第61話 舞台
連れて来られたのは舞台袖。
そこには階段が付いていて、舞台は百五十センチメートルぐらい上みたいと分かった。
如何にもスタッフって男性が近付いて来て、
「お嬢様、助かりました。」
と、頭を下げた。
「いえいえ、会社の危機を救うのは経営者一族の者なら当然ですわ。」
「そう言っていただけると。」
こっちに向いて、
「そちらの方も、今日はよろしくてお願いします。」
と、頭を下げた。
「は、はい。」
ちょっと緊張してきた。
「では、簡単に。」
手にしていた本を広げ、
「ササラセ社の開発チームがコンペに出す次期主力機体を開発した。」
設定があるの!?
「最終選考に残った二機が次期主力機の座を争って戦う。」
そ、そうなんだ。でも、コンペって何だろう? 思っている間に話は進んでた。
「その機体に乗るパイロットが、お二人と言うことになってます。」
本じゃなくて、台本だったんだ、それ。ページを捲り、
「お嬢様が[マーベク少佐]、そちらの方が[アシャー少佐]になります。」
パイロットの名前まで決まってる。
「開発コンセプトが異なる二機の対決。それから今日の設定です。」
「解りましたわ。」
「はい。解りました。」
「では、よろしくてお願いします。」
頭を下げて去って行った。
「葵さん。設定がある事に驚かれましたか?」
「ちょっとだけ。」
「設定はですね。人の想像力を掻き立てる調味料ですわ。」
「調味料ですか…。」
「ええ、自分の使っている機体が産まれた経緯を知り、自らの手でカスタムした時に、機体の設定を付け足す。それもこのゲームの楽しみ方だと…。」
「確かに、設定付けるとわくわくします。」
「でしょ。」
まだまだ、私の知らない楽しみ方があるんだ。とか思っていたら、会場と観客席の光が落ち、音楽が流れ始めた。袖からも十分確認できた。
これからイベントが始まるんだとわかった。
舞台の上の司会者の女性が、スポットライトの中に進み出て、
「本日は、ササラセ精機の次期主力機体発表会にご来場いただきましてありがとうございます。」
大きな身振りでお辞儀した。手持ちのマイクじゃなくて、片耳に付けるイヤホンとマイクが一体になった奴…。名前は知らない…。をしている…。オペレーターみたいでカッコいい!
衣装は濃い青の軍の制服みたいな衣装で、タイトスカートから伸びる脚…長くて綺麗だな羨ましい!
「では、最初に今日のパイロットをご紹介いたしましょう!」
舞台袖にスポットライトが当たったタイミングで
「先ずは、[アシャー少佐]です!」
「葵さん。出番ですよ。」
桃河さんに言われるまで、自分だとは気が付かなかった…。
「あっ。はい。」
「スポットライトが誘導してくれますから、そこへ。」
コクリと頷(うなず)き、歩き出す。
舞台袖から出ると桃河さんの言った通りにスポットライトが誘導してくれた。
凄い緊張する…。
スポットライトが止まり、私もその場で止まる。
そして知った…。何をって…。嫌な予感が、まだ当たってなかったんだって事を。
立ち止まった瞬間に、『パシャリ!』『パシャパシャ!』『カシャ!』と観客席から浴びせられる光…。それはカメラのフラッシュ!
ゲゲゲ、写真撮られてる! と、思った瞬間に今までの何倍も恥ずかしくなった。本当の嫌な予感の正体はこれだったんだ…。
今ならまだ逃げ出せるか?
「次は、「マーベク少佐」です。」
司会者が紹介すると桃河さんが出て来た…。もう逃げられないよね…。
桃河さんが誘導され私の横に止まると、やっぱり『パシャパシャ!』とフラッシュを浴びた。
桃河さん…全然動揺してないみたい…。って言うか、ポーズ決めてるし! 慣れている?
二人揃うと、フラッシュが更に激しくなり、撮影タイムになった。恥ずかしいのにぃ。
「葵さん。笑顔、笑顔。」
桃河さんが言ったけど、無理…。完全にほっぺたが『ヒクヒク』していた。
一段落すると、司会者が
「では、次期主力機を紹介します。」
イベントを進めた。
「[アシャー少佐]の機体【GLU−久玖(クグ)−Etype】です。」
背中側が明るくなり、観客席から『おーっ!』とどよめきの声が上がる。
私が見ていたファイルは、線で描かれた機体しか載っていなかったから、実物が凄い気になる!
そ~っと、振り向こうとすると、
「葵さん。今は後ろ向いたら駄目ですよ。」
桃河さんに小声で止められた。もしかしたら、心読まれた!?
「はぃ…。」
渋々と返事したよぉ。
「この機体【GLU−久玖(クグ)−Etype】は、汎用機として突き詰めた結果、特別な武装を持たないシンプルな機体に仕上がっています。」
見たい…。
「開発者曰く、『シンプル・イズ・ベスト』な機体だとか。その思いは、機体に表れていますね。」
「続きまして、[マーベク少佐]の機体【GYN−刃九字(はくじ)】です。」
一瞬、背中側の明かりが消え、再度明るくなった。画面が切り替わったみたい。
やはり、
「おーっ!」
と、どよめきが起きる。
今度の機体は、全く見たことない奴だから見たい! でも、駄目だって言われたから耐えるんだ私!
「この【GYN−刃九字(はくじ)】も、汎用機として開発されましたが…。」
司会者がためた。
「なんと、接近戦に寄った汎用機として仕上がったという異端の機体です。」
接近戦の汎用機って、どんなんだろう。
「開発者曰く『いつか私が正しいと証明されるだろう。』でした。果たして、今日がその日になるのか?」
「本日は、この二機による模擬戦闘を行います。」
観客席から割れんばかりの拍手が起きた。
「では…。」
司会者が上着の脇腹辺りのポケットからスマホ(?)を取り出した。それを左手でスマホ使うみたいに持って、
「ポチッと!」
振りかぶる様に上から画面を右人差し指で押した。
『プシューーーーーー!』と舞台のあちこちから白い煙(?)が噴き出し視界を遮った。
次に『ガラン、ガラン』と音を立てて下から何かが上がってきた。奈落があるみたい。
『ガコン!』と迫り上がったモノが止まった。
次第に白い煙の噴出が収まっていくと、上がってきたモノの正体が解った。
それはパンツァー・イェーガーのコックピット! ここの施設にあるような、筒型のカッコいい奴だ。
緑色と薄い水色のコックピットが少し離れた場所に二台が並んだ。
対戦するんだから二台あるのは当然か…。
「使い方は、この前と同じですわ。」
桃河さんが教えてくれた。
「はい。」
「葵さんは、緑色へ。私(わたくし)は水色へ入ります。」
「了解です。」
そんなやり取りを聞いていたのか、終わったタイミングで、
「それでは、搭乗していただきましょう。」
と、司会者。
緑色の方へ向かって歩き、コックピットのオープンボタンを押した。蓋(ハッチ)が開くと私は直ぐに中へと潜り込んだ。
ちらりと桃河さんの方を見ると、観客席に手を振っていた。当然、『パシャパシャ!』とフラッシュが焚かれ写真撮られている。
慣れているな…、やっぱり…。
しばらくして、桃河さんもコックピットに入った。
恥ずかしいから、私は直ぐに蓋閉めたよ。
椅子…、じゃないなシートだな…、これは。調整しているとモニターに小窓が開き桃河さんが映った。
「葵さん。どうですか?」
「恥ずかしいです…。」
「初めてだから、それは仕方ないですわね。徐々に、慣れていただければ大丈夫ですわ。」
「はぃ…。」
『ん?』今、桃河さんが変な事言ったような?
「桃河さん…。」
「はい? 何でしょう?」
「今、変な事言いませんでした?」
「あら、私(わたくし)何か変な事言いましたか?」
「徐々に、慣れてって…。」
「そ、そ、そんな事言いましたか私(わたくし)。」
明らかに動揺した。
「あっ、もう始まりますから、早く調整しないとですわ。」
話を反らしたぁ! そこに、タイミング良く
「そろそろ、セットアップが終わるでしょうか?」
司会者が音声で確認をとった。
ヤバい。慌てて残りの調整を始めた。
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