第31話 実力試験決勝
濃霧でフィールドが覆われた。当然観客も見えない。ざわざわと何が起こっているのかと戸惑う声が聞こえる。
「これは…術者は見えているのでしょうか?」
アーリアが思わず呟く。
「見えているはずよ。タツト君はそういうスキルか、魔法が使えるはずだから。」
マルティナがややはっきりしない言い方をした。
そうだ。タツト君の動きは、少し特殊だ。あらゆる角度から相手を観察し、先の手を予想しているような感じを受ける。死角を利用するのが上手い。
そして、この光の渦。俺ははっとして“眼”を切り替えた。
そうか“精霊”か!
もしかしてタツト君は“精霊眼”の持ち主なのか?
膨大な魔力に加えて精霊魔法も使えるのか?
濃霧の魔法は俺には魔素そのものに見える。
“分析”を使えばいい。何をするつもりか。
何をしているのか。
【神眼】で全てを視ればいい。
「
小さくタツト君が魔法名を口にした。タツト君は短剣を風魔法で二人の中心に運びそこに刺しこんだ。
タツト君自身は風の鎧で身体を覆っているから、霧との間に空間がある。近くに寄ればその空気の動きでわかってしまうかもしれない。しかし、今会場の上の方からでも、ねっとりとした霧の中では影しか見えない。周りは魔素で覆われ、魔力感知も阻害される。
アデイラは聖光を唱えた。聖属性の光で、視界を確保するようだ。霧はまだ消える様子はない。
タツト君の気配が消える。彼は認識阻害の魔法を起動し舞台の端へと下がる。
精霊が、辺りに満ちる。彼は精霊に魔力を渡し、剣への通り道を魔力で作った。
「
短剣にめがけて雷が落ちた。フィールドを電光が縦横無尽に走る。霧でフィールドを覆ったのは雷を通しやすくするためだったのか。
「聖なる鎧よ、我に纏え」
アデイラの詠唱が聞こえた。タツト君が声の方へ走っていく。纏う魔法の鎧も風から聖属性に変わった。そのタツト君がナイフを手に持って、アデイラに斬りかかる。まだ濃霧は消えていないから俺達観客は何が起きてるのかがわかっていない。
もみ合う影の間で聖光が光る。が、それはすぐに掻き消えて、打撃音が聞こえる。
大半の観客は霧の中で起こっている戦闘の様子は見えてなかった。
だが、【神眼】で俺が”視た”のはこうだった。
迫るタツト君を杖で防御しながら、アデイラは聖光で吹っ飛ばそうとした。
タツト君は、魔素を自分に届く寸前でかき消し、更に追撃する。
容赦なくアデイラの腹に向かって蹴りを入れたが、軽い彼女は杖を支点に身体を跳ね上げて彼の背後に回るように体を回転させて避け、蹴りを入れた。
アデイラは杖を殴り飛ばすようにして後ろへ飛んでタツト君から距離を取った。
タツト君は風の礫を放ったと同時に霧も解除する。やっと観客の前に二人は姿を現した。タツト君はその魔法を追いかけて何度か斬撃を入れる。
タツト君も凄かったがアデイラも強かった。
アデイラは攻め込まれても決定的な瞬間は必ず避けた。魔力量も豊富だ。
このままどちらかが魔力か、体力の限界が訪れるまでこの拮抗状態が続くかに思われた。
だが。
タツト君が魔力を解放し、まとわりつく精霊を震わせた。
大きな魔法が来る。
「サンダーボルト!」
魔法名を叫んだ直後先ほどより強力な稲妻がタツト君の周囲に炸裂する。連鎖反応のようにフィールドを埋め尽くし、空気が帯電する。
アデイラが聖の鎧を纏う。その時、タツト君の魔法が発動した。
「
防御の魔法がかき消されてアデイラが感電した。
「きゃあああ!!」
その場に倒れ込んで、動かなくなった。
「それまで!」
タツト君の勝利がコールされて、そのあと彼もその場に倒れ込んだ。
二人共が医務室送りになるという異例の決勝だった。
「素晴らしい決勝でした。タツト様は雷属性が得意なのでしょうか?」
アーリアがマルティナに聞いた。
「いつもはあんな魔法使わないようですわ。多分、剣術か体術でおしまい、でしょうね。でも今日は試験だったから、あえて魔法を使った、ということでしょう。彼が雷属性を使えるとは思ってませんでした。彼の属性は風と火。そう聞いてましたわ。」
マルティナが俺の方をちらりと見てにんまりと笑った。
『視たでしょう?どう思って?』
と問われた気がした。
答えはもう少し後だ。
「もしかしたら、隠していたのかもしれませんね。冒険者は隠す傾向があるようですから。」
アーリアは当たり障りのないように会話を収めた。
秘密にしたいことはここでは言えないのだ。
二年度生の試合はお互いの属性を存分に引き出した、魔法の応酬だった。
視ごたえはあったが、タツト君の魔法の規模を考えるとこじんまりとした印象は免れなかった。
(勇者候補だからやっぱりチート持ってるんだろうな。しかもどうやら魔法の方に特化しているっぽいな)
最終学年度生の本日最終試合。
ウォルフォード・アクア・レングラントVSオクタヴィアン・グリン・カーボライト
ウォルフォードの顔つきが昨日とは違った。身体を纏う雰囲気も好戦的というか、威圧感があった。オクタヴィアンは緑色の髪、紺色の瞳の中肉中背の男だった。少し、ウォルフォードに呑まれているようだった。
「始め!」
開始直後、物凄い魔力が噴き上がるのを感じた。
「氷竜」
「聖竜」
ウォルフォードの背後に二匹の竜が顕現する。
氷の竜と、聖光の竜。
二匹の竜は絡み合いながら、大きくなって対戦者を威圧する。
オクタヴィアンの顔色は真っ青だった。
「行け。」
右手を相手に突き出してそう命じた。
大きな竜は相手に向かって行き、激突すると相手を跳ね飛ばした。
一瞬で意識を狩られた彼は競技場の端の壁にぶつかって崩れ落ちた。
「それまで!」
開始五分の出来事だった。
「さすがはフリネリアの弟さんですね。氷の騎士様ってあの氷の竜を見ると納得です!」
納得しちゃうんだ、アーリア。
「ではお声をかけていただけると嬉しいですわ。表彰式は彼が出るのですから。」
すぐに表彰式が始まって、アーリアから各学年の優勝者に勲章を下賜した。
残念ながらタツト君は出られなかったが担当教員が代理で受け取っていた。
ウォルフォードがアーリアの前で跪くと黄色い歓声が上がった。
確かに優雅な所作で王子様っぽいもんなあ。
表彰式も終わって明日は王都に戻る。
俺は夜中こっそり学院に忍び込んだ。
タツト君のステータスを盗み視るために。
タツト君の魔法、“
タツト君は医務室で寝ていた。ただの魔力切れだそうだから、ある程度戻ってくれば、普通に動けるようになる。
ただ、タツト君はかなりの量の持ち主だから目が覚めるのは明日の朝という見立てだった。
俺はタツト君の寝ているベッドの脇に立って、申し訳程度に謝りながら、ステータスを見た。
確かに隠蔽がかかっていてそのステータスの魔法属性は2種類。風と火だった。
隠蔽を看破すると、そこには全属性の文字と、“魔法創造”、“精霊眼”という固有スキルがあった。
―――――そして、“勇者の卵”という称号もあったのだった。
俺はそれを確認すると宿に戻り、翌日バーダットを出立したのだった。
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