第2章
1.日本一の女子高生
「一本!勝負あり!」
全国高等学校剣道選手権・女子の部決勝。
たった今決着をつけたばかりの二人は、すっと刀を納めた。
「すげぇのう!優勝や!おめでとー琉菜っ!あんたならやってくれるとうち信じとったよ!」
鈴香が真っ先に駆け寄り、琉菜に抱きついた。
「ありがとう鈴香!あたし…やったんだね!」
琉菜は、あれから鈴香と親友になった。
彼女の案内で入部した剣道部で(どの道琉菜は剣道部に入部するつもりだったが)琉菜はその才能をめきめきと発揮した。
最初のころは、学校内で一番強いとされ、中学時代には京都府大会優勝の経験もあった鈴香でさえ、琉菜に負けてしまったので、部員中が驚いたものだった。
あれから2年。
琉菜はその後も練習を重ね、ついに全国優勝という悲願を達成したのだった。
試合会場からの帰り道、鈴香は心底感心したように言った。
「ホンマにすごいわ。前から強いなあ思うちょったけど、まさか全国優勝してしまうなんてな」
「あったりまえじゃん!なんせあたしの剣は」
「『本場の武士に習っとったんやから。』じゃろ?」
鈴香が琉菜の言葉を受け、にっと笑った。
「あんたの決まり文句やけの。ったく、強いな言われてあたりまえやて返すなんて…琉菜には謙遜ってもんがないんじゃな」
「大きなお世話ですよーだ」
「とにかく、よかったなぁ。沖田さんへのいい土産話になるやないの」
鈴香はいいことを思い付いた、という顔で琉菜を見た。
「そうかなぁ?あたしの剣なんて、沖田さんからみればまだまだ未熟だよ」
「そんなに強いんか、沖田総司は」
「うん、なんたって天然理心流の師範代で、新選組最強といわれた剣客だからね」
「さすが、そのこととなると詳しいな」
琉菜はふっと笑った。
あれから、琉菜は新選組や沖田総司に関する本を読みあさった。
もっと彼等のことを知りたい、その思いだけで、普段は読書などしない琉菜が数十冊の本を読むことができた。
そしてわかった衝撃の真実。
世間では有名なことだったが、琉菜にとってはただただショックなこと。
沖田総司は、結核により27歳の若さで死亡してしまう。
動かしがたい事実。
信じられなかった。
最後に見たのが元気な沖田の笑顔だっただけに、琉菜には余計にその事実が重くのしかかった。
本だけでなく新選組に関連する漫画も読みあさる中で、現代の医者が幕末にタイムスリップして病気の人を治して歴史を変えてしまう…などというストーリーのものもあったが、さすがに素人がタイムスリップしたところで結核は治せそうにないし、医学部に行くには琉菜の成績は悪すぎた。
歴史を変えて沖田を生きながらえさせることは早々に諦め、今では琉菜はこう思うようになっていた。
沖田さんに再会したら、沖田さんが死ぬまでそばにいたい。
沖田が最期に過ごした家には世話係の老婆が一人いたきりで、沖田は誰にも看取られず逝ったという。
彼が若くして死んでしまうという歴史は変えられなくとも、せめて最期に独りで逝くということだけは阻止したかった。
沖田の命が尽きるまで、新選組が最後の道を歩み始めるまで、1年でも2年でも幕末にいようと琉菜はきめていた。
「ねえ鈴香?あたし、明日いなくなるかもしれない」琉菜は突然言った。
「そのセリフも、もはや毎月恒例じゃけね。今日は満月かぁ。しかも十五夜じゃ。なんか、意味あり気な気もするわ」
琉菜は、新しい学校で信頼できる友人ができたら幕末のことを話そうと思っていた。それが鈴香だった。
何より、鈴香は山口県出身で、木戸孝允、つまり桂小五郎の遠縁の子孫にあたる家系の生まれらしい。
要するに、幕末で出会った、鈴と血の繋がりがあるということだ。
なんという運命のいたずらなのかと、琉菜は鈴香との出会いを心から喜んだ。
京都に来たのは中学からだからと、未だ抜けきらず時々顔を出す鈴香の山口なまりも琉菜の耳にはなんだか心地がよかった。
「しっかしなぁ、ホンマにタイムスリップなんかできるんか?」
鈴香は首を傾げた。初めて琉菜から幕末の話を聞いた時も、鈴香はこう言ったのだった。
「何?今更疑ってんの?」
「違う違う!いっつも赤点ギリギリの琉菜が幕末にタイムスリップしたなんて作り話作れるわけないゆうことくらいわかってるし。しかも、去年の期末の日本史、範囲が幕末やったもんじゃけ、あんた1番取ったんよなぁ。あれならホンマに幕末行っとった言うても説得力あるわな」鈴香は得意気に、ぺらぺらと言ってのけた。
「バカにしてない?」
「えー?してへんよー?うちかて幕末行きたいわぁ」
「じゃあ、あたしと一緒に来る?」
「やめとく。あんたが幕末に行けてもうちまでそうとは限らんし。縄文時代なんかに飛ばされおったら敵わんからなぁ」
琉菜は思わず笑ってしまった。
しかし、冗談抜きで、その問題は深刻だった。
あの祠で行き来できるのは、「自分のいる時代」と「自分にとって運命の時代」
運命というくらいだから、本来2つも3つもあるようなものではないはずなのだが、理屈はそうでもやはり実際どうなのか琉菜にはわからなかった。
だが、とにかく行かないことには何も始まらない。
琉菜は、明日神風が吹くことをただ祈っていた。
「そや、あとうちのご先祖はんの墓参りしたら、うちがよろしく言うとったて伝えといてや」鈴香はにっこり笑った。
「…別にいいけど」
「ホンマ?じゃ頼んだわ。すごい話やな。うちの親友はうちのご先祖様とも親友やったなんて」
「そうだね。ホントに鈴香にそっくりなんだよ。性格以外は」
「なんじゃそれ」
「お鈴さんはもっとおしとやかだった」
「うるさいわ!どーせうちはガサツじゃもん!」
「はいはーい。それじゃ、あたしはこっちだから」琉菜は別れ道を指差した。
「うん、またな!もっとも、明日からしばらく会えんかもしれんけど」鈴香はにやっと笑った。
「そうだね。まあそうなったらメールするから。じゃね、バイバイ!」
「うん、バイバイ!」二人は別の道に分かれた。
沖田さん、待っててください。
あたしはもうすぐ、あなたに会いにいきます。
満月は、まもなく昇ろうとしていた。
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