第12話

 ――ミーンミンミンミン。

 「……朝、か」

 俺はいつもの様に生き物の鳴き声で目覚める。

 自分でもどんなリッチな朝をしているんだと思うが、冷静になると、実際には木に止まった小鳥の囀りや、今の様にセミの鳴き声だけで、実際には壁の薄い部屋で、外の音が筒抜けに聞こえる家ってだけの程度だ。

 毛布を剥ぐと、昨日と、今までと同じの立派に肥えた腹が見えた。

 「……腹減った」

 よく考えてみると、昨日は帰ってきて早々に寝てしまったのだ。

 道理でと思い、部屋の中を見渡してみる。

 「何も、ない、か。匂いもあるし……朝飯もう出来てるかな?」

 漂ってくるコーヒーの匂いに気付くと、自然と剥いだ毛布を投げ捨て扉を乱暴に開き、階段を下っていた。

 「母さん! ご飯できてる?」

 怒鳴るように言うと、一日たって気分が治ったのか、優のいる二階の俺とは反対側にある部屋から、壁ドンする音が響く、がもちろん無視をし、一階へとドタドタ階段を階段を下っていく。

 「昨日の夜のもあるし、朝の分も作ってるわよー」

 一回につき目が合うと、母さんは冷蔵庫から昨日の晩飯らしきものをとりだし俺に見せてきた。

 「ホント!? じゃあ両方食べるわ」

 「そう言うと思ってたよ! 持ってけ泥棒!」

 何故か夜ででハイなテンションになっている母さんはおいておき、俺は一食ぶりの朝食にありついた。

     *

 今日も今日とて俺は坂道を登りきり、バーガK-に来ていた。

 レジ担当の茜は、やはり気分は焼失しており、昨日のような笑顔は見せずに、無表情で、稀に落ち込んだ表情をするだけで決して笑顔は見せない。

 「今日はビックバーガー二つと、ポテト三つ。あとコーラのMを二つでお願い」

 「おう……」

 昨日のように、その場で大声で厨房の人に呼びかけたり、なんてことはせずに、歩いて後ろのパネルを弄り注文していた。

 やはりと言うべきか、茜の腕には何も浸かられておらず、物惜しいのか、自分の手を巻いたりなどしている。

 「はぁ……。今日も待ってるから終わったら来てね」

 厨房から出てきたコック服のような白が特徴の服を着た堅物のような人から、頼んだバーガーなどの入ったトレーと、いつも見るような袋の空の物を渡された。

 きっと持ち帰ることを知っていたのだろう。

 「やっぱりこの体型だと一発で覚えちゃいますか?」

 笑いながら冗談めかして聞く。

 コック帽を深く被った男も微笑し、直ぐに緩んだ雰囲気を引き戻し、堅苦しいものになる。

 そして、ゆっくりと腕をあけた。

 「……?」

 反射的に避けてしまうが、その腕はどうやら誰にも危害を加えるとしたものではなく、コック帽を脱ぐためのものだった。

 男は伸びた腕でコック帽を脱ぐと、俺に笑って見せた。

 「まさか。お前の友人さんだぞ? 覚えてないほうがヤバイだろ」

 その人物は、自らが言ったように俺の友人で、同じ学校にいて、もっと言えば同じクラスにいる奴だ。

 「おお、伊賀さんではありませんか。こんなところで汚歴を増やそうとしていたのですか?」

 伊賀はよく、何に使うお金かは分からないが、何かとバイトをこなしており、そして一週間もたたずにクビを言い渡される始末の汚業を重ねるような奴だ。

 別に普段ならば少し茶化すくらいなのだが、ここは気に入っている場所以前に茜の働いている店だ。面白くもない不祥事を起こされ、茜にとばっちりなんか食らわせたくはない。

 冗談にしては度が過ぎているが、いつまで経っても緩んだ口許を直さない伊賀に少し強めな声で言った。

 「本当にここでなにやってんだ」

 「おっと。そんな物言いとは心外だな」

 わざとらしく驚いた表情を作り、顔に貼り付ける。

 茜のほうを見てみれば、もうシフトが終わったのか、レジから厨房へと歩いていく。

 伊賀もそれを見ていたのか、茜が出て行ったのを図ったようにこちらに寄ってきた。

 「関城さん。なんか左手気にしてたけどさ。なんかあったのか? 全くと言っても良いほどに仕事ができていなかったぞ」

 「ッああ、茜が迷惑掛けた。原因は分かっている。解決も出来るから大丈夫だ。ありがとう」

 「まあな。俺はお前の友達だからな。このくらいはしてやれるさ」

 伊賀はそれだけ言うと、仕事がまだ残っているのか急ぎ足で厨房に戻っていく。

 ――ありがとな、伊賀。

 言葉でいうことは出来ないかわり、心の中で感謝をこめた。

 「おうよ」

 「ッ!?」

 伝わったのか、伊賀は後ろ向きのまま手を振っていた。

 「まったく。お前は本当に何がなんだか分からん奴だよ」

 俺は手渡されたトレーを手に、食事スペースに向った。

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