12.La ɯilesa destin kai la animesa vöɯ

その日の深夜、俺は目を覚ました。こんな時間に目覚まし時計をセットすることなんて初めてだった。

起きてすぐ、例の機械を起動させてす街へ向かった。

街に着きビル街の中でマナを呼び寄せる。

どこからともなく現れたマナは「どうしたの?」と告げた。

「サキのいるところに連れてってくれ」と告げるとマナは俺の胸に手を当てた。マナが「わかった。準備はいい?」と言う。

俺が「ああ、大丈夫」と答えると、マナの手から閃光が走った。

その途端、俺の目の前は光に包まれ、気がつけばどこかの喫茶店の中にいた。

「待ち合わせかい?」

声の主はまるで狼のように顔に毛をわしゃわしゃと生やした毛むくじゃらの獣人だった。

「えっと……」と言いながら静かな店内を見渡す。

奥の席に左手に持った水晶を睨みつけながらハンバーガーを頬張るサキの姿があった。

「あ、そうです!」と言い、サキの元に駆け寄る。店内にはサキ以外誰もいないようだった。

サキに会うなり「あれ、勝ったんでしょ?まさか勝てるなんて!」と興奮気味に話したら「何言ってんの。あんなの勝てて当たり前でしょ。浮かれないで」と諌められた。初めての勝利に浮き足立つ俺にはちょっと不本意だったが、サキの言うこともその通りだと自分を納得させた。

それにしても。

「あのさ、今日言ってた聖石プラーナ?ってどんなものなの?」

「ちょっとは自分から聞いてくるようになったね、街に出るよ」

「街に?」

サキは小さな斧と人が一人入れるくらい大きな袋を持った。俺とサキは街に繰り出した。歩いているとすぐ獣人や妖怪みたいな見た目をしたやつが絡んできて「やすいよ。飲んでかない?」などと言うので、俺は「こんなとこにもこういう奴はいるんだな」なんて関心して眺めていると、サキは俺の手を引っ張って「行くよ、ああいうの関わっちゃダメだからね」と言った。そんな感じで歌舞伎町みたいなキャッチの大群をサキは冷たく躱し、僕らはひたすら歩き続けた。

「この街には電車とかバスとかないの?」

「あるわけないでしょ。みんな飛べたり車で来れるんだから」

「じゃあこの前みたいに車で連れてってよ」

「ダメ。ちゃんと道を覚えて欲しいの」

「えー……」

そんな会話をしながら俺とサキは歩き続けた。歩いて3時間もすれば周りにビルも無い。相変わらず地面は鏡のように空を写していたが、その上に立ち並ぶのは掘っ建て小屋のような小さい家ばかりだ。気がつけば、周りは殺風景で人っ子一人いない。

さらに進むと、地面が盛り上がった小高い丘までたどり着いた。

サキが立ち止まる。

「何するの?」

聖石プラーナを探り当てる」

「どうやって?」

「勘」

サキはそう言い放つと、指で四角を作ってその間から周りを見渡した。なんか小学生が遊んでいるようで吹き出しそうになったがぐっとこらえる。

「今、バカバカしいって思ったでしょ」

「いや、そんなこと……」

「わかるんだよ。この街に長く住んでると。でも別にいいよ。初めて見たらみんなそう感じると思う」

「……なんかごめん」

「こうやるとプラーナの位置がわかる。いずれ倫之介もできないといけないんだからね」

サキは俺のことを初めて名前で呼んだ。

「そうなんだ。でも、サキはどうやってできるようになったの?」

「レベルを上げれば誰でもできるようになるよ。おっ、あったあった」

サキが手を翳したまま目当ての場所に近づき、斧を振り下ろした。

するとまるで鏡のような地面が割れ、その中から大量の宝石が溢れ出てきた。

思わずぎょっとして立ちずさる俺にサキは「ね。大量でしょ」と言った。

「これが聖石プラーナ?」

「うん、食べたい?」

「えっ?……いいや」

「大丈夫だよ」

そう言いながらサキは一粒の黄色い玉を口に含んだ。

この異世界にあっても、人が食べているのを見るとちょっと欲しくなってしまうもので。俺が「じゃあ、一粒だけ」と言うとサキは「じゃあこれ」と言って瑠璃色の玉を俺の口に放り込んだ。

爽やかで、甘い味が口に広がった。焼肉屋のレジの前に置いてあるミントの飴の味を思い出しかけたがあんな安っぽい味ではない。優しい香りと爽やかで上品な風味が舌に染み渡る。

「どう?」

「美味しいよ。こんなに美味しい……飴?初めて食べたよ」

そう言うとサキは「そー。よかったね」と言って口角を上げた。

サキは布の袋を開いて聖石を詰め込むと「んじゃ次行くよ。今度は……そこ!」と言って走り出す。目当ての場所に着くとすぐに斧を地面に突き刺す。地面は割れ、再び両手で持ちきれないくらいの聖石が現れた。

「すごいいっぱい取れるんだね」

「いや、こんなんじゃ足りない。もっと集めないと」

サキがこっちを向いて斧を突き出しす。

「ほら。」

やってみろということらしい。

「どうやるんだっけ」

「勘」

思わず溜息が出た。そもそも人生で地面に埋まった宝石を探り当てるような勘の使い方なんてしたことがない。

何もわからないまま当てずっぽうで走り出す。

よし!ここだ!よくわかんないけど!

俺は斧を振り下ろした。パリンとガラスの割れるような乾いた音。

注意深く覗き込む。しかし、その中に聖石らしきものは見当たらない。無限の彼方まで深く深く伸びているような暗闇だけがあった。

もしかしたら奥の方にあるかも。

そう思って手を伸ばしたとき「やめな」とサキが言った。

「穢れるよ」

『穢れる』というのはどういうことなのか。俺はゆっくりと手を戻す。

「……ごめん、やっぱ難しいよ」

「まだまだだねぇ。まあ慣れればできるようになるよ。お、あそこにいい感じの発見!」

そういってサキはまた走り出す。



袋の三分の一くらいが石で埋まると、サキが「今日はこのくらいにしとこうか」というので俺らは帰ることに。俺は石の場所を一回も探り当てることができなかったので袋持ち係になった。

途中、サキが「買い物してくるから先帰ってて」と言って何処かへ行ってしまった。

来た道を戻って行くとあのキャッチみたいな奴らがいっぱいいる通りの目の前まで差し掛かった。

あそこは通りたくないな。

側を見ると人気のない路地があった。

こっち通っていくか。

路地を進み、角を曲がると一人で道の真ん中に突っ立っている人がいた。

道でも迷ったのか?なんて思ったけど何かおかしい。

生きている気配がないというか微動だにしない。オブジェか何かか?

でもなんでこんな道の真ん中にオブジェが……

見た目は人間そっくり。しかも俺と同い歳くらの女の子のようだ。緑色の髪、白い肌、着ているのはライダースーツのような。

その不気味なオブジェをじろじろ見ながら通り過ぎようとした時だった。

「ねぇ、何やってるの?」

オブジェが急に声を上げた。

俺は驚いてその場から離れる。

生きてるのか……?

「ねぇ、何やってるの?私と遊ぼうよ!」

まさか喋るはずないだろうと思っていたものが急に声をあげるとこんなにびっくりするのか。

「……石を運んでるんだ。悪いけど、遊んでる暇はないんだ。ごめんね」

するとその娘は再び声を出す。

「ねぇ、何やってるの?」

「は?いやだから……」

「ねぇ、何やってるの?私と遊ぼうよ!」

俺は理解が追いつかず言葉を失ってしまった。

「ねぇ、何やってるの?私と遊ぼうよ!」

何を話しかけてもゲームのNPCみたいに同じ言葉をただひたすら繰り返すだけだ。

「ねぇ、何やってるの?私と遊ぼうよ!」

どう見ても人間の姿にしか見えないものに目の前で同じ言葉を吐きかけられていると段々と恐怖が湧いてくる。よく見れば目は虚ろで、悲しそうな顔をして、必死に言葉を繰り返しているように見える。

この娘は俺に何かを伝えようとしているのか……?

「ねぇ、何やってるの?私と遊ぼうよ!」

「もしかして、これがほしいの?」

俺は袋を指差す。彼女の言葉が止まった。

そういうことなのか?

「……ねぇ、何やってるの?私と遊ぼうよ!」

くそ、わかんねえ。

と、その時「何やってるの!」と声がした。

サキだ。ヤバい、せっかく集めた石を知らないやつに渡そうとしてたとなれば怒られる。

「なんか、この娘に話しかけられてさ、でもなんか同じ言葉しか言わないんだよ。なんか変だと思ってたんだけど……え?」

サキは何も言わずにその娘の前にひざまづいた。右手でネックレスの石を持ち、左の手のひらをその娘の腹に当てた。

Ghāyū ガーユー ghidassihimitamāyaギダッスィヒミタマーヤ

サキは目を瞑り、呪文を唱える。左手が一瞬光を放つ。俺は息を飲んだ。その娘の体にヒビが入り崩れ去ってしまったのだ。バラバラになった彼女の体がカラフルな宝石となって散乱している。

「……これって……」

「彼女は抜け殻だったの。この世界にいながら意思を失って彷徨ってた。だからカルマを解いてあげた。Khāva hidūmiカーヴァヒドゥーミ chūsestamāyaチューセースタマーヤ

サキは呪文を唱えあげるとおもむろに袋を広げ、地面に散らばった宝石をかき集めた。

「これも聖石プラーナなの?」

「そうだよ」

サキが「手伝って」と言うので拾うのを手伝った。俺は、さっきまで人の体だったものが地面に散乱しているのをまだ受け入れられずにいた。だからこそなのかもしれないけど、俺はいたって冷静にその石を拾った。その聖石はさっき地面から発掘したものと何一つ変わらなかった。どれも小石くらいの大きさで、つるつると丸みを帯びていて、赤、黄、緑、青などの色の石が透き通りながら光り輝いている。

散乱した石を全て袋に詰め終わると、サキは「大量大量!」と嬉しそうに言って俺に袋を手渡した。石が満杯になった袋はずっしりと重く、基地までの道はとても長く感じた。でも、袋が重く感じるのは石の量が増えただけではないような気がした。



基地に着くなり、サキから聖石を砕いて作った飲み物が手渡された。暖かく、甘い味は俺の疲れを癒してくれそうだったが、この中にあんな風にして採られた聖石があるのかと思うと美味しく感じなくなってくる。

「おつかれ、重かった?」とサキに声をかけられた。

「うん、量多かったから」

俺はそこでここまで目を背け続けていた違和感を直視してしまった。

その原因は死体を砕いて飲み物にしたことではなかった。

生きている人が無残に殺されて聖石が作り出された。それが目の前で平然と起きたことに感じた違和感だった。

サキは何も気にしないように、ミキサーを回す。ゴリゴリと砕ける音が部屋に響く。

「あのさ……これあの人だったもの?」

「だとしたら?」

「……なんかさ、ちょっと気持ち悪いっていうか。だってさっきまで喋ってたんだよ?それを……」

サキはミキサーを止めた。

「『気持ち悪い』?自分が何言ってるのかわかってる?」

「だってそうだろう。こんな、人を砕いてできたような石を溶かして、それを飲むなんて」

「わたしたちはこれを摂取しないと生きていけないの。聖石は栄養にもなる、お金にもなる、そしてわたしたちの強さそのものに直結してくる。それはさっきみたいな『抜け殻』の魂から得られたものも地面から拾ってきたものも一緒」

「……なんで?なんであの地面の下から拾っただけのものもあんな生きてる人からできたものも同じなんだよ」

「彼女はもう生きてなかった」

「でも、あの娘は俺に話しかけてたよ。サキは見てなかったの?」

「いいから飲んで」

サキの口調が強くなる。

「それを砕いて俺たちのいいように使うなんて、おかしいよ」

「あの子は運悪く抜け殻になってしまっていたの、だからこうして聖石に変えただけ」

「『運悪く』って、そんな、ひどすぎるよ」

「あのさ、わたしたちは運に生かされて運に従って天命を全うするの。わかる?」

「……なんだよそれ。運が悪かったらそれで納得するしかないのかよ」

「……はぁ。何も理解してないのね。自分の天命を知って、そこに向かって一生懸命努力する。それでも最後どうなるかは天が決める。それを運と呼ぶだけのこと」

「でも……」

「でもじゃないよ。あの娘は確かに気の毒だった。でもね、それは天が決めた定めなの。あの姿も彼女が天命を全うした結果なの」

サキは椅子に座り、自身を宥めるように深く息をついた。

「それちゃんと飲んで魂のレベル上げていかないと強くなれないんだよ?これは食べたくないだとか、あれはしたくないだとか、選り好みできる身分じゃないんだから。わたしだって毎日聖石拾って、戦って、君がちゃんとこの世界で暮らせるように守護者やってるんだよ。あの娘はかわいそうだったけど、ちゃんと感謝して自分に生かす気持ちにならなきゃ」

どうもこの液体を飲むのはちょっと憚られたが、サキの言っていることも一理ある。

知らない人に情をかけるよりも、まずは自分の心配だ。

「ごめん、サキの言う通りだ」

「いいよ。そんなことより、早く強くなってもらわなきゃ困るんだから。それ飲んだら今日もやるよ!」

サキの目が光る。

俺はカップの中の液体を一気飲みして立ち上がった。

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