#49 Student
「そう言うお前は、大学生か」
「当たりです」
「大学生ってのは世間のイメージもバラバラだ。暇があることにかまけて遊んでる奴もいりゃ、真面目に授業出てそつなく成績取ってる奴もいる。なかには本業の学問を忘れて色んな事に挑戦してる奴もいるしな。同じ授業出てても全く年齢の違う奴がいて、一括りに大学生っても色々だ。それでも一つだけ言えるな、『大学生は頭がイイ』―――――良くも悪くもだ、このイメージだけは共通してる。否応なくそういう風に見られる人種だよな」
「清川さんは大学を出られてないんですか」
「見ての通りだ。昔からバカばっかやって、高校もロクに出てねぇ」
「お世辞じゃないですけど、私、清川さんのことは頭が良い人だと思っています。滲み出る知性みたいなものを貴方から感じるんです」
清川は顎をさすって口角をにやりと上げる。
「ほお、分かってんじゃねえか」
「本当に大学を出られてないんですか?」
「そう言ってんだろ」
「やけに大学生についてお詳しいので。大学生になったことがあるのかと」
「だから、なったことは無ぇって……」
口を真一文字に結ぶ清川。
私がじっと彼の顔を見つめると、彼は深い溜息と一緒にその重い口を開き始めた。
「―――――地元はよ、長らく手付かずだった丘陵地帯で、俺が生まれる少し前に開拓が進んだニュータウンだ。住み着く人間に土着の人間なんていない。そりゃ当然だよな。だから俺らに地元愛なんてものはねぇ、あるのは都会への強い憧れ、それだけだ」
「何の話ですか?」
「いいから黙って聞け」
清川は溜息交じりに言葉を続けた。
「仲の良かったダチはみんな中学校を卒業してすぐに、いや、半分くれぇの奴らが小学校卒業を機に私立の学校に進学していった。残された俺らはよ、しょうもねぇ劣等感に押しつぶされて腐ってったんだ。カネもねぇ、頭もよくねぇ、ホコリもプライドもねぇ。そうすっとよ、人間はどういう行動に出るか分かるか?」
「いえ……」
「潔く死ぬか、意地で生きるか、どっちかだ」
私がごくりと小さな喉仏を垂下させると、清川が「はっ」と短く笑った。
「実際に死ぬわけじゃねぇぞ、社会的にってこった。高みを目指す努力をするのか、自ら掃き溜めに流されるのか、その二択ってことだぞ」
「あ、なんだ……、そういうことですか」
「で、しばらくして、三城に残された俺らもその二択に迫られた。ほとんどの奴らが、死ぬことを選んだ。実家で親の脛をかじって生活してる奴らもいれば、日がな玉打ちに出掛けてる奴もいる。そういう奴らを間近に見て俺はそういう人生も悪くないかって思い始めたんだ。このまま
清川の見つめる先、遠くなる目線が黒いカーテンに吸い込まれていく。
「小学校で成人式があったんだ。かつて都会の私立に出てったダチと、三城で寝腐ってたダチが一堂に会した。折り目の揃った綺麗なスーツを着たダチ、かび臭い袴を着て大股を開くダチ、誰の目にも分かった。あいつが受験組、こいつは地元組ってな。恰好だけじゃねえ、言葉遣いも気品もまるで違うんだよ。懐かしいなって肩を叩き合うのはやっぱり背格好の同じダチ同士だ。まるで天国と地獄を分ける関所にいるような気分だった。俺はまた二択に迫られている、そう思った」
「どちらを選んだんですか?」
「俺は、生きる方を選んだ。高みを目指そうと思ったんだ」
「それで上京されたんですか。大学に進学するために?」
「いや、大学に進学しようとは思わなかった。今さら足掻いてもアイツらとの差は縮まらねぇからな。だから別の道を選んだ」
「別の道というのは……?」
私は手すりに腕を乗せ、腰を浮かせる。
「……」
清川は言葉を選んでいるようだ。しばらく固まったまま、微動だにしなかった。
私は痺れを切らし、彼の肩を掴んで揺らす。
「清川さん! 教えてください! 大学受験をしなくても、大学生になれる方法があるってことですよね!」
「おい! デケぇ声で変なこと言うな!」
「だってそういう言い方じゃないですか」
「おめぇ耳腐ってんのか? そんなこと一言も言ってねぇだろうが。それに何度も言ってるが、大学生になったことはない。それは間違いない。もちろん裏入学みたいなセコいこともしてねぇ」
「じゃあ、別の道ってなんですか?」
「別の道ってのは―――――ああ、もういい。誰にも言うなよ」
私は周囲を確認し、体を微かに彼の方に傾け、耳をすます。
「前に大学の取材をさせてもらったことがある」
「取材?」
「その時に書いてた作品に、どうしても大学生を出したかったんだ」
「作品?」
「そこでホンモノの大学生を知るために、近所の居酒屋で捕まえた知り合いの大学生に頼み込んで一か月の間、ソイツの大学に忍び込ませてもらった。でけぇ講堂で授業にも出た、食堂で飯も食った、サークルにも参加した……、存分にスクールライフを堪能させてもらったよ」
「ちょっと待ってください。貴方、何者なんですか……?」
「俺は、漫画原作のシナリオライターをやってる」
ま、漫画?
う、嘘だ……。
こんなザ・不良みたいな風貌をした男が漫画を描くなんて繊細な作業をしている訳がない。正直、信じられない。不良漫画のモデルとして漫画家から毎月お駄賃を貰っています、と言われた方がよほど信ぴょう性がある。だって彼はどう見たって絵にされる側の人間だろう。
「あ、ありえません……」
「あのな、別に俺が描くわけじゃないぞ? デカい制作スタジオで働くシナリオライターのひとりってだけだ。俺らライターは作品のあらすじを文章にして、それをある程度のラフ画に起こす。ただラフ画と言っても、シナリオに沿ったページ配分を考えるだけで、具体的なコマ割りとか立ち絵の配置やなんかはチーフライターが担当する。そうやってなんとか形になった原稿を、作画担当の作家の所に持っていってようやく漫画が完成し、市場に出回ることになる。だから俺の仕事は絵を描くことじゃなく、その絵の元になる一番最初の段階を任せてもらってるだけだ」
「なんだか私の考える漫画家さんと違います」
「漫画も立派な
「なんだかそれは寂しいというか……、世の中ってそういうものなんでしょうか」
「そうでもしねぇと生きていけねんだよ、特に俺らみたいな才能も経験も無ぇ奴らはよ。でも俺は何もかも達観するつもりはねえ。さっきも言ったろ? 意地で生きる……、高みを目指すためにってよ」
「じゃあ、清川さんにとってその高みって―――――」
清川は不敵な笑みを浮かべた。
「日本で一番面白れぇ原作を書いて、日本一の漫画家にそれを描かせる。出版部数一億越え、印税で一生暮らせる大金持ちになるこった」
彼の野心に満ち溢れた狂気の笑みが膜を張ったように私の視界いっぱいに広がる。何度瞬きをしてもその不気味な笑顔が離れない。私はまたも彼の『黒』に呑み込まれていた。
「そのために今は色んな奴らを取材する。学生、サラリーマン、スポーツ選手、官僚、麻薬中毒者に、ヤクザ……、ホンモノに触れて、この目で感じて、それを漫画にしていく。何が面白いかなんて分かんねぇ、当人たちでさえ分からねぇんだからな。だから俺がそれを掘り上げてやる。色んな奴らの生き方をどんどん吸収するんだ。世間に面白いと言わせる作品を書くためにな」
彼の内奥に宿る『黒』は、色んな人物を取材し、多様な人生を吸収したために混ざり合った色だったんだ。だからヤンキーみたいな風貌をしていても、どこか知性を感じさせる大学生のように見えたり、不思議な発言をする電波ちゃんに見えたり、無意識に女性を魅了する色男に見えたりしたのだ。
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