第66話 代価

「葵さん! 葵さん!」

と、肩を揺さぶられた。

「こ、ここは?」

「ここは、着替をした部屋ですよ。」

 眼の前に桃河さんの顔があった。

「私、発表会の舞台に…。」

「やはり…。途中からの記憶が無いみたいですね。」

 茶色のメイドさん。

「舞台下りる辺りから、ぼーっとしてましたわよ。」

 桃河さん心配してくれたんだ。

「あまりにも、恥ずかしかったり、緊張したりで…。」

「最初ですからね。」

 水色のメイドさん。

「うんうん。」

 白色のメイドさん。


「何はともあれ、葵さんのおかげで次期主力機体の発表会は大成功てしたわ。」

 桃河さんが喜ぶ。

「うんうん。」

と、三人のメイドさん。

「それなら、良かったです。」

 最後の辺りは記憶無いけど。


「ところで、葵さん。どうでしたか?」

「えっと、私の使った機体はバランスも良くて、良い仕上がりだと思います…。桃河さんが使った機体は…。」

「私(わたくし)の使った機体は?」

「腕が四本あってズルいです。」

「あら? でも、私(わたくし)は手は二本しかありませんことよ。」

 両手を前に出した。


 何の事だか、直ぐには判らなかったけど…。

「そうか、サブアームって自動じゃないんだ!」

「そう言うことです。何でも自動にしようとしたら、容量がオーバーしたとか。」

「じゃあ、桃河さんは手動で使ってたんだ…。」

「はい。」

 話を聞いていたら、考えていた。手動じゃあやっぱり、扱うのは大変そうだ。

「手動とはいえ、サブアームは今後増えてくるかもですわ。武器の持ち替えの隙きが減りますから。」

「確かに…。」

 私なら、どう使う? と考えたいた。

「その分、装備が減りますけど…。」

「あっ。良いことばかりじゃないって事かぁ…。」

「良いことばかりなら、皆が飛び付くかもですわね。」

「でも、使ってみたいです! どんな感じか試してみたいです。」

「では、発売を楽しみにしていてください。」

と、にっこり。

「はい。」

 どうやって運用するか…。それが課題か…。


「お嬢様。これを。」

 茶色いメイドさんが桃河さんに何か渡した。受け取ったものを見て、

「あっ。忘れるところでしたわ。」

と、それを私に差し出した。

「封筒? 何ですか?」

「これは、今日のバイト代ですわ。」

 少し考えて

「これは、受け取れません。」

「何故? 労働に見合う代価を受け取るのは当然の権利だと思いますが?」

「例え、正当な代価だとしても…。お小遣い以上のお金を持っていたら、両親が心配します。」

「確かに…。」

「それに、今日は困っている友達を助けたので労働ではないと思います。」

 桃河さんの頬がゆっくりと緩み笑顔が溢れた。

「そう言うことでしたら、これは失礼ですね。」

「そこまでは…。」

 失礼とか言われると、どう言えば良いのか判らなくなる…。

「でも、助けてもらったお礼はしたいし…。どうしましょうか…。」


 しばらく考えて、

「そうだ!」

 何か閃いたみたい…。

「それを貰ってくだされば!」

「それって?」

「その衣装ですよ。」

「えぇぇぇぇぇ!」

 あまりの驚きに素っ頓狂(すっとんきょう)な声が出た。

「そ、それは…違う意味で両親が心配します!」

 それを聞いた。


 桃河さんが…。


 三つ子が…。


 少し遅れて。

 私が笑った。



「お嬢様。」

 茶色いメイドさんが桃河さんに『ごにょごにょ』と耳打ちした。

「なるほど。それなら、葵さんのご両親も心配なさらないでしょう。」

「では、手配してまいります。」

「お願いね。」

「はい。では、行ってまいります。」

 茶色いメイドさんが部屋から出て行った。


「名残惜しいですが、今のうちに着替えましょうか。ぬいさん、りとさんお願いします。」

「承知しました。(✕2)」


「こちらへ。」

 白色のメイドさんが椅子を引いた。そこはイベントの前にお化粧してくれた場所。

 座るとゴーグルを外し、カツラを取ってくれて、

「では、お化粧落としますね。」

「お願いします。」

 棚に並んでいるビンと脱脂綿(だと思う)を手に取り、

「フェイス・キャスト・オフ!」

 落とす時も素早く正確な手捌き!

 あれよあれよとお化粧が落ち、スッピンに戻った。

「次はお着替えです。」

「一人で、できます。」

と。

「大変申し訳無いのでございますが、その衣装はデザイン重視の為に、お一人で着たり脱いだりは非常に苦しいかと…。」

「そ、そうなんですか…。」

「はい。ですからこちらへ。」

 衝立の向こうへ着替えに行った。


 脱ごうとして、さっき言われた事が良くわかった。絶対に一人じゃ無理だと…。

 ちょっと苦労して着替を終えた。


 衝立の陰で着替えは見えないからね!


 衝立から出ると、着替を終えた桃河さんが部屋の真ん中の大き目の机に着いてお茶してた。


 『ガチャリ』と扉が開き、茶色いメイドさんが帰って来た。

「お嬢様、これを。」

 手に持っていた紙袋を渡した。

「ご苦労様でした。」

 茶色いメイドさんにお礼を言い、こっちに向き直った。

「葵さん。これなら大丈夫でしょう。」

 紙袋を差し出した。

「何ですか?これ?」

「これは、敷島庵の《キャラメル・ビターチョコ・団子》、略して【キ・ビ・団子】ですわ。」

「えっ!」

「お嫌いでしたか?」

「いえ、大好きです…。」

「それは良かったです。」

「良いんですか? 並ばないと買えないレアなお菓子ですよ。」

「差し入れで頂いたものなので大丈夫です。それに…。」

「それに?」

「今の葵さんの顔見たら、これが正解だと確信しましたし。」

 はっ、よだれ出でたか! 自然と口に手が…。

「ご両親にも、困っている友達を助けたら頂いたと言えるでしょ。」

「はい。」

 受け取った。だ、だって大好物なんだもん許して!


「話は変わりますが、来週は私(わたくし)予定がありまして…。」

「そうなんですね。」

 残念な気持ちになった。


「そうだ。私の家の電話番号を教えるので、紙と書くものを貸してください。」

「よろしいのですか?」

「大丈夫です。」

「これを。」

 白色のメイドさんが紙とペンを渡してくれた。


 電話番号を書いた紙を桃河さんに渡した。

「では、遠慮なく。」

と、受け取った。


 そして少しの間を起き、桃河さんが口を開いた。

「葵さんとする長電話は楽しいと思います。」

「私も思います。」

 あんな事や、こんな事話せるからね。

「でも…。」

 凄い意味深な言い方だ。

「私(わたくし)達は、コックピットに座り、鎬(しのぎ)を削るギリギリの戦いが、一番楽しい会話だと思うのです。」

 桃河さんの台詞に、『ゾワゾワ』っとし身体が震えた。

「確かに…。」

「闘争こそが、私(わたくし)達の対話ですわ。」

 知らない間に、両方の拳を握りしめ胸の前上げてた。

「そう言えば、部長さんが言ってました。」

 握りしめた拳を更に強く握る。

「そう言う関係を[好敵手]って書いて[とも]と読むって!」

「なるほど! ピッタリの表現ですわね!」

「でしょ! でしょ!」

 はしゃぐ私達の横で三つ子のメイドさん達が『ズルッ』ってコケたのに二人は気が付かなった。


 ふと、思った。

「桃河さんって…。」

「私(わたくし)ですか?」

「表現力豊かでカッコいいですね。私、思いもしませんでした。やっぱり桃河さんは凄いな。」

「あ、ありがとう…。」

 最後の方は聞き取りにくいぐらい小さい声になっていた。

 そして、透き通る様な白い肌の顔が見る見るうちに桜色に染まり、頭から煙が『ぽん』と出た…。


 その状況に、皆が可笑しくなったのか『クスクス』と小さく笑い始め、そのうち『ゲラゲラ』と笑い声になっていた。


 その笑い声が、楽しかった時間の終わりを告げるとも知らないで…。

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