#63 Money
「 " ボア " ってあの有名な旅行雑誌の……? 嘘……? ミドリさんたち、あの雑誌の編集部なんですか?」
「正確には、フリーの契約社員として雇ってもらってるんよ。実際の編集に携わることはほとんどなくて現地に行って直接情報を収集してくるライターみたいな仕事がほとんど」
「ま、要は全国各地を飛び回る使い勝手のいいコマってことだな」
貴一さんが不貞腐れて言った。
「こんな不況の時代に、やりたい仕事が貰えるだけでもありがたいじゃない」
「こんな胡散臭いツアーでも、か?」
「それは、私だってまさかこんなことになるとは思わなかったけど。試み自体は目を引くものがあった。それに、あまり日本に浸透してない旅行形態だから面白いって編集長が推したんだから、行かないわけにはいかないでしょ」
「ふん……っ、俺はそう思わないけどな」
貴一さんは頭をポリポリと掻いて、溜息をついた。
「ボアに入る前、フリーランスの時にこういう怪しいツアーに何度か行ったことがある」
「そうなの?」
「そん時は金がなくて、そういう色物でも取材しなきゃ生活できなかったからな」
「怪しいツアーってまさか?」
「ああ、蓋を開けてみればどれもほとんどが宗教団体や暴力団の資金集めに利用されてた」
「どんな旅行だったんですか……?」
私は興味本位で尋ねた。
「詳しくは言えない。だが、人間って生き物は愉悦のために倫理を捨てる。世の中にはそういう旅行もあるってこった」
「貴一、おしゃべりが過ぎるわ。業界の禁忌は他言無用、そういうルールでしょ」
「へいへい」
旅行業界がそういう闇と繋がっているとは知らなかった。私達はそうと知らず、ネットで見つけた面白そうなツアーに参加して、その良し悪しに依らず、代金を支払っていた。いつ危険な目に遭っていたか分からないのに、特に考えもなく画面の決裁ボタンをクリックしていた。でも、私達にそれを見抜く術はあるか、いや、ない。今回だってそうだ。『マジカル・ジャーニー』はどうなる?
「そういう意味じゃ、このツアーを運営してるイー・トラベルはシロだ。あのイー・グループの傘下で、超が付くほどの優良企業。売上低調とは言え、固定客の高齢化問題がネックになってるだけで新規開拓なしに長年堅調を維持できたのはもはや奇跡と言っていい。旅行業界ってのは必ずしも堅い商売じゃないからな」
「だから『マジカル・ジャーニー』は異例も異例。競合他社でもここまで攻めた企画はなかったもんね。よく上層部が認めたもんよ」
また美佳さんの話が挙がった。私は正臣さんの顔を確認する。彼の顔は終始暗く、すっかり青ざめていた。もうこの状況に悲観して耐えられないという様子だった。
「あの……、ミドリさん、少しいいですか?」
「えーと……、文乃ちゃん、だったよね? どうかした?」
私は伊谷さんと千紗の顔を交互に見やって頷く。
「貴一さんとミドリさんに、お話しておきたいことがあるんです」
それから私は二階で起きた惨状の裏側から、これまでの『魔法』のカラクリを一つずつ説明した。正臣さんが美佳さんの実弟であること、伊谷さんが元プロマジシャンであることなどを付け加えながら、四人で話し合ったことの全てを話した。伊谷さんの言葉を信じれば、いま二階の大広間に集まっている者だけが魔女の従者で、一階に集まっているの純粋な参加者。ここで先に二人に話しておく方が得策だと思った。
「―――――それ、すべて本当の話だったら私達がいま置かれてる状況は最悪ってことなんよね」
ミドリさんは頭を抱え、髪を掻き上げる。対する貴一さんは物思いにふけながら、しきりに貧乏ゆすりをし始めた。
「衛星電話もAEDも見つからないことですし……、とりあえず二階に戻って皆さんにこのことを話そうと思っているんですが」
「でも、その……魔女の従者?の皆さんもいるんよね?」
「そう、ですね。だから伝え方は少し工夫した方がいいとは思っていますが」
その時、不意に貴一さんが呟いた。
「臭うな」
「臭う? 貴一、それどういう意味?」
「イー・トラベルがこのモニターツアーにいくら投資したか知らないが、今までの実績を考えれば、大きな金額は動かないはずだ」
「それはその通りね。ああいう会社は、毎期ギリギリの金勘定でやってるはずだもの。元々企画作成のための余剰予算は組まれていなかったはず」
「だよな。そう考えると、そのお嬢ちゃんの話を信じれば、通常のモニターツアーなんかじゃ賄えない莫大な資金が必要になるはずだ。各事務所へのタレント料、大型車両のレンタル費用、改造費、その他諸々の制作費用……、そのお金はどこから来てるんだ?」
「確かに……」
「これはもう旅行でもなんでもない。盛大なマジックショーだ。人運んで、宿に泊めるだけの、簡単な仕事じゃない。とてもあんな小さい企業に払えるような金額じゃないってこった」
「じゃあ、イー・トラベルもやっぱり裏に何らかの団体がついてるってこと?」
「可能性はゼロじゃないが、その団体Xの投資目的が不明だ。さすがにこんな訳の分からないツアーにお金をつぎ込むようなバカはいないだろ。せいぜい俺らが払ってる参加費用程度のちっぽけなもんだ」
私には難しい話は分からない。でも、彼らは大事なことを忘れている。
「貴一さん、ミドリさん、先ほどお話しした通り、すでに人がひとり殺されているんです。それも計画的に、用意周到に。お金の動きより、まず命の話をしましょう」
そう勇んで言うと、貴一さんが半開きの目で気怠そうに答えた。
「だーかーらー、金の話をしてんだ」
「え?」
「金が誰の元に流れたか、どういう目的で流したか。そういう金の流れが見えれば、旅行の裏側が見える。自ずと犯人とその動機が見えてくる。金の流れを捉えるってのは大事なことだ」
「そう……、でしたか。すいません」
「気にしないで、文乃ちゃん」
私が鼻白むと、ミドリさんがすかさず声を掛けてくれた。
「この人、こういう言い方しかできないのよ」
「いちいち俺をヒールに仕立て上げないでくれよな」
「だったらその鼻につく物言いを直せばいいんよ。そしたら出て行った元奥さんも戻ってきてくれるかもよ」
「あぁ? いまその話は関係ないだろ」
「さあ? 本当に関係ないのかしら」
二人が互いに睨み合っていると、その間におずおずと割って入る弱々しい声。
「あの……、あ、いや、申し訳ない」
伊谷さんだ。彼は眉を八の字に曲げて何か言いにくそうにしていた。
「伊谷と申します」
「ああ……、昔テレビに出てた、マジシャンの方」
「あ、はい、そうです。恐縮です。で、その、さっきお二人が話していた……、団体X、とやらなんですが。それは例えばマジシャンのプロデュース会社ということは考えられないでしょうか」
「……なるほどな」
貴一さんは半ば納得したように頷いた。
「これを旅行じゃなく、マジックショーだと考えれば、そもそもこれはマジシャンの領分ということになるな。資金援助を行うついでに事務所のマジシャンを送り込み、ショーそのものの演出を担った……ってシナリオか」
「そうです。私達は最初から旅行という箱舟に乗った気でいただけで、実際にはマジックステージの俎上に乗せられていたと考えれば、それだけ大きな金額が動くことも想定できます」
「ふん……、確かに尤もらしい考えだが、その可能性はほぼないと言っていいだろうな」
「え?」
「その会社がマジックとして、マジシャンを売り込みたいのなら、この旅行の最後に『今までの魔法はマジックで、全てタネがあります』と説明する必要がある。魔法が存在する世界観を大事にしたいイー・トラベル側とは思惑を違えることになる」
貴一さんのいうことも一理ある。運営側の美佳さんの願いは、参加者に『魔法』を使える楽しさを知って欲しいからだ。その裏にはタネがあります、と水を差されたくはないだろう。
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