第15話
進めば都とよく言ったようなものだ。実際に目の前にあるのは人の群衆だけで、極楽浄土も伊豆の都も見えてこない。
「うんしょっと」
声と足に力を入れ前に進むと、人がだんだんと裂け、歩きやすくなってくる。
きっと茜が直ぐ目の前にいるのだろう。
「ちょ、っと、通りますね!」
腕を通し道を広げたり、足から入れて無理やりに体を通したりと様々な方法で人波を進んでいく。
何回かそれを繰り返していくと道は狭まり、素行不良な人たちが集まりが多くなってきている。
そんな人たちが大勢いる場所に行かれたら、さすがの茜でも心配になって。
「ちょっと通らしてッ!」
「んだようっせぇなぁ! ここに俺らいんのがわかんねーのか――ぶぐふッ!」
しないよね。うん、ボク分かってたもん。
きっと茜がやったと思われる男の悲鳴が幾つも流れ、そして金属が揺れる大きな音が響いた。
「俺も、早くッ!」
押し戻されそうな体を抑えるために手を前に伸ばすと、金属なのか棒状のものが手に触れた。
それを引き寄せるように引っ張り、体を人だかりの中から抜かせる。
「でれ、た……ッ!?」
どうやら掴んでいた物は校門の鉄柵だったらしく、勢い余ってぶつかったからに地味な衝撃を与えた。
だが、それ以上に俺に衝撃を与えるものが目に入った。
頭から鉄柵を離し茜がいるであろう前を見てみると。
「朝やってきといてよかったわー」
衣服の乱され、所々破けたり、汚れたりしている女性の姿があった。
男性教師たちがその女生徒の周りに群がり、観察をするかのように上から眺め、少人数の女性教師たちが男性教師たちを咎めては女生徒の頬を叩いて大紅としたり、この場から離れさせようという解決策を出さずんグダグダとしている。
「なんであんなに無能なんだよ!」
既に柵を越えて走り出している茜が切り捨てるように口から放った。
それはごもっともだ。
同じ女性という立場の茜から見れば、きっとほぼ裸の状態で、他者に見下ろされている状況ならば必然にも装思ってしまうものなのだろう。
だが俺には一つ、驚きが出来た。
その女が茜を虐めているグループの主犯だからだ。
「まあ茜だしな」
茜だからしょうがないといえばしょうがないが、やはり他人から見ていれば傷つけておいて自分が傷ついたときに助けてもらおうとはおこがましすぎてイライラしてしまう。
だが彼女がそんなの関係なしに助けようとしているのだ。それならば手を貸してやるのが当たり前だろう。
「でもさ。これってあんまりじゃね?」
俺の目の前には無情にも高く築かれた鉄柵が茜との道のりを阻んでいた。
*
なんとかして柵を切り抜けると、強張った表情で先生から奪ったと思われるスーツを被せている茜の元に駆けつける。
「顔が見たくないのならもう下がってても大丈夫だよ? 後は俺と先生がやるから」
「大輝……着いてくるなって言ったのによ」
「それでも着いていくのが彼氏の役目ですよ。わがままでちょっと口のキツイ美しいお嬢様」
「ちょっとってなお前。でもまぁ、こんなことが許されるんだったらわがままでも良いかもな」
ゆっくりと腰を下ろし小刻みに震わした頭を近づけ、額を俺の肩に近づける。
そして額がぶつかりそうになった瞬間。
茜は驚いたように顔を上げ、俺から体を逸らした。
「ん? どしたの?」
「いや、なんでもない。んじゃ私は今日はもう帰るわ」
額を押し付けなかったかわりというものなのか、茜は俺の方を叩いて横を過ぎていく。
「今日は先生には休みってことにしておいて貰うから。また明日ね」
二、三度茜に手を振り、俺は教師たちを睨む。
「なんだね元根くん。それとなんですか? その反抗心に染まった目は。生徒指導の対象になりかねませんよ!」
「何意味不明なこといってんだよ。ただの目つきだけで生徒指導の対象になるんだったら茜は毎日っていうか毎時間なってるよ」
「そ! そんなことより元根くん。閉鎖していた校門を勝手に入ってきて。自分おがやったこと、しっかりと理解していますか?」
早速の話題転換。
男性教師たちは焦ったようにその場から離れ、俺の前にたち威圧のように説教ムードを出してきている。
きっとこれがいつものように何もない場面ならばすぐさま折れ、へこんだように自分の教室に戻っていただろう。
だが今は様々な生徒、目撃者たちがそれをみているのだ。暴力という物理的な強制は出来ず、論での強制も、先程までの敵輪を見ていた誰かしらの生徒は何か言えば、即刻俺は解放されるだろう。
俺は今自由なのだ。
誰にも邪魔されずに誰かの邪魔ができ、それを咎めるものは折らず、。逆に賞賛するものたちが俺の周りに群がる。
いつもは見下されている俺が、今は完全的な勝利を手にしたことの愉悦を抑えずに、頬を緩める。
「先生。あなたがそんなこといえるんですか? 無残にも公の場にほぼ裸体の状態で置かれている女子生徒を視漢していた先生」
「なっ、お前!」
図星だったのか、顔を赤くし、俺に殴りかかってくる。
もちろん俺は避けも泣きもいない。
殴られれば教育委員会に訴えると脅し面白く出来るし、怪我をすればお金も手に入れることができる。逆に殴らなかったとしても、それはそれで俺の体の保身ができるのだ。
「藍崖先生! 生徒に手をだそうとするなんて、あなたそれでも教師ですか!?」
うわー、出ましたよ。
声にこそ出さないが、呆れたようにため息をこぼす。
先程までの行いをなかったことにしようと起点をきかせ、周りにあるもの全て使い自分だけは生き残ろうとする奴。
まさに先生はそれだ。
「で、ですがこの生徒は!」
「この生徒は、なんですか?」
教師陣が固まっていたせいで見えなかったが、そうやら新しい先生が着たみたいだ。
どこか聞き覚えのある、耳慣れした面倒くさいというのが印象として出てくるこの声。
「答えて欲しいところですが……ふむ。元根くん、君は彼女を保健室に。そしてあなた方教師は全員校長室まで着いて来てもらいましょうか」
教師たちの小さな呻き声が漏れると共に教師の壁は削がれていき、最後の一人、藍崖先生だけになり、脇からスーツが見えた。
確かこのスーツは。
「校長先生。おはようございます」
「ああおはよう。それじゃあよろしく頼んだよ、元根くん」
校長先生の常時着用するスーツだ。当然着ている人も校長であり、堀の深い若干ふけたように垂れ下がる頬が目に入る。
その頬を少し持ち上げて優しく俺に微笑んでくると、一瞬で雰囲気を変え、教師たちに振り返る。
「さぁ、いきますよ? 理由次第では退職はなしにしてあげますので」
先程の保身に長けた教師ですら逃げ道がないのか、明らかに堕ちた様子で、先程までの「私今すっごい教師してる!」なんていうふざけたような雰囲気は欠片と感じられない。
「俺も俺で頼まれごとしなくちゃな」
遠くなっていく校長たちを適当に見送ると、ガサツに掛けられてあるスーツを着させる。
「ほら。歩くよ? とりあえず保健室までいくから、それまでは自分でも歩いてくれ」
頼んだのはもちろん筋力がないや、体力がもたないなどのくだらない理由ではない。
茜に危害をくわえる奴の体に触れたくないからだ。
ただの自己満足のようなもののため、女子のよく言う「生理的にむりー」なんていう絶対に触れられないなんてものはないが、気分的に優れたものではないからだ。
ダランとぶら下がる腕を首を回し持ち上げ、臀部を触らないようにと、腰の辺りを探し、手を添える。
「はぁ。明日茜に何か言われちゃうかな?」
そんな杞憂にもにた世迷言をもらしながら、虐めグループの主犯、赤貫を保健室に運んだ。
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