24.送別
「よし」
琉菜は台所に卵や牛乳を並べ、ふっと息を吐いた。
今晩、満月が出る。明日の夜までに神風、という風が吹けば、琉菜は晴れて未来へ帰れるのだ。
もっとも、吹かない確率の方が高いのだが。
せっかくあたし未来から来たんだから、今までのお礼も兼ねて、未来のお菓子を作ってみんなに配ろう。
とはいっても、あたしが未来人だってバレたら何かと面倒だから、試衛館出身メンバー限定でってことで。
沖田さん、喜んでくれるかな?
琉菜は、得意だったりんごのケーキを作ることにした。幸いにも、材料はすべてこの幕末の世界でも集まった。
「琉菜ちゃん?何してんだ?」
琉菜が声の主を振りかえると、原田と永倉が台所を覗いてこちらを見ていた。
「あ、原田さん、永倉さん。今あたし、お菓子作ってるんです。ケーキっていう未来…というか、外国のお菓子なんですよ。いつもお世話になってたお礼です」
「へえ~、すげぇなあ。まさか未来料理が食えるなんてな」原田がうれしそうに笑った。
「琉菜さん、ありがとうございます。すいませんね、気をつかわせてしまって…それにしても、おいしそうな匂いですねぇ」永倉が静かに言った。
「いいんです、好きでやってますから。おいしそうなんて言ってもらえてうれしいです。出来上がったら持っていきますね」
「ありがとな琉菜ちゃん、楽しみにしてるぜ!」原田がそう言うと、二人は立ち去った。
「…できた」
オーブンがないってのを忘れてたのは計算外だったけど、一応は上出来かな。
琉菜はかけらを手に取り、一口食べた。
「うん、まあまあだね」
沖田さんは今巡察行ってるから、まずは原田さんたちから持っていこう。
琉菜は食べやすいよう切ったケーキを皿にのせ、原田たちのいるところへ向かおうと台所を出た。
「琉菜さん?なんですかそれ?」
台所を出てすぐ、琉菜は沖田に出くわした。琉菜は驚いてしどろもどろになった。
「お、沖田さん、巡察なんじゃないんですか?」
「今終わって帰ってきたところですよ。ヘンな匂い…」沖田はケーキをまじまじと見た。
「ヘンなんて失礼な!いいです、沖田さんにはあげません!」
琉菜はぷいっと横を向いた。
「あはは、すいません。で、それなんなんですか?」
「ケーキっていうお菓子です。異国のお菓子ですから、追及されると面倒なので試衛館の皆さんにしかあげません」
「へぇ~、おいしそうですね~」
沖田は興味津々にケーキを見た。
琉菜は怒りもどこへやら、ふっと笑い、「じゃ、今から食べますか?」と言った。
沖田が笑顔でうなずいたのは言うまでもない。
「土方さんっ!」
沖田はガラッと障子を開けた。
彼が「反応が見たいから」と、副長室で食べることを提案したのだ。
「あ、近藤先生もいた!ちょうど良かったです。みんなで食べましょ」
「どうしたんだ総司」土方の隣に座っていた近藤が目を丸くして沖田を見た。
「総司、うるせえな。ん?その分けのわかんない物体はなんだ?…でかい豆腐か?」
「…ぷっ」土方の言葉に、沖田は吹き出してしまった。
土方があっけにとられ、沖田が笑いをこらえている横で、琉菜は土方を睨みつけた。
「どこをどう見ればこれが豆腐に見えるんですか!」
「まあまあ琉菜さん、落ち着いてください。それはなんですか?」近藤は優しく琉菜をなだめた。
琉菜はけろっと態度を変え、丁寧に近藤に説明した。
「…というわけなんで、あとで原田さんたちにも配りますから、とりあえず一切れだけどうぞ」
「それでは、いただこうか」近藤はケーキを手にとり、口に入れた。
「うん、美味い!いやぁ、未来にはこんなに美味しいものがあるんですか。カステイラという西洋の菓子は前に一度食べたことがあるが、それに少し似ているな」近藤はにっこりと笑った。
「喜んでいただけてうれしいです。カステラと大体似たような材料で作ってるんですよ。沖田さんも、土方さんもどうぞ」
琉菜は2人にケーキを差し出した。
土方は黙ってケーキを取り、黙って食べた。沖田はにこっと子供のように笑ってほおばった。
「ん!おいしーですねぇ。ねえ土方さん?」沖田は土方をちらりと見た。
「…なんだよ」土方はギロリと沖田をにらんだ。
「おいしいですよね?土方さん?」
「……まぁな」
琉菜は誰にも見付からないようにくすっと笑った。
もともと素直ではない土方の口から出た、紛れもない誉め言葉。
琉菜には、土方歳三の"面白さ"がこの半年でよくわかっていた。
「ところで琉菜さん、このけーきというもの、私たちだけ食べたのではもったいない。どうだろう、少しずつでいいから、隊士全員分を作ってくれませんか。昔異人の知り合いに習ったとでも言えば皆納得するだろう」
琉菜は思わぬ提案に驚いたが、すぐににっこりと笑顔になった。
「はい、わかりました!そうとなったら、さっさと原田さんたちにも配って、材料買い足さなきゃいけませんね。じゃあ、あたしは失礼します」
「さっさとって…」沖田はクスクスと笑った。
琉菜は残りのケーキを持って部屋を出た。
「明日か…」土方がぽつりと言った。
「ああ。寂しくなるな」近藤も静かに言った。
「あ、斎藤さん」
琉菜は原田たちのいる所に行く途中、ぼんやりと縁側に座る斎藤を見付けた。
「ちょうどよかった。あとで斎藤さんにもあげようと思ってたんですよ。これ、あたしが作ったケーキっていう未来のお菓子です。」
「…俺は甘いものは好かない」
「そんなこと言わずに食べてくださいよ」
「…」
沈黙が流れた。しばらくして、斎藤は口を開いた。
「じゃ、そこにおいといてくれ」
「はいっ」琉菜はにっこりと笑ってケーキをそこに置いた。
琉菜が原田の部屋に入ると、案の定永倉もいて、二人で将棋をやっていた。
さらに、藤堂と井上も、のんびりとそれを眺めていた。
「お、来たな?」原田がにやりとした。
「はい。みなさん揃ってるんで配り歩く手間が省けました」琉菜はニッと笑ってみせた。
「あはは、ひどい言い草ですね」藤堂が苦笑いした。
「それで?なんなんですか、それ」
藤堂の問いに対し、琉菜はケーキの説明をした。
琉菜が一切れずつ差し出すと、彼らはすぐに食べ始め、もごもごと「おいしい」と言った。
「さすが琉菜さんですね」と永倉。
「こんなにおいしいの、ありがとうございます」藤堂が言った。
あっと言う間に皿は空になった。空いた皿を琉菜が回収していると、突然原田が言った。
「で、琉菜ちゃん。明日はどうすんだ?」
「明日ですか?そうですね、帰れるかもしれないので、一応荷物はまとめて…」
「そうじゃねえよ、総司のことだ」
「えっ…?」
気が付くと原田・永倉・藤堂・井上が、文字通り興味津々という顔で琉菜を見ていた。
「今更とぼけないで下さいよ?琉菜さんが沖田さんに惚れてるのはみんな知ってます」藤堂がにやっと笑った。
え、いや、みんな知ってるって…うそぉ!?
「そ、そんなの皆さんの思い過ごしですよ!仮にそうだとしてもどうするもこうするも…」
「照れんなよ~。そういうところもかわいーな!」原田がぬけぬけと言った。
「そういう問題じゃないです!失礼します!」
琉菜はガバッと立ち上がり、部屋を出た。
どうする?
それって要は、沖田さんに告っちゃえよ、って?
いや、ムリでしょ。
そうは言っても現代へ帰るめどがたってからというもの、琉菜はなんとなくそのことについて考えていた。
自分が沖田に好きだと告白する姿を想像すると、なんだかそれは現実離れした夢物語のように思える。
…どうせ振られるし。
でも、万が一のこともあるしなぁ。
もしかしたら、二度と沖田さんには会えないかもしれない。
それを考えると、たとえふられても気持ちは伝えた方がいいような気も…
確かに、なんか、卒業式で告るみたいな言い逃げというか、フられても気まずくならないで済む的な…
でもフられたとして、次に会った時にギクシャクするのは嫌だしなぁ…
そんなこんなで、琉菜はまだ決めかねていた。
いいや。明日、ギリギリまで悩もう。
その夜は宴会だった。とにかく宴会が大好きな新選組の面々である。
口実さえあれば、すぐに酒を持ってきて騒ぎ始める。
今日の口実は、「琉菜のお別れ会」だった。
原田が大部屋の真中に立ち、ざわつく隊士たちを静めた。
こういう時の宴会部長は、この男に限る。
「今日は琉菜ちゃんのお別れ会だ!そして、酒の肴は琉菜ちゃんお手製の…なんか、カステイラみたいなやつだ!!」
「原田さん、ケーキです」琉菜はボソっといった。
「なんでもいいや!それでは、琉菜ちゃんからも一言!」
「え?えっ?…わっ!」
突然話をふられて戸惑う琉菜を、原田がぐいっと引っ張りあげて立たせた。
「え…っと、みなさん、今までいろいろお世話になりました。そのお菓子はケーキって言って、昔異人の知り合いに習ったものです…お口にあわなかったらすいません…」
隊士たちからわっと声が上がった。
…こんなに盛り上がっちゃって、明日帰れなかったらどうしよう。
琉菜は苦笑いしてそこに腰をおろした。
「みんな!ちゃんと味わえよ!それじゃ、乾杯!」
原田が杯を掲げた。
他の者もそれに倣った。
「乾杯!」
琉菜は新選組の面々を順繰りに見つめた。
焼き付けておこう、この目に。
大好きな新選組のみんなを。
宴会は夜更けまで続いた。
月が、まん丸になるのを今か今かと待つように、京都の空高く昇っていた。
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