第60話 受諾
桃河さんはどんどん歩いて行き、このフロアの隅まで来ると、[STAFF ONLY]と書かれたドアを『ガチャリ』開いた。
ドアの先は通路で、左右にドアが並んでいた。
通路をしばらく進んだところのドアを開き中へと入る。
「中へ。」
と、促(うなが)された。
入るとそこは、ちょっと広めの控室(?)…。だと、思うけど。
「葵さん、どうぞ。」
大きめのテーブルの一角の椅子を進められた。
正面には桃河さんが座った。
「コーヒーでよろしいですか?」
と、るささんが聞いてきた。
「あっ、はい。」
「かしこまりました。」
と、どこかへ行った。
「ここなら、お話できますわ。」
「聞かれたら、まずいことだったんですか?」
「そうですね。国家機密レベルの…。」
「えぇぇぇぇぇ!」
「と、言うのは冗談で。」
笑った。
「もう、脅かさないでください。」
「ごめんなさい。つい楽しくて。」
「ははっ。」
私も笑った。
「では、本題に入りますね。」
何だろう、ちょっとドキドキする。
「今日、うちの…。ササラセ精機の次期主力機体の発表会が予定されています。」
「次期主力機体!」
やばっ、テンションが一段階上がった。
「発表会にコンパニオンを呼んでいたのですが…。交通手段の関係で間に合わないと連絡が入ったのです。」
「ありゃ。」
「そのコンパニオンの方はちょっと特種な事情がありまして、直ぐに代わりを見付けるのが不可能なのです。」
「特種な事情ですか?」
「そうなんです。で、困っていたのですが…。」
「ですが?」
また、額から『キュピーーン!』がぁ! 嫌な予感当たりそう…。
「葵さんなら、代わりができますわ!」
「えぇぇぇぇぇ! 私、特種な事情ないですよ!」
少し間を置き、
「特種な事情と言うのは、パンツァー・イェーガーを操縦できるって事なので、葵さんは大丈夫です。」
と、力強く。
「次期主力機体発表の後にコンパニオンによる模擬戦闘を予定していたので、操縦できる人を頼んでおいたんですよ。」
「もしかして…。私、コンパニオン…。」
「流石、葵さん。鋭いですね。」
ニッコリ微笑んだぁぁぁぁぁ!
「イベントを楽しみにして来られる、お客様をがっかりさせるわけには参りませんから。」
テーブルにコーヒーカップが置かれたのが、独特の匂いで解った。
「わ、私…。コンパニオンなんて…。」
断ろうとしたところへ…。
「まだ、誰も乗った事ない新型を誰よりも早く操縦できますわよ。」
桃河さんが言い終わった直後、目の前にるささんが赤いファイルを置いた。
「どうぞ。」
気が付いたらファイルを手に取っていた。表紙を捲ると、そこから目が離せなくなっていた。
「でも、私コンパニオンなんてやった事無いですよ。」
「発表の時は手を振ったりするだけなので問題はないと思いますよ。その後に行う模擬戦闘の方がメインなので。」
「なるほど。」
ファイル読んでたら、どんな風に動くのか気になって仕方なくなった。
「それに私(わたくし)もコンパニオンで側にいますから。」
それなら、やれるかな…。桃河さんも困ってるみたいだし…。
「本当に大丈夫ですよね。」
次期主力機体の誘惑に負けた…。
「私(わたくし)が保証しますわ!」
その言葉は力強かった。
「じゃあ、やってみます。」
「ありがとう。葵さんがいれば良い発表会になりますわ。」
この時、私はまだ気が付いてなかった…。この後に起きるとんでもない事に…。
「では、ぬいさん。りとさん。お願いします。」
「は~い。」
と、声が重なり衝立(ついたて)の後から水色と白色のメイド服の三つ子の残りの二人が出て来た。
「ではぁ、こちらへ。」
二人が衝立の後ろへと案内した。
そこへ行くと小さなテーブルの上に、派手な緑色の布が畳んであった。
「こ、これは?」
「これは、コンパニオンの衣装でございます。」
水色のメイドさんが説明した。
「えっ…。これ着るんですか!」
あからさまに、コスプレ感満載の衣装…。確かにコンパニオンって言ったら、こんな衣装が付き物だったぁぁぁぁぁ!
本当の嫌な予感はこっちの方だったのか!
「では、始めます。」
白色がメイドさんが、私の肩に手をかけた。反射的に身を引きかわしていた。
「あら。」
白色のメイドさんが驚いた。
「お覚悟なさい。」
水色のメイドさんが両手を肩の高さまで持ち上げて、手の平を『ワシャワシャ』しながら近付いてくる。
「わ、私美味しくないぃぃぃぃぃ!」
「安心してください。どんな素材も料理次第で美味しくなります!」
水色のメイドさん、返し上手い。って、そんなこと言っいる場合じゃない、逃げないと!
「はっ!」
水色のメイドさんに気を取られている間に、白色のメイドさんに後から羽交い締めされた。
「とりゃー!」
と、水色のメイドさんが襲い掛かってきた!
『どた! ばた!』と漫画とかアニメでよくある煙の描写で乱闘シーンになった! だから、着替えは見えないよ!!!
「きゃはは、くすぐったい!」
思わず声を上げてしまった。
「生きている証拠です!」
どっちが言っているのか判らないけど上手く返されているの?
「きゃはは、そこは駄目!」
声だけ聞いているとヤバい状態だ!
「大丈夫です。くすぐったくて死にません。」
そ、そうだけど…。くすぐったいものは、くすぐったい!
しばらく続いた『どた! ばた!』の煙が晴れた。
「はい。終わりましたよ。」
水色のメイドさん。
「どうぞ。」
姿見(すがたみ)を運んで来た白色のメイドさん。
「流石、お嬢様が選んだだけはあります。良くお似合いですよ。」
水色のメイドさんが褒めてくれ、
「それなら、お嬢様も助かります。」
白色のメイドさんが続けた。
しばしの沈黙。
「はっ!」
み、姿見に見惚(みと)れてたわけじゃないんだからね! 桃河さんふーなのは照れ隠しだと直ぐにバレそうだけど…。
と、とりあえずコスチュームの描写しとくね。
ぱっと見は、アイドルグループの衣装みたい。
ベースの色が濃い緑色で、学校の制服とメイド服を合わせた様なデザインでノースリーブ。私的見解だけど…。
当然、ミニスカ…。中にひらひらした奴が付いていてる。でも、私はひらひらの名前があるのかさえ知らない。
それを白いベルトで絞めている。
円形で真ん中に穴が開いていて、頭からすっぽりと被る胸元まである奴は、黒に黄のラインが入っている。
両手は、白いグローブで指が全部出ているタイプ。後で模擬戦闘やるって言っていたから、その為のデザインなんだろうな。
脚は白いローカットブーツに、薄い緑色のハイソックス。
全体的に緑色…。量産の機体みたい。
「どうですか?」
水色のメイドさんが、黙って見ていた私に聞いてきた。
「可愛いですが…。スカート短過ぎですぅ。」
「大丈夫ですよ。絶対に中は見えない仕様になってますから。」
白色のメイドさんに太鼓判押されたけど、そういう事じゃない。
「では、こちらへ。」
水色のメイドさんに促され、衝立から出た。
そこには、着替えを済ませた桃河さん。
「想像以上に似合ってますね。」
「確かに、これなら今日のイベントは成功するでしょう。」
と、茶色いメイドさん。私は恥ずかしいのに…。
とりあえず、桃河さんの方も描写しとくね。
桃河さんのコスチュームは、私の緑色のところが濃い黄緑色…。たぶん、カーキイエローだと思うけど自信は無いよ。
頭から被るやつは無くて、首元に赤いネクタイ? リボンが巻かれていて、前で短く☓(ばつ)の字になっている。
グローブとローカットブーツは薄い黒色。
デザイン的には似ているんだと思う。違うのは色と細部って感じ。
「仕上げますので、お二人共こちらへお座りください。」
誰が言ったのか、分からなかったよ。三つ子が三人揃うと見分けが付かない。
促され座ったのは、目の前に大きな鏡の付いた場所。
判り易く言うと散髪…。ち、違った! ヘアサロンみたいな感じ。
危なかった、高校生になったら、ヘアサロンに変えてもらう約束覚えてるのかな、お母さんは…。
「では。」
水色のメイドさんが後からカツラ…、じゃなくて、ウィッグを被せた。
薄い茶色のサラサラのショートカットの奴だった。
横目で桃河さんを見ると、紫色のウェーブが肩口まであるウィッグ被ってた。
「いきますよ。」
水色のメイドさんがブラシで馴染ませていく。
白色のメイドさんは鏡の前に並んでいた化粧道具を手にし、私にメイクを始めた。
「わ、私…。お化粧したことないんですけど…。」
「任せてください。お美しく仕上げてご覧に入れます。」
「あっ、ぬいさん。口元だけでいいのですよ。」
「承知しております、お嬢様。ですが、私は手を抜かない主義でして。」
「そうでしたわね。では、お任せしますわ。」
「承知しました。では…。」
目の前で両手をクロスさせた。ん? 指の間にお化粧の道具が挟んである?
「フェーイス・オケショウパワー・メイク・アップ!」
ぬいさんに七色の後光が見えた様な気がした…。
お化粧なんてよく解らないけど、手際の良さは解る。手が何本もある様に見え、あっと言う間に仕上がった。
「出来上がりでございます。」
仕上がりを見て凄いって思った。言っただけの事はあるな。
「こちらも終わりました。」
桃河さんの方から声がした。
見ると、桃河さんが[可愛い]+[カッコいい]から、[美人]+[カッコいい]になっていた。流石、お嬢様はベースが違う…。し、し、し、嫉妬じゃくて本当にそう思った。
「最後に、これを。」
渡されたのは、下向きの三角【▽】の横向きの頂点をそのまま『ギューー!』て引き伸ばした様なゴーグルだった。前から見ると虹色になってて向こうが見えない。
「近未来的でしょ。」
桃河さんが付けたのは菱形【◇】を横に『ギューー!』って引き伸ばした奴だった。
なるほど、目の辺りはこれで隠れるからお化粧はいらなかったんだ。
ゴーグルを付けると視界は良好。全く問題なしって感じ。
「完成です。」
また、誰が言ったか分からなかった…。区別するのは無理かな?
立ち上がると桃河さんも続き
「葵さん、こちらへ。」
と、呼ばれた。
でぇ、鏡の前で並んだ。それを見て
「なんだか、魔法少女みたいですね。」
と、思ったままを、
「そう言われれば、そんな感じですね。」
「では、[コンパニオン]と[パイロット]なので【二人はコンパイロ】で。」
茶色いメイドさんが乗ってきた。
しばしの沈黙から、五人で大笑い。
そこに『コン! コン!』とノック。
「そろそろ、スタンバイお願いします。」
と、男性の声がかかる。
「分かりました。」
茶色いメイドさんが答え、
「では、参りましょう。」
と続け、
「お覚悟はよろしいですか」
水色のメイドさん。
「ご武運を。」
白色のメイドさん。
三つ子って言っても性格は違うみたいだな。
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