19.手がかり

 西本願寺に着いてからというもの、あちこちで壬生の屯所とのケタ違いの広さに感動する声が聞こえた。




 琉菜と鈴の部屋は、2人だけということで以前とあまり変わらなかったが、彼女たちが毎日使う台所は、想像以上に広かった。

 竈が文字通り所狭しとならんでいて、調理台も広く、とても使いやすそうなところだった。



「こんなに広いのに、隊士の人数は同じだからちょっとしか使わないなんてもったいないですね!」


 琉菜はにこにこと鈴に言った。


「そうやなぁ。でも、土方はんが、これから隊士も増えるゆうてたし…200人くらいやったかなぁ」

「に、200人…」


 琉菜はその数字を聞いて青ざめた。一人当たり100人分の食事を1日3回作ることになる。


「ま、そうなったらまた土方はんもなんとかしてくれるやろ。それより、台所に荷物を運んだら、賄い方は武器庫の整理らしいで」

「武器庫!?あたしたち2人でですか?鬼土方め~!!か弱い女2人に何させるんだか!」

「琉菜ちゃんはか弱くないやろ?」鈴はクスクスっと笑った。

「ちょ、何言ってるんですか!」









 武器庫の整理を終え、琉菜は新しく与えられた部屋の真中にどさっと寝転んで散々悪態をついた。



「はー、疲れた。武器なんて、重いし、鉄くさいし、最悪ー!」

「そうやなぁ。さすがに今日は重労働やったわ。」鈴もへとへとになって座り込んでいた。

「明日はもっと忙しくなりそうですね…」

「…明日が怖いわ」鈴は小さくそう言うと、はーっとため息をついた。




 そうだ、時の祠を見に行かなくちゃ。

 明日でもいいかなー…

 ううん、ダメ。明日はそんなヒマない。

 こうやってどんどん先送りにしてるからダメなんだ、あたしは。



「お鈴さん、あたしちょっと行かなきゃいけないところがあるんで、しばらく外に出ます!夕ご飯の用意するころまでには戻ってきますから!」

「え、ちょっと琉菜ちゃん?」


 鈴が最後まで言う前に、琉菜は部屋を出ていた。









 琉菜の目の前には、あの時と変わらない「時の祠」があった。

 今は風はやんでいて、周りは静かだった。


 絶対に、ここに何かある。

 とりあえず、中に入って手がかりを…

 いや、やばい。もし万が一今タイムスリップしちゃったら?

 危ない危ない。いきなりいなくなるわけにはいかない。



 琉菜はしばらく考えた末、持っていた手ぬぐいを取り出し、鳥居の向こうに投げた。

 手ぬぐいが消えたら、その手ぬぐいはタイムスリップしたことになる。


 少し待ってみたが何も起こらなかったので、琉菜は安心して鳥居をくぐった。

 祠の奥、中、周囲など、いろいろと覗いてみたが、手がかりとなるものは何一つ見つからなかった。







 はぁ、結局手がかりなしか…



 その夜、琉菜は新しい部屋の布団の中で、途方にくれていた。

 あの祠に手がかりがないとなると、もはやどこをどう調べていいのかわからない。

 現代に帰るための道は、あっけなく断たれてしまった。

 琉菜はふーっとため息をついて、目を閉じた。


 すると、琉菜の横で、物音がした。

 うっすらと目を開けて見ると、鈴が部屋を出て行くところだった。


 お鈴さん、どこ行くんだろ…トイレかな

 ま、何でもいいや。眠いし。


 琉菜は再び目を閉じた。














「えい!とう!」

「やーっ!」



 威勢のいい声が聞こえた。

 琉菜はその声を遠くに聞きながら、せっせと朝ごはんの支度をしていた。

 西本願寺に引っ越してから3週間。

 ようやく荷物も片付き、落ち着きはじめた頃だった。


 琉菜はまだ新しい道場を見たことがなかったので、食事の支度を終らせ、道場を見に行くことにした。




 きっと西本願寺みたいに広い道場なんだろな。

 琉菜は期待に胸を膨らませて道場に近付いた。


 あれ?ちっちゃいし、ボロい…


「前と変わってないじゃん」


 思わず琉菜は口にしてしまった。


「当たり前ですよ。壬生にあったのを移築しただけなんですから」

「お、沖田さん…」


 いつの間にか琉菜の横に沖田が来ていた。

 沖田は竹刀を持っていて、練習試合をしている隊士に向けていた視線を琉菜に向けた。


「まあ、今は仮にってところですけど、近々新しいのも建てる予定です」

「そ、そうなんですか」


 琉菜はごまかすようにははっと笑った。


「最近稽古はしてるんですか?」沖田が微笑んだ。

「はいっ。今度また教えてください」

「いいですよ」

「ありがとうございます!」


 沖田はにこっと笑ってまた練習試合中の隊士に目を戻した。

 琉菜も顔をほころばせた。











「遅いなぁ、お鈴さん。」


 琉菜は洗濯しながらぼんやりとつぶやいた。

 鈴は買い出しに出ていた。

 西本願寺に来てから初めての買い物だったので、道に迷った可能性もある。


「探しに行くか」


 あたしの方がこっちに来てから買い出しには出てたし。

 とりあえず一緒に迷うってことはないでしょ。







 しかし、鈴が行ったであろう八百屋や米屋を探したが、鈴の姿は見当たらなかった。

 さすがにもう帰り始めたのかと思い、琉菜は念のため少し違う道を通って帰った。

 琉菜が歩いている道は、いろいろな店が立ち並んでいて、比較的賑やかだった。

 その時、ある1つの店の中から見覚えのある着物を着た人物が出てくるのを見た。

 雑踏に掻き消され、声は聞こえなかったが、間違いなく鈴だった。



 お鈴さん?

 ヘンだなぁ。このあたりに寄るべきお店なんかないはず…



 鈴は、琉菜には気付かず、スタスタと屯所の方へ歩いていった。

 琉菜は鈴が出てきた店の看板を見た。


「旅籠 河野屋」


 あ、そっか。道に迷ったから、このお店の人に聞いたのか。

 旅館ならこの辺の地理には詳しいから確実だもんね。

 うん、謎は解けた。


 琉菜は鈴のあとを追うように屯所に帰っていった。



 京都の地理に慣れているはずの鈴が、そう簡単に道に迷うはずがないということには琉菜は考えが及ばなかった。










 その夜、土方の部屋には、土方と、もう一人男がいた。


「ご苦労だった。で、どうだ。様子は」

「はい。以前、長州と思われるなまりがあったということで一応監視してきました。引っ越して以来、怪しい動きが顕著になってきて…どうにも信用できないですね」



 男はやや深刻な面持ちでそう言った。

 彼の名は山崎烝。新選組の中でも最も信頼された監察方だ。


「…そうか。これからも監視を続けろ。これ以上怪しい動きをしたら、斬る」

「承知」


 山崎は一礼すると土方の部屋を出た。




「あいつ、やっぱり…どうも怪しいと思ったぜ」

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