第13章 忘却ノ町ニ散ル花弁-6
地面に這いつくばる格好では何ら否定も出来ない。それだけならまだしも、こんな小さい女の子に馬乗りの姿勢のまま、両手諸共抑え込まれている状態だ。ミゲルはミゲルで茶番に付き合わせた事を根に持っているのか、見下したまま助ける素振りすらない。
「煩いなぁ。傍観していないで助けてよ。……ってか、ハルさん~こんな事をしても無駄だよ。ミゲルの動き見たでしょ? 人間の状態であれだよ、あんた達が敵う相手じゃないって」
ここまで不利な状況で食い下がってくるタイプも珍しい。エンダが超人的な能力を発揮出来るのは獣相手だけだ。良心の呵責……獣を狩る生業も大義名分があるからこそ出来る所業である。どれ程 抵抗しようとも、結局最後は自分達(にんげん)を前にして躊躇してしまう。そうやって世界に絶望を抱き死んでいったエンダを数多く見てきた。
「……何故あの男は獣の姿に成れる? 先の土地ではそんな獣も存在しているのか?」
人間に戻ったところをはっきりと見た訳ではない。しかし獣が居るべき場所に、当然のように倒れていればそう判断するのは妥当だろう。あんな獣が先の土地に犇めいていると思うだけで、思わず身の毛がよだつ。
「言ウ必要はナイ」
間髪いれずに戒める声が飛んで、ルートヴィッヒが肩をすぼめた。
「まぁいい。エンダ以外にも獣に成りえる輩が存在するんだな。それが分かっただけでも良しとしよう」
抑揚のない声は、何処か現実離れした余裕が感じられた。自暴自棄になっているのか、はたまた別の一手があるのか……出会った時から思考の読めない相手に、ルートヴィッヒは眉を細める。加えてトリガーの属性を周知しているのか、腕まわりを中心とした拘束加減が癪だ。
「……エンダ以外にも、か。色々と知ってる感じだね。そう言えば、どうして君には術(ちゃーむ)が効かないの? 結構強力なやつなのに。君に効いてたらこんな面倒なことしなくても済んだんだ。お陰で野郎相手に繰り出す羽目になっちゃってさ~いつ気が付いたんだよ? 僕の術にさってイタタタタタ」
先に狙われたのは自分だった……対魔法や術に耐性がありどこまで効いたかは定かではないが、感情を操られると聞けばいい気持ちはしない。カラーで初めて声を掛けられた瞬間に只者ではないと感じていた。
湧き上がる嫌悪感だ。無表情のまま締め上げる力を強めると、タロに預けたピアスの存在に意識を向けて小さく呟きを返す。
「鼻が利く方だ。加えて身に付けている魔石がお前の術に上手く反応したのだろう。それはそうと早く元の術を解け。不愉快だ」
「解く訳ないでしょ。自分の立場、分かってんの? 全く変な子だよね、君。それにしても魔石かぁ、時々侮れない働きをするから、困るんだよなぁ」
顔を地面に押し付けられながらも何とかそう言葉にする。ハルの手中から逃れることは出来ないが、ミゲルが戦闘モード(けもの)になれば一瞬で片が付く。ルートヴィッヒは現状をそう捉えるとニヤリと口元を上げた。
「そうか……では殺す。術師が死ねばさすがに解けるだろう」
「は?」
地底から響くような声だった。傍観を決め込んでいたミゲルでさえもピクリと空気を変えた。
「ちょ、ちょっと! 冗談は止めてよね」
何の躊躇もなくこのまま首を掻き切りそうな雰囲気だ。エンダの足掻きに「やれやれ」と、ミゲルは腰に下げた棍棒を抜き出してザッと脚を踏み出す。一歩近づく度にその殺気は空気を揺らした。
「コノ状況デ笑えナイ冗談デス。只デさえ茶番ニ付き合ワサレテ気分が悪イ。サッサと殺シテしまいまショウ。時間の無駄デス」
迸る殺気は本気の証だ。凄惨な殺しになることが容易に想像できて、ルートヴィッヒは苦笑いを口元に浮かべた。エンダを狩る立場になって久しいが、この瞬間だけはどうも慣れない。僅かばかりの良心に『今更だ』とそんな想いが脳裏を過る。
「残念だが冗談は好きじゃない。さて、協会……いやお前らの主人はロバ? だったか。随分と姑息な奴らしい。こんな手の込んだ事をしてまで、ヒーシャ一人を狙うとはな。余程弱い者いじめがお好きなようだ」
ワザと言い間違えたことは明らかだ。ミゲルの腕が一気に膨れ上がり、服を粉々に切り裂いた。そこから現れた黒光りした肌に、ハルはピクリと瞳を細める。
「ち、ちょっと、なに言い出してるの? 僕の立場が悪くなるような言い方は止め……」
焦る声を上げるルートヴィッヒが次の瞬間には息を殺した。ミゲルは絶対的な忠誠をラバに誓っている。その献身さに至っては右に出る者がいないといわれる程なのだ。暫しの沈黙後、ミゲルは右手に携えた棍棒を怒りに任せて振り落した。
「貴方、ラバ様が姑息ナドとヨクも……次ノ王に成ラレるお方デス。ソノ年老イたヒーシャはエンダの理カラ道ヲ外したのデス。ラバ様ノ忠告も聞かズニネ。殺さレテ当然デス。異分子ハ排除しなケレバ、絶対数は決まッテいるのデスカラ」
「ちょ、ちょっとミゲル。情報を漏らし過ぎ。僕の比じゃないよ?」
頭に血が上っているとはいえ、誘う言葉に次から次へと欲していた答えが出てくる。ハルは一度息を飲んで冷ややかな視線を向けた。ミゲルの怒りのオーラは、今にも着衣を破って獣の姿に変貌を遂げそうだ。ハルは口元を更に引き上げた。
「ふ、王か。馬面骸骨の奴もそんな事を言っていたな。そもそも王となる基準もどうだ? 実力がないやつに最適な仕組みじゃないか。まぁ残忍さから言えば、馬面骸骨の方が支配力は上だった。こんな狂った世界だ。次の王は奴こそが相応しい」
馬面骸骨の存在が出るとは思っても居なかったのだろう。ルートヴィッヒは驚愕の表情を浮かべ言葉を無くした。扉を開けるまでが光(せんどうしゃ)の役割であり、その後エンダとの接触を一切禁じられている。エンダがこの世界での姿を見る機会など有る筈もない。協会や粛清者が存在し、エンダを粛清するのはその為だ。
「アンナ下衆とラバ様ヲ比ベルとは何事カ! グランダ様とはソモソモ格が違うお方だ。己が連レテきたエンダがコノ世界ノ覇者とナッタ時、世界ノ王ハ決まル。アノ方コソガ混沌とした世界の王と成ルニ相応シイお方。ソノ大義ノ為ナレバ、人ノ道ニ外れヨウトも小サナ事ダ!」
ミゲルを中心に大気が渦となって巻き込まれていく。しかしハルの関心は、ミゲルが放った言葉だけにただただ向けられた。
『そうか……そうだったのか。何故、光(せんどうしゃ)がエンダをこの世界に引き込むのか、何故エンダ同士で殺し合いをさせるのか、ようやく分かった』
点と点が繋がった瞬間に、大きな身震いが落ちる。
『やっぱり怖いんだな』
震えを恐怖だと推し測ったルートヴィッヒは、ツィと顔を上げてハルを見上げる。しかし想定からは反して、その表情に浮かび上がっていたものは、興奮から頬を紅く染めて、口元を引き上げる恍惚とした微笑みだった。
「あはは……グランダ……」
そう呟かれた声と共に、瞳が光に反射して黄金色に輝くのを見た時、神々と呼ばれるラバ達の姿が重なって、ルートヴィッヒの身体から抵抗する力が抜け落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます