後発組集結

第20話 上谷真悟(※上谷真悟SIDE)

 何でこんなところにいるんだろう?

 見渡す限り広がる麦畑。

 おかしい。俺は学校にいたはずじゃなかったか?

 確かに、いい天気だから日向ぼっことかいいなあとか、苦手な古典の先生の話にうつらうつらした頭で考えたけど。


「ここ、どこだー!?」


 叫んでも誰も気づかなかった。

 俺は途方に暮れてとにかく人がいる方を探して歩き、3時間は麦畑を彷徨い、麦畑の様子を見に来た農家のご主人に保護されたのだった。


 よく、ファンタジーで見る家族の構図が目の前で展開されている。

 若いご主人と奥さん、幼い娘と息子。野菜を煮込んだスープと堅いパン。

 そして何故か言葉が通じた。

 翌日村長さんと話して、俺は王都というところへ行くことになった。

 王都はこの村から北に馬車で1週間ほど。途中危険なところも通るので護衛が付く商会の馬車に乗せてもらった。

 何でも王様に会いに行かないといけないんだとか。

“彷徨い人”だからと、そう言われた。


 知らない世界に来たみたい、と言ったのに信じてくれた。“彷徨い人”はそういうものだと言われてるそうだ。初めて見たとみんな優しそうに笑っていた。

 少し別れるのが寂しかったが、俺はこの世界では一人なのだ。

 そういう話がよくあるラノベというのも知っていたけど、まさか自分がそうなるとは思わなかった。

 チートな能力とか、魔王を倒せとか、言われちゃうんだろうか。

 俺はごく普通の憶病な人間なんです。

 勘弁してください。


 王都に着いた。なんか水の都という言葉を思い出した。地理で習った、水に沈みそうな街。

 王様と王女に会って話を聞いた。王女様はめっちゃ可愛くてきれいだった。王様も当然イケメンだった。

 勇者になる可能性があるので協力してもらえないかとお願いされた。

 実は俺のほかに何人もいるという。

 ここにいれば衣食住は困らないし、この世界で生きる術も教えてくれると言っていた。

 とりあえず頷いて、部屋に案内された。質素で4畳半くらいのベッドとクローゼットと机と椅子がある部屋に案内された。兵士の宿舎だそうだ。トイレとお風呂は共同らしい。食事は兵士の食堂を使うように言われた。

 これから常識とかの勉強を終えたら剣術とか魔法の訓練を始めるそうだ。

 そう、この世界には魔法があるんだ!凄いよ!それだけは使えるようになりたいなあ。

 この世界も悪くないかもしれないな。


 そう思ってた時期が俺にもありました…。


「手と足の振り方が遅い!」

「とにかく走れ!」

「立ち止まったらあと50周!!」

「イ、イエッサー!!」


 俺はブートキャンプに来ているのかもしれない。いや、実際ここは兵士の訓練場なんだけど。

 座学の時は、この世界の生活器具や、一般常識を教えられてた。教室みたいなところで、やや年配の女性が教えてくれた。俺のほかには高校二年生の新垣悠斗にいがきゆうと、高校一年生の今井基いまいはじめそして俺、高校一年生の上谷真悟かみやしんご。今井とは同い年なのですぐに仲良くなった。プロのスポーツ選手を目指しているらしい。バスケだ。新垣さんはエリート進学校の学生で、東大に入る予定だとか。勉強が遅れると焦り気味。


「よう、しんちゃん。今日も元気か?」

 座学があと一日で終わると聞かされた日、いきなり声を背後からかけられた。

「え?…だ、誰?」

 見たことない顔だった。俺達より少し上に見える、やや長い髪を後ろでくくった細身で中背の男。…イケメンだ。

 そいつは肩を竦めて大げさな声で言った。

「またまた~ずっと一緒だったでしょ。現に俺は名前知ってるよ?やだなー俺の名前忘れた?宇佐見だよ、宇佐見明良。ラビちゃんて呼んでって言ったじゃんか?」

 えー。何それ、俺は知らないぞ?

 首を傾げているとそいつ、いやラビって呼べって言ったか。ラビは他の二人にも親しげに声をかけていた。


 それが不幸の始まりだった気がしてならない。


 たまにラビちゃん先輩と呼べと言ったり、この中で一番早く転移してきてるから一応先輩だし~先輩の言うことは聞かないとだめだよな~?といって黒い笑顔で扱かれたり。

 そう、なぜかこのブートキャンプを仕切っているのは”ラビちゃん先輩”こと、”宇佐見明良”なのだ。指導者は“カディス”という凄い人らしいけど。俺達が走ってる間、たまに姿が見えなかったりするんだけど、あれサボってるんじゃないよね?そうと言ってください。


「あ、まだ余裕あるみたいだからあと10周。そのあとに型稽古ー!がんばろー!」

 やけに抜けた声が聞こえた。指示が教官(ラビちゃん先輩にカディスさんをそう呼べと言われた)じゃなく、ラビちゃん先輩の声なのは不思議だ。教官は爽やかな笑顔で頷く。

 死ぬ。


「あ、死にそうだったら仕方ないから回復魔法掛けるけど…凄腕の治癒魔法士を呼んできたから。」

「宇佐見殿、またまたこの老いぼれを持ち上げて。何も出ませんよ?」

 優しそうなお爺ちゃんが爽やかに笑って答えてた。

 …え?死ぬことも許されないの?何この地獄。

 異世界転移でチートスキルはもらったはず(だと思う)なのに、ひたすら体を鍛えること2週間だった。


 たるんだ身体が引き締まったのは言うまでもないけど素直に喜べないのは何故なんだろうか。

 そういえば噂に聞くところによると、俺達の他に11人いるらしい。その内の一人はたまにこっちに来る、勇者になる気のない、開業医の先生。その11人にはあまり会うことがない。訓練場所が違うらしい。

 宿舎でたまにすれ違うだけで、食事の時間も違うみたいだから実は名前も知らない。向こうの集団には女の子がいるらしいんだけどね。

 とにかく毎日クタクタで何も考えずに寝てしまうことが多いから気にはならないけど。

 俺達に体力が付いてからそれぞれにあった得物選びをして、それに合った武術訓練に入った。それと一緒に魔法を使う訓練。俺達は皆魔力が高いらしい。

 先生はなんとラビちゃん先輩。

 魔法を使える教師は少なくて向こうの集団にやっと一人専属でついてるくらい人手がないとか。

 でもラビちゃん先輩は実はすごかった。あの人こそ、魔法チート持ちだよ!

 まず使えない属性がない。俺は風と火に適性があって、他に無属性と生活魔法が使える。そして俺は水とか土の魔法が使えない。でもラビちゃん先輩はなんでも出来ちゃう。器用貧乏なんだと言っていた。嘘だろ。

 俺達それぞれに指導して更に自分の訓練とかしているらしい。すでに冒険者C級なんだとか。

 …そこで俺は不思議に思った。一緒に座学受けてたはずが、いつどうして冒険者の仕事してんの?あれ?

 なんだかもやもやしたが聞いたら死ぬより辛い目に遭いそうなんで黙っとこう。

 俺達のあとも”彷徨い人”は、やってきた。今は座学を受けている人が何人かいる。

 そのうち、この地獄のブートキャンプに合流するんだろう。可哀想に。


 そして魔法も武術の方もそこそこ形になった時、俺達3人は冒険者として王都の外に出ることになった。

 引率は教官とラビちゃん先輩、凄腕の治癒魔法士の開業医先生だった。

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