱々しく言うことしかできなかった。

「うん。そうだな。あと……」

俺は腕で涙を拭った。

「何泣いてんの!琳乃介はこれから佐山さんを守らなきゃいけないんでしょ!」

それもそうだった。

「ごめんごめん。あれ?でもなんで佐山さんの名前を?」

「わたしをナメないでよ」

そう言うとサキは水晶を取り出し、手の先でスラッシュするとホログラムのように浮き出てきた書類を手に取り、俺に渡してきた。

渡された書類の一枚目には『榊明美』という人物のプロフィールが書かれていた。

「……これは何?」

「調べておいたの」

「本当に?助かるよ!」

サキは俺に黙ってこの件のことを調べていてくれていたみたいだ。

「この榊明美とかいう生き霊はこの街で活動していて、その技を悪用して佐山さんに呪いをかけたみたい。こんなの許せないと思ったんだけど、この人、神楽教の力を借りてるみたいでさ」

榊明美、テレビで最近良く見るあの占い師だ。やっぱりこの街に出入りしていたのか。それにしても彼女が佐山の運を奪った犯人だったなんて。

「神楽教?」

「うん、聞いたことぐらいはあるんじゃない?結構昔からある割と有名な宗教団体だよ」

聞き覚えがある。大学入った時に、インカレサークルのふりをして勧誘を行っているとかで注意喚起のチラシが配られたことがあった。その宗教団体の名前が確か『神楽教』だった。その信者たちもこの街に出入りしてるのか。

「でも榊明美は神楽教と何の関係が?」

「榊明美のことを教団のサポートを使って調べあげたんだけど、信者ではなさそう。多分、自分がやって来た悪行を揉み消してもらうのと引き換えに、工作活動をしているんだと思う」

「悪行って、運を奪ったり?」

「そう、色々やってるみたい。物質界に不正アクセスして、違法結界を貼ってちょろまかしたり。普通ならこの街から追放されてもおかしくないんだけどね」

「神楽教って凄いんだな……」

その時だった。

「おっと、立て込んでるとこ失礼。隣いいかな?」

俺が「あ、どうぞ」と言いかけて声の主を見ると、そこには白い髭を生やした初老の人、いや人ではない。肌は透き通り中の血管が透けて見える。

その奥には小太りとひょろ長の男。さっき俺たちに絡んできた奴らだ。

「隣、いいかな?」

初老の男は怪しげな微笑みを浮かべた。

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