13.

 一人だけ、笑顔になれずに仏頂面をさらしている人間がいる。

「どういうことー」

 篁と恵の顔を順に覗くが、二人とも意地悪な顔ではぐらかして教えようとはしなかった。

「お子様にはわからないんだよ」

 と篁が言うと、恵が声を上げて笑った。

「何言っちゃってんのよ。私から見たらあなたもまだまだお子様みたいなものよ」

 そう言って、篁の口元に残っていた赤い色を拭ってやった。篁は必死に抵抗したが、恵が「冥土の土産に、これくらいいいでしょ」などと言うので、あきらめて従った。

 なおも一人だけ蚊帳の外に置かれて、サエの頬がぷうっと膨らむ。

「まあまあ。あなたも大人になったらわかるわよ」

 恵はサエの頭をわしわしと撫でた。

 こちらも全力の抵抗を試みるが、それでも恵はやめなかった。

 しかし突然手が止まる。

 不思議に思ったサエが恵の顔を見上げると、彼女はじっとサエの体を見つめていた。

「大人になるのよね? ……人間よね?」

 疑念をたっぷり含んだ問いに、サエはたじろぐ。

「ええと……」

 苦笑いのような照れ笑いのような微妙な笑顔で取り繕うが、恵の気迫に勝てるはずがない。

 最後にはなぜだか「ごめんなさい」とか「許してください」などと口にして恵の前にひれ伏した。

「私、ずっと前からここにいるから、それより前のことは忘れちゃった。でも、間違いなく人間だよ!」

 両手を高く上げてアピールする様は、威嚇する熊か何かに見えてしまって、「人間だ!」と主張するよりも、がおーっと効果音をつけた方がしっくりきそうだった。

 そんなサエの姿を、恵は呆れた様子で眺めた。

「あなた自身は、ここにいる理由とか考えたりしないの?」

 それでいいのと質問を重ねる。

 サエは少し困った顔をして考えて、それから何かを思い出しにたっと笑った。

「どんな理由だとしても、ここにいられて幸せなの」

「どうして? こんなとこ、すごく退屈そうじゃない」

「そんなことないよ! ここにいるといろんな人と会えるし、何より、いろんなものを食べられるんだもの!」

 サエは満面の笑みを見せたが、恵の反応は芳しくなかった。

「あなたの方が食べさせる側でしょう」

 心底呆れたといった顔で恵はため息をこぼした。


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