櫛角別、襲来
「うんうん、なるほどね~。そんなことがあったのかー」
目の前で満面の笑顔を浮かべ胡坐を掻く櫛角別に、小碓と宿禰は背筋を伸ばしていた。小碓が冷や汗を掻いているのに対し、宿禰は平然を保っていた。八柳は部屋の隅っこで縮んでいる。
ここは小碓の館だ。なら何故、ここに櫛角別がいるのか。
三人は遠回りであるが館に着くと、すぐさま衣を脱いで身体を拭き、他の衣に着替えた。その直後、見計らったかのように櫛角別が訪れたのだ。
『やぁ、小碓、宿禰くん! 聞いたよ、小碓が命を狙われかけたって! その事について、少しお話ししようか~?』
衝撃発言をした後、返事を待たず上がり込んできて、経緯を話して今に至る。
どうしてそれを知っているんだ、と問いたかったのだが、それは訊かないほうがいいような気がした。それ以前に、訊けるような雰囲気でもない。
ここに来てから今まで、櫛角別の目は笑っていなかった。顔には満面の笑顔を張り付けているにも関わらずだ。
「まずは、八柳くん、だっけ? ありがとう、小碓を助けてくれて。ぜひとも、お礼をしたいんだけど、何がいいかな?」
「い、いいえ! 当たり前のことをしただけのことですので、お礼なんていらないですっ!」
「へぇ、君は良い人なんだね。うん、感心、感心」
満足そうに頷いてくれて、八柳はほっと胸を撫で下ろす。
「さて、宿禰くん。何が言いたいことは?」
「私が付いていながら、この失態……なんと詫びたらいいか」
「宿禰は悪くありません! 僕が宿禰を無視して、あの子を追いかけたから」
「小碓は少し黙ろうね?」
凄みを利かせた笑顔に、小碓は押し黙ってしまった。
「別に僕はそこまで、宿禰くんを責めてない。失敗は誰でもあるからね。今回は小碓が無事だからよかったけど、八柳くんがあの時通りかかってくれなかったらと思うと、ぞっとするよ。それに加えて、水だからね。仕方ないと思うよ。宿禰くん、泳げないし。今後、このような事態にならないように努めてくれればいいんだよ。今回の事、宿禰くんも後悔しているだろうし、僕が言わなくても今後絶対に一人にさせないように、考えてくれているんだろう? 分かっているさ。だったら僕は、あえてこれ以上は口出ししないよ」
ふう、と息をつく。
顔を窺うと、目元が柔らかくなっており、突き刺すような空気も消えた。
怒りは収まったようだ。
「さて、小碓」
「なんでしょう?」
「君はなんで、女の子を追いかけたんだい? まさか……一目惚れとか?」
「違います!」
即座で否定すると、櫛角別が安堵の息を漏らした。
てっきり軽くからかわれるかと思っていたので、そんな反応をされて首を傾げる。
「よかった……もし肯定されたら、衝撃を受けすぎて血を吐いてその血で、幼女めって書くところだったよ」
「何故ですか!?」
目を剥いて声を張り上げると、櫛角別が肩の力が抜けてきたのか、だらんとした姿勢になった。
「小碓には女を知ってほしくないんだよ……」
「それはとてもよく分かります」
「宿禰くん……やはり君は分かってくれたね! そうだろう、そうだろう。小碓には女を知ってほしくないというか」
「率直に申し上げると、そのままでいてほしいです」
「分かる、それ分かるよ!」
「なんでそんなに嬉しそうなの!?」
もし自分に子供が出来たら、権力争いになるだろうけれど。いや、自分の立場を考えるとならないかもだけれど、自分が恋愛をしないだけで、どうしてこんなに喜ぶのか、まったく分からない。
櫛角別が元の姿勢に戻った。
「もし、小碓に好きな人が出来たらどうするんだい?」
「とりあえず吐血します」
「吐血しないで!」
「その後は、相手を呪う準備を……」
「準備したら駄目ー!」
物騒すぎる発言に小碓があたふたして叫ぶ。当の宿禰はしれっとしていた。
「それはさておき、半分冗談はとりあえず置いといて、そろそろ話を進めたほうがよろしいかと」
「半分本気!?」
小碓からしたら真面目。宿禰と櫛角別からしたら、半分真面目。そして傍から見れば、どこまで本気なのか、笑っていいのか分からない会話である。
八柳は我関せずと、生暖かい目でその会話を眺めている。
気を取り直して、小碓は乱れていた姿勢を正した。
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