第45話 祈り

「ここは…先ほどの部屋?」

 アーリアが室内を見回す。転移罠から出た場所とそっくりの室内。魔物の気配は皆無だが、索敵を掛けるとこの部屋の外には多くの魔物の反応があった。どうやらここは安全地帯らしい。

「一つ下の階層みたいだ。上にはいけないらしい。」

 アーリアが、一瞬苦渋の表情を浮かべたがすぐにいつもの笑顔に戻る。多少、無理をしている様子ではあるが。

 もともとアーリアは気丈な子だ。俺が見ている限りではどんな状況にも前向きだ。そして彼女の優先順位は自分が一番下だ。自己犠牲が身についている。王族としての矜持が高いのか、常に国民が優先事項だ。彼女は自分にしかできない重要な事案を抱えている。

【勇者選定】

 王族にしか持ちえない能力は代々第一王女に受け継がれてきた。その王女が何らかの理由でなくなれば、その時点での第一王女に受け継がれる。

 神が今代の勇者は誰かと告げる。

 考えようによっては異世界から無理やり連れて来られた人物に死んでこいと告げなければならない非情な立場だ。

 それを告げたくなくても、王族としての責任感から彼女は嘘をつくことはできないだろう。

 神に託されたまま、その言葉をただ伝える。

 そうする彼女は容易に想像できた。そして裏で泣くのだろう。死地に送り出した事実に。


 その彼女の唯一の我儘が、多分俺だ。


 彼女の夜の俺との時間は彼女の息抜きであり、彼女の責務である勇者を見極める一環であり、王族として国をあげて“彷徨い人”を保護する立場としての責任であり…そこにもう一つ、俺と過ごしたい、という思いがあった。

 俺だって、それほど鈍感ではない。いくら恋愛経験値0のオタクであっても、だ。

 最初は初めて見る“彷徨い人”に、“勇者”かもしれない期待を、俺に彼女の理想を重ねてみていたんだろうと思う。

 だが、毎日話す度、一緒に冒険者として過ごす度に、俺に向けられる視線の意味が変わってきていることに気がつかないわけはない。

 しかし、彼女はそれを俺に告げることはないだろうと思っている。

 彼女はこの国の第一王女。

 俺のようにふらりとこの世界に現れて、すべきことを成したら帰っていく、“彷徨い人”とは同じ時を過ごせないのだから。

 責任感の強い彼女に出来ることは俺を勇者として鍛え上げること。

 自分の思いも何もかも、そこに閉じ込めてしまうだろう。

 きっとどこか、他国の王族か、有力貴族に嫁ぐのだろう。それは彼女の決められることではない。俺の書いたシナリオのように、王女は勇者と結ばれない。

 でも俺は彼女に惚れている。一目惚れだと思う。王女シナリオから抜けだしたような、王女が目の前にいた。俺が書いたシナリオより百倍も綺麗で可憐な少女。

 惚れないわけがない。俺は彼女の特別で、彼女の勇者だ。

 俺だって彼女の願う勇者でありたい。彼女のそばで彼女を守ってこの先ずっと共に生きる。

 そうできたらどんなにか幸せだろう。

 それができないとわかっているからこの思いは伝えずにいようと思っている。

 ただ一度の口付けに思いを乗せたことだけが例外だった。

 俺がそんな思いにとらわれているとは知る由もない彼女が思案気に言った。


「…すべての階層主を倒さないと上に出られない可能性が高いのですね?」

 ああ、彼女は頭がいい。俺と同じ予測を立てている。

 俺は息を長く吐き出し覚悟を決めて告げる。

「たぶん、だが、ほぼ9割はその線だろうと思う。そしてこの階にも階層主がいる。何層あるかわからないが、迷宮の主…最後の階層主を倒さなければ脱出はできないんじゃないかな?俺の索敵はこの下2層までしかわからないから…」

 肩を竦めて見せて強気の顔をする。

「でも何層あろうと関係ない。俺が倒す。倒して地上に戻る。だから心配しないでくれ。」

 俺は笑った。彼女を元気づけて、気を塞がないように仕向ける。そうでなければきっとこの先持たないから。

「はい、アキラ様。」

 うーん、堅いな。

「あの、さ。どうせ二人きりなんだし、アキラでいいよ。もともと、敬語はやめてって言ったの、アーリアだし。」

 きょとんとした顔をして俺を見る。こんな時に不謹慎だが可愛すぎる。そして真っ赤になりおろおろしだした。

「あ…あ…えと、えと!…ア…アキラ?」

 やばい、心臓打ち抜かれた。

 失敗したかな。


「うん。とりあえず、少し休もう。武器の手入れもしたいし。この先休める場所があるかわからないし、休める時に休んでおこう。」

 精神力をかき集めて平静を保った。

 アーリアは頷いて壁に背を預けて座る。俺も隣に座った。

 食事をしてマントにくるまって身体を寄せ合って寝た。


 魔物は襲ってこなかった。



 体感で6時間ほど休んだ後、食事をして部屋を出た。

 すぐに魔物の襲撃があった。

 爬虫類系の所謂リザードマンに近かった。表皮が堅く弓が通りにくかった。仕方なく、アーリアは魔法へと切り替えた。アーリアは魔力は一般的な魔法使いよりも多いが、俺達“彷徨い人”と比べると圧倒的に少ない。なので、ポーションを使いながらの戦闘になった。

 アーリアの消耗が激しい。

 俺は魔法と併用の近接戦闘メインなので、思ったより消耗していない。アーリアを休ませながら広いフロアをボス部屋目指して進む。魔物は上層の10倍くらいの出現率だ。

 魔物の平均レベルが5~10は上がっている。同じように下の階層に行くほどレベル平均が上がるなら、アーリアには厳しい戦闘になる。アーリアは優秀な魔法使いだが、この世界の人々のレベル上昇の恩恵は俺達の10分の1以下だ。最下層まで行くと、相当に厳しい状況になるだろう。俺がメインに戦って、討ち洩らしたり、奇襲をかけてきた魔物だけを狙ってもらおう。


 彼女を守って迷宮を突破するくらい俺にだってできるはずだ。

 俺は“彷徨い人”で“勇者の卵”なんだから。そうだろう?アクアミネスの女神様。創世神の加護がついているんだ。呼んだのは創世神、アクアミネス。

 そうに決まっている。

 だから女神様、アーリアを守ってくれ。俺は何でもする。“邪王”を滅ぼせというなら滅ぼす。“勇者”になれというならなってもいい。

 頼む。

 俺の一番大事な彼女を守れるなら。

 お願いだ。


 俺は魔物を屠りながら空になっていく意識の中でいつの間にか、この世界の神に祈りを捧げていたのだった。

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