第44話 罠の先

 転移陣の光が収まるとそこは四角い石造りの部屋だった。

「アキラ様…こ、ここは…」

 アーリアが不安げな声音で問う。

「とりあえず、魔物はいなくてよかった。出れば会うだろうけど、少し休もうか?」

 ポンポンと軽く安心させるように肩を叩いて座るよう促す。

 俺とアーリアは背負い袋をちゃんと持っていた。攻略日程の物資の3分の2をそれぞれ。携帯食や水筒、マントなどがある。それだけでも生き延びられる可能性が増す。

「少し腹に入れておこう。水もだ。装備も確認して少し休んで行こう。他の階層に出た可能性もあるしね。」

 すぐ隣に腰を下ろし、荷物の中からショートブレッドのような携帯食を口にする。水筒で水を飲んで少し目を閉じる。魔力は満タンではないが、戻ってきている。索敵と精霊眼を発動させて位置を探る。マップに感知できない場所があった。現在地は不明。精霊眼は上手く働かずにとぎれとぎれの画像を捉える。とにもかくにも先ほどの階層からかなり下の階層に飛ばされたのは間違いない。

(もう少し動けば、情報が増える。そうすれば、脱出の糸口も見つかるだろう。ともかくアーリアを無事に地上に戻さないといけない。)

 肩に重みを感じた。目を開けると、アーリアの頭がそこにあった。どうやら寝てしまったらしい。

 疲れているんだろう。俺はアーリアをそっと抱き寄せてマントを掛けた。この部屋は少し寒い。

 明かりもないが少し明るい。迷宮の岩壁はそんな仕様なんだろうな。迷宮の魔力で光るとかそんな感じか?俺も少し眠っておこう。これからどれくらい脱出にかかるか、わからないからな。

 俺は眼を閉じしばしの睡眠を取った。


 目を覚ますとまだアーリアは眠っていた。寝たのは30分ほどか。時計がないからわからないが。俺が少し動くとアーリアの瞼が震えた。

「ん…」

 身じろぎして目を開けると、俺を見上げた。とろんとした瞳が徐々にはっきりしていくと、ハッとしてアーリアは身を引いた。

「おはよ。」

 可愛くて俺は自然と笑顔になった。状況は絶望的だが、深刻な顔をすることもない。努めて平気な顔をしておこう。でないと、彼女は自分を責めてしまうだろう。

「お、おはようございます?」

 真っ赤になって挨拶する様子に俺はまた笑った。

「さて、そろそろ出発しようか?早く戻らないとね。」

 マントをしまって、袋を背負う。

 この部屋の出口を出ると、そこは濃密な魔素の空間だった。精霊は魔素の塊だが、この魔素は少し種類が違う。この魔素があることにより、魔物が出現するのだ。

 この濃さは初めて経験する。


 もしかしたら未到達階層に来てしまったのかもしれない。

 罠でしか転移できない階層。

 まずいぞ。それは最終階層の第15層よりも下ということか。

 そんなことを考えて索敵範囲を広げていると、目の前に魔物が迫ってきた。


 10を超す群れ。大人4人ほどがかろうじて通れる通路を塞ぐようにして現れた。人型の魔物。ゴブリンやオークといったファンタジーにはポピュラーな魔物。俺は風の盾をアーリアに展開して駆けだす。剣を横なぎに払う。それで前列にいた3体の首が飛ぶ。返す剣で更に中列4体。一歩踏み込んで後列3体の首を刎ねる。それでひとまずは片付いた。マップ上の光点は赤だらけ。それもかなりの密集度だ。この数を倒していくと魔力が切れそうな気がする。温存で行こう。

「アーリア、この先かなりの数の魔物がいる。俺の傍から離れないでくれ。」

 アーリアは頷いて、はい、と凛とした声で返事をしてくれた。

 通路を横に並んで歩く。魔物の数が多すぎて、武器の耐久度が心配だ。壊れたらまずい。この階層は広い。そして下にも上にも空洞を感じた。さすがに他の階は見通せなかったが、この階はなんとなくわかった。階段が見つからない。そして見通せないやや大きめな部屋が最奥にある。


 階層ボスかもしれない。

 ひっきりなしに道を塞ぐ魔物を倒しながら、ボス部屋を目指した。

 武器の消耗度を気にしながら進む。強さ的にはCランク、数が多いのでBランクかと思われる。その基準で言うとボスがBランク以上の可能性があるな。まあ、魔物の強さはさほど問題じゃない。この数だ。

 ある程度体力の消耗と魔力の消耗を抑えて進まないといけない。疲労は馬鹿に出来ない。体力回復のポーションがあるとはいえ、精神的なものは回復できないのだ。ましてやアーリアはこんな長時間討伐は経験していない。体力の限界は俺よりもかなり早いだろう。疲労がたまれば判断力が鈍る。それが命取りとなることもある。アーリアには守護の魔法があるが、糸に絡め取られて運ばれた時は発動しなかった。あれは命を失うような危機、と設定したからだろうか?少し考えなければならない。


 あまり魔力を必要としない魔法を併用しながら魔物を排除して進む。最初に転移してきた部屋からボス部屋を目指して進み始めてかなりの時間がたつ。アーリアの息が少し上がってきた。ペースを少し落とした。アーリアは弓での援護を受け持っている。倒した相手から矢を回収しながらだ。数え切れないほどの魔物を倒し、やっと大きな扉の前に来た。まるでゲームだ。ボス部屋の前の通路にくると魔物の気配がやんだ。

「少し休もう。次は階層主がいるだろう。」

「はい。」

 アーリアが頷くと壁を背にして扉前に座る。この先はぐるりと通路が黒い空間を取り囲んで下にいく階段はなかった。

 水を飲んでしばらく無言で身体を休めた。


 小一時間の休憩の後俺は立ちあがった。アーリアに手を差し出して立ち上がらせる。

「行くよ。ボスは俺がやるから、アーリアは眷族をけん制して。危なかったらさがること。いいね?」

 アーリアの眼を正面から見て、念押しする。このお姫様は割と無茶をする。

 アーリアは唇を引き結んで頷いた。

「よし、行くぞ。」

 扉に手をかけると開いていく。中は広い空間だ。暗闇だったのが灯りがついていく。中央の魔法陣からゴブリンとオークの混成部隊が現れた。ひときわ大きいゴブリンがボス。鑑定したら“ゴブリンキング”と出た。Aランク以上じゃないか!どういうことだよ?筋肉質でやや黒味を帯びた肌だ。割といいできの剣を持って吠えた。


 威圧だ。俺とアーリアには状態異常は効かない。俺は風の盾を纏って駆けだす。その俺を追い越してアーリアの矢が杖を持ったメイジと弓を持ったアーチャーに突き刺さる。連射だ。

 俺は手前に布陣する剣を持ったナイトに斬りかかる。その横にいるオークに風の刃を飛ばした。

 霧を発生させてあたりを覆う。相手から視界を奪って首を落としていく。その霧の中から出てきた眷族は遠目からアーリアが弓で屠っていった。

 霧の中で次々と眷族を倒していくと、戸惑うような様子をボスが見せた。ボスのスキルには配下に置いている部下の状態を感じ取ることができる能力があるようだ。


(とりあえず倒させてもらう。生きてここを無事に出なければならないからな。)

 神眼で視て、弱点等を洗い出しながら、何度か切り結んだあと、背後から気配を消して近付き首を刎ねた。堅い防御だったが、そこは弱点だったようだ。部屋に入ってから約1時間、やっとボスを倒した。

 霧の魔法を解除し、床をみた。遺体はなく、魔石とドロップアイテムが残っていた。それらを拾う。アーリアの弓も回収した。

「アキラ様!!」

 駆け寄ってくるアーリアを受け止める。僅かに震えているようだ。

「無事でよかった…」

 見上げてくるアーリアに鼓動が跳ねる。

「ああ、俺は強いから、大丈夫だよ。勇者候補なんだからな?」

 少しふざけたように言って髪を撫でた。アーリアが息を吐いて緊張を解いたのがわかった。

 しばらくすると奥の扉が開いた。アーリアを促し、奥にあった転移陣に乗る。光が溢れて俺達は転移した。


 転移先は罠にあった後転移した場所と同じような岩壁の部屋。位置を探ると先ほどの階層の真下の階層だった。

(最悪だ)

 迷宮の悪意がそこにあった。

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