6.El edyki
「ああ、ごめん。サキさんを探してたら迷っちゃって」
痛む腰を気遣いながら立ち上がる。
「困ったらマナ頼ってよ」
「あ、それなんだけどさ。マナってどう呼ぶの?」
サキの眉間にじわりと皺が寄る。
「はぁ、そんなのもわかんないの?」
相変わらず冷たいな。
「うん、ごめん」
「まあいいけど、乗って」
彼女はダルそうな顔で手のひらを空中でひらひら泳がせた。すると、手の先から金粉のような粉が舞い、それらは火花のように舞って車を構築した。
毎度のことながら目の前で平然と起きている光景を不思議なものだと思って眺めていると、サキに「ほら、早く」と急かされた。
車に乗り込み窓越しの街の風景を眺める。
この街は相変わらず群青の青空を天空に広げている。
「この街って昼間になったり夜になったりしないの?」
「しない。ずっとこのまま」
「へぇ」
会話もそこそこに車は急発進する。
サキは急ハンドルと急ブレーキを繰り返して、車を走らせる。
「あのさ、もうちょっと普通に運転できないの?」
サキが顔に苛つきを浮かべる。
「はぁ?何言ってんの。こうしないと見つかっちゃうんだから」
「何が?」
サキは大きく息を吸い込んだ。
「私の基地が。危機感なさすぎだよ。君、消されるかもしれないんだからね」
消される……?
いきなりの一言に言葉が詰まる。『消される』とはどういうことなのか。殺される……いや、違う。あの三島の話が正しければサキはすでに亡くなっているのだ。じゃあ、消されるとはどういうことなのか。答えを聞くのも怖くて次の言葉を迷っていると、サキが話し始めた。
「……消されるってどういうこと?」
「消されるは消されるってこと。君、天の声を怒らせたんだよ。普通ならもう消されてるよ。でも魔道師様が君を守るように手配をしてくれた。だからなんとかこうやって生きてるんじゃん。私も魔道士に言われて君を守ってる」
「そうなんだ……ありがとう」
俺はサキの説明をよく理解できていないながらもおそらく自分がこうして生きていられるために何かをしてくれているであろうサキに感謝の言葉を言う。
「まぁいいけど。近いうちに君を街に迎えるかどうかを決める裁きがあるから。そのために訓練しないと、ほら着いたよ」
裁き……。あの戦いに出なければならないのか。やっぱり碌でもないことに巻き込まれているようだ。気が重たいがちゃんと訓練しないで裁きに負ければ俺は『消される』かもしれない。俺はこの親切な幽霊に教えを乞うしかない。
俺は車を出て、黒光りする建物へ足を進める。青い光の格子の上に足を踏み入れると、サキがドアを閉めて部屋が明るくなる。
「ここはなんの基地なの」
「ここはね、私の師匠が作った場所。あの街から普通のルートで来ることができないから隠れやすいの」
「そうなんだ。やっぱり俺は隠れてなきゃいけないの?」
「あんまり目立たない方がいいかも。裁きに呼ばれたりしたらしょうがないけど。あと人目に付かないところで教えなきゃいけないこともあるし」
「俺を探してるのって誰なんだっけ?天の……」
「天の声。この街を管理してる魂」
この街を管理している?そんな奴に追われてるんじゃすぐに見つかってしまうんじゃないか。
「まあでもちょっとやそっとじゃ見つからないと思うよ。天の声は上の階層にいて、こっちにはほとんど来ないからね」
ひとまずは大丈夫そう、なのか……?
「それでも油断しちゃいけないよ。手下だっていっぱいいるんだから。前にこの街に来た時のこと、本当に何も覚えてないの?」
サキはそう言いながらカウンターの上を手で撫でる。カウンターの中から色とりどりの宝石が出て来る。サキはそれを手際よくミキサーの中に入れていく。
「うん。少しづつ思い出しては来たんだけど、まだはっきりとはわかんなくてさ。最初に来た時は『愛美』って女の人に連れてこられたんだけど、そしたらマナに話しかけられて『裁き』が始まったんだよ」
「……そう。それで?」
サキはミキサーを回し始めたようだった。宝石がガリガリと砕かれる音が部屋に響く。
「で、急に現れた男に愛美は捕まって、大きな石みたいなやつで胸を刺されて殺された。それで怖くなって逃げようとしたんだけど、なんでだか滑って歩けなくて、その男に捕まってしまったんだけど、そのあとのことがよく思いだせない」
「この街に来たばかりの人が滑って歩けないのは普通だよ。来たばっかりなのに普通に歩けてるのが不思議だったけど、その時に覚醒したということなのかな」
「覚醒って何?」
「この街で普通に暮らせるくらいに魂のレベルが上がること。多分君が記憶を失ってる時に何かがあって、それで覚醒した。その時にその男に何かしたのかもね」
「その男が誰なのかわかるの?」
「多分その男が天の声。もしかしたら君が天の声に何かをしたのを魔道士がみてたんじゃないかな」
「魔導師って誰なの?」
「魔導師は現世から来た人たちを保護する活動をしてる人。ここは悪霊みたいなやつもいるしそもそも現世から来た魂を良く思わないのもいっぱいいるんだよ」
「じゃあその人に守ってもらえるの?」
「というより、身を守る方法を教えてくれる。これとかね」
そう言ってサキはポケットをまさぐる。
紐にかかった一粒の宝石を引っ張り出して、俺の目の前にぶら下げた。
「なにこれ」
俺はサキの差し出したそれを受け取ってまじまじと眺める。
「魔導石。コトダマの霊を呼び出すことができる」
その宝石は透明なビー玉のようで、中に金属片が入っている。どこかで見たような覚えが……そうだ。高橋に見せられたあの石。三島が高橋に渡したのってもしかしてこれなのか?
「これ、見たことある気がする」
「ほんと?まあ、現世にも出回ってるみたいだからね」
「そうなんだ。ただのガラス玉かと思ってたよ」
サキの目がちらりと動いた。
「ガラス玉だよ」
「えっ、そうなの?」
本当にガラス玉なのかよ。
「うん、まあ現世で形だけ作ってこっちで魂を吹き込んでるって聞いた。こっちに持ってくるときにどうなってるのかはわからないけど、ガラスで作ることが多いって聞いたことがある」
「そうなんだ……」
やっぱりインチキなんじゃないか、と言いそうになったがやめた。
「まあ、そんなことはいいから。立って」
彼女はそう言って立ち上がると左手でネックレスを握りもう片方の手のひらを上にした。
「いくよ!」
そう言うと彼女の手のひらから大きな火が燃え上がった。
「うわっ!」
俺は驚いて仰け反る。
「これ、やってみて」
いや、やってみてと言われてもやり方がわからないしできるはずもない。
「いや、どうやってやるの」
「ポケットに入ってるでしょ、君の石」
ポケットをまさぐると紐の絡まった丸くてつるつるした球体があった。
取り出すとそれは宝石のついたネックレスのようだった。
すると彼女は両手で俺の手を包み込むように石を握らせた。
「目をつぶって」
俺は言われるがまま、目を閉じる。
耳元で彼女が囁く。
「火を思い浮かべて、念じて」
頑張って火を想像してみる。しかし、想像しろと言われても、どんな火を想像すればいいかさえわからない。轟々と燃える炎か、それともマッチ一本の小さな火か。でも多分さっきのサキが起こした火を想像すればいいということだろう。
「考えるのをやめて」
サキが言った。考えるのをやめろと言われても。
ここは想像することに集中しよう。火を燃やせ。
うまく想像できない。くそう。
「もっと強く想像して。でないと生き残れないよ」
そうなのだ。これすらできなければ戦うこともままならない。
もっと強く、火を想像するんだ。
「もっと強く」
俺の中の想像の火はだんだんと明るく、そしてあたりの空間を飲み込むように少しづつ大きくなっていく。いいぞ、この調子だ。
「もっと!」
サキが大声をあげるもんだから、俺の心の中の火が少し揺れるように動いた。
想像しろ。それしか生き残ることもできない。もう来てしまったんだ。この街からは逃げられない。
「もっと強く。消されたくないんでしょ?」
消されたくなんかない。その思いと裏腹に心の中の火はだんだんと小さくなっていく。俺の中に『消される』という言葉が冷気をもって侵入してこようとする。次の裁きで負けてしまえば、俺は愛美のように無様に殺されてしまうのだ。渾身の思いで、心の中に思い浮かんだ火を大きくしようと試みる。
火は再びゆっくりと大きくなる。それとともになぜだか右の手のひらがムズムズしてくる。その感覚を必死に無視しながら火を想像することに意識を集中させる。
頼む。うまく行ってくれ。このまま捕まって殺されてしまうなんて嫌だ!
「もっと!もっと強く想像して!」
その時だった。
「
俺の口から今まで発したことのない言葉が飛び出し、心の中で膨らませていた火は、爆発するように煙を上げて燃え上がった。そしてそれに呼応するように俺の右手から何かが吐き出されるような感覚がして、熱気を纏った風が俺を突き飛ばした。驚いて目を開くと、炎が天井を舐めるように舞い上がるのが見えた。
白い煙が部屋に漂う。俺は呆然と部屋を眺めたあと、よろけながら立ち上がった。自分でも何が起きたのかよく理解できない。
すると部屋の奥から「うっ」と声が聞こえた。サキの声だ。慌てて駆け寄る。
サキは俺の差し出した手を振り払い、よろけながら立ち上がると二回ほど咳をした。
「ごめん、大丈夫?」
「うん。すごいよ。初めてでこれはびっくりした」
「今、何が起きたの?」
「火を出せたんだよ」
「じゃあ、成功?」
「うん」
安堵の気持ちと喜びが胸に湧き上がる。よかった。
「でもそれだけじゃ戦えないから。今度はこれ」
サキは右手の親指と人差し指で輪っかを作り、その手を上から振り上げた。
すると、彼女の手の中から真っ赤な光の棒が伸びた。
サキはポケットから一つ緑色の宝石を取り出して空中に放り投げると、その棒を剣のように振るいそれに当てる。宝石は粉々になって飛び散った。
彼女は俺の目の前にその棒を見せつけた。
触ろうとすると「怪我するよ!」と怒られた。
「でもサキさんは握ってるじゃん。怪我しないの?」
「作った人が触っても怪我するわけないでしょ」
そういうものなのか。
「とりあえず、これ、戦うときに一番使うから。よく見て、この形を覚えて」
言われた通りにじっと見つめ、その姿を脳裏に焼き付けるように観察する。
長さは1.5メートルくらい、太さは直径3センチくらいか。メラメラと燃える炎のように綺麗な赤に輝いている。
「覚えた?」
「うん、多分」
すると、サキが手を開き、その棒は消えた。
「じゃやってみて。やり方はさっきと同じ。心の中で念じるの」
目をつぶり、先ほどの棒を思い浮かべる。
「指で輪を作って。そして頭の上に」
言われるように指で輪っかを作り、その手を頭の上に上げる。
「準備ができたら振り下ろして」
さっきと同じように、強くイメージする。
頭の中に映し出された光の剣は少しずつ、しかしさっきよりも速く鮮明になっていく。細部まではっきりと形が思い浮かんだのを感じて、俺は一気に手を振り下ろす。
…………。
何も起きなかった。
「はい、もう一回」
サキは淡々とした口調でそう言った。
もう一度、光の剣を思い浮かべる。細部までくっきりと思い浮かんだところでもう一度手を振り下ろす。
……。ダメだ。うまくいかない。
「強く念じて。さっきはできたでしょ。もう一度言うけど、これが裁きの日までにできないと消されちゃうんだよ」
そうだ。集中しろ、俺。これでダメなら殺されてしまうかもしれないんだ。強く強く。その姿を思い浮かべる。さっきはできたんだ。俺は消されない!
赤く輝く剣はより一層明るさを増した。頼む!時間がないんだ。現れてくれ!
「
再び今まで聞いたことのないない言葉が発され、手の中から火が飛び出すような感覚がしたのちに、それは手の中で円柱状に変化した。
出来たか?そう思って目を開けると、目の前に光る棒があるのが見えた。しかしそれは瞬く間に火花となって消えてしまった。
「うん、まあしょうがないよ」
サキが言った。
「成功?」
「ちゃんと存在を固めないといけないからまだまだかな」
そうなのか……。
「俺の裁きの日まで間に合うかな?」
「うーん、まあやるしかないね」
そうだ、不安になっている場合ではない。
サキの言う通りやらなければ負けてしまうのだ。
それはそうと、俺はずっと聞いて確かめたかったことがあった。
「そういえばさ」
サキの顔を伺いながら話を続ける。
「確認なんだけど、サキさんって現世では亡くなってるんだよね?」
サキは一瞬目を横に逸らしてから「そうだよ」と言った。
「そっか」
するとサキは「はいこれ」と言って一冊の本を差し出した。
「これは?」
俺は受け取って本を開く。
全て白紙だ。
「それはコトダマの霊を呼び出したときに使える
サキが今度は指輪を差し出す。それを指にはめると、本の紙の上にびっしりと書かれた手書きの文章が浮かび上がった。
「コトダマの霊を呼び出す方法も書いてあるから、次会うときまでに読んでくること」
俺は一枚一枚ページを捲る。この量の言葉を覚えなければならないのか……と少し肩を落とす。
「これ読まないといけないの?さっきみたいに火とか剣だしたりするのを鍛えるだけじゃダメ?」
「あれじゃまだ戦えないでしょ。コトダマの霊の力借りれば複雑な技もできるようになるし」
「わかった。あ、そうだ。マナってどうやって呼ぶの?」
「火を出したときと同じ。念じて呼ぶ。やってみな。目つぶって」
目をつぶり、マナの姿を思い浮かべる。火を具現化したときのように、強く念じる。マナ、現れるんだ。
「
「なに?」
聞き覚えのある子供の声がして目を開く。
よかった。成功だ。
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