第12章 Rare stone-2

「なぁぁ、お前に攻撃は無理だから。そんな細腕で獣を狩るって無理でしょ。今日だって傷はおろか、ナイフ何本無駄にしたよ? 反対魔法も勘弁だけど、直接攻撃はマジで止めとけって。なぁ、聞いてる?」

 注文したネビールを飲むのもそこそこに、元はハルに食いついていた。今日の狩りの内容が余程気に食わなかったのだろう。カラーに着いてから終始こんな調子だ。

 ハルといえば 、常設されている獣のリストに視線を向けたまま、無表情に見入っている。全く意に介していない様子に、元は赤く頬を膨らませるとバクリと肉を頬張った。

「爺さんもさぁ、こいつ説得してくれよ~」

 情けない声をあげる姿に、フェルディナンドは申し訳がなさそうに微笑んだ。こんなか弱い少女が前線に立つなど、自殺行為もいいところだ。本来は止めるべきなのだが、如何せん能力の底が見えない。

『確かに攻撃力は始まりの地レベルですが、余りある能力の持ち主……ハル殿はエンダの可能性です。何処までご成長されるのか見届けたい。私の力など当てにされてはいないでしょうが、できる限りのサポートをさせて頂きます』

「そういえば……サウル殿の話はどう捉えるべきなのでしょうか」

「まさか、爺さんに流された!?」

 元がガクリと項垂れる。しかしリストから視線を上げたハルに、フェルディナンドが真剣な表情を浮かべるものだから、肉の骨をしゃぶりつつ元が怪訝そうに頭を捻る。

「何のこと?」

「あぁ、元殿にはお話していませんでしたね。元殿が出ていかれた後……」



 サウルは幼い姿に不釣り合いな位、大人びた表情を浮かべると、ハルを見据えた。

【ねぇこの土地ではどんな経路を巡ってきたの?】

 どのような意図があるのか、図りかねるフェルディナンドの隣で、ハルは港から南に下り、いくつかの町を越えてきた経緯を簡潔に伝える。因みにゾウガンに支配された町の話は、協会との制約で伏せた。綴られた話に落胆の色を浮かべ、サウルはコップに入った氷をストローで回す。

【そっかぁ、貴方みたいな人種ならって思ったけど、残念~普通のルートだね】

【普通……?】

 怪訝そうに問うフェルディナンドの言葉に、ニコラがギッとサウルを睨みつける。ツインテールの毛先がゆっくり揺れる様は可愛らしいが、表情は鬼のようだ。

【サウル! 回りくどい言い方は止めて。フェルディナンドさんが困っていらっしゃるでしょう?】

【え、僕? えーえっと、ごめんなさい。確証はないんだけど、この世界には二つのルートがあるんじゃないかって、僕らは踏んでいるんです】

 そう語られたサウルの言葉は、フェルディナンドにとって初めて聞く話だった。同じくハルもまた微動だにせず耳を傾けている。


【僕達、この土地に結構長く留まっているんだ。ハルさんが言うように、海を越えるべきなんだけど……何せ、この容貌だから中々ね。だから何度も土地を行き来して、狩りに勤しんでいるんだよ】

 この言葉にフェルディナンドはハッと表情を変えた。どれほど腕が立とうとも、姿形は幼き少年少女のままだ。しかしサウルは特に気にする様子もなく言葉を重ねた。

【何年もグルグルと回っているとさ、色々なエンダ達と出会うんだ。

 その中で興味深かったのが、別ルートを辿るエンダの話。勿論、出会ったエンダ達は、そのルートが通常ルートから乖離しているなんて思っていないよ。でもこんなに長年くまなく土地を巡っていても、彼らが言うルートにちっとも出くわさない。これっておかしくない?】

 問う様に放たれた言葉に、ハルは額に指を添えて暫し考えていた。

【どこでそのエンダ達と出会った? 仮に二つ以上のルートが存在するとして、どこかに交わる点があるのか?】

【う~ん、それも変な話でねぇ。彼らと出会ったのは、僕らが巡る通常ルートさ。僕の見解だと、別のルートで旅を続けていた彼らは、何らかの拍子で通常ルートに入っちゃうみたい。この十数年で出会ったエンダ達の一部が、僕らが持つ地図にはない道を辿っていたことは、紛れもない事実だよ。そのエンダ達が結構な実力者だったから、もしかしてって思って】

【あの黒髪のお兄ちゃん、強かったよねぇ】

 ドリーが頬をりんごの様に染めてにっこり笑う。その言葉に思い出したのか、ニコラは【そお? 無愛想で掴みどころの無い男だったじゃない。グレーの髪の子もそう。他の二人は良かったけど】と心底嫌そうだ。

【そんなルートがあるのなら行ってみたいよね】

 サウルは言葉を締め括ると、少し遠くを見るように窓の外に視線を向けたのだった。


 そこまでフェルディナンドが言葉にした内容に、元は思考をフル回転させてはみるが何一つ釈然としない。

「ん? 何であいつらは海を越えようとしないんだっけ? えっと、実力はあるんだよな?」

「……そこからか」

 大きく頭を捻る姿に、ハルは小さく呟くと、

「エンダとしての能力に遜色は無いだろうが、如何せん姿形があのままではな。余程の実力を有していれば話は別だが、他のパーティでは多少難があるだろう。自分達だけでは、これからの土地は心許ない。海を越えたくても超えられないんだ。あいつらは」

 淡々と言葉を落とす。短い言葉を補足するように、フェルディナンドは躊躇しながら口を挟んだ。

「あのお姿なのです。仮に同じパーティだとして、果たして我々は獣に集中出来ますでしょうか? 初めは皆さん、それぞれ大人達のパーティに所属していたらしいのですが、断られたり、パーティが全滅したりして、自然にあのパーティに成られたそうです」

「そんな……」

 姿形なんてエンダに関係がない……そう言い掛けて、元は口を噤んだ。エンダだと分かっていながら、狩りに臨む姿を見た途端、体が勝手に動いていた。理屈ではないのだ。元は口を尖らせると、視線を落とす。

「咄嗟の判断では……な。そうやって、仲間を失うのが嫌になった、そういう話だ」

 黙り込む元を横目に、半ば嬉しそうにハルは言葉を続けた。

「しかし面白い話だ。地図に無い道であれば、私も以前出くわした経験はある。まるで意図的に隠されたような道だったが……」

「それって……」

「あぁ、オプト達と出会った時の話だ。あの時、茂みに隠れた道に気付かなかったら、あの町の存在は知らないままだった。我々では行き着けないルートが本当にあるのならば、意図とするものはなんなのだろう。本当にこの世界は……」

 ギラリと光る瞳の輝きに、二人はゴクリと息を呑む。更に周りの雑踏がまるで遠い世界の音のようだ。しかし次の瞬間には、元が大きく笑い声を上げた。

「そんなオカルトじみた話、信じるなんて馬鹿じゃん。こんな広い世界なんだ。色んなルートがあって当然だよ。たまたま、あいつらが攻略? していないルートがあったって話だろ~」

 鼻息を荒くする言葉に、フェルディナンドは「確かに」そう呟いた。五つの大陸から出来ているこの世界は、一つの土地でも果てしなく広く、解明されていない謎も多い。十数年、土地に留まっていたとしても、全てを把握するなど無理な話なのかもしれなかった。元の言葉に、ハルはただ瞳を細めただけだ。

「てか、ハル~! 攻撃専門なんて、本当に止めてくれよ。ヒーシャを極めりゃいいじゃん。四大奥義を全て習得してから言ってくれよ」

 四大奥義を習得したエンダの話を耳にしたことはない。ハルであっても、出来やしない。そう踏んだ発言だった。しかし元に視線を向けたまま、感情のない表情を浮かべる姿に、ふと心がざわつく。

「え……まさか、もう四大奥義の全部を習得しちゃってるとか?」

「ハル殿、そうなのですか!?」

 一つの習得までは、良く聞く話だ。奥義は、同職業のエンダ達にとって、最も興味をそそられる話題であった。

 結局ハルは何も答えなかったが、小さく口角を上げた気がして、元は末恐ろしさからこれ以上話をするのを止めた。代わりに、フェルディナンドがふと思い出したように問いかける。

「そういえばハル殿、あの左手から出されている蔓は? 魔法ではありませんよね?」

「あっ、そうだった! あれって、ゾウガンのあれだろ? 大丈夫なのかよ、もうこの先正邪の森なんてねぇんだろ? 穢れ? に倒れちまったら、今度こそヤバいから」

 肘を付いたままの姿勢で、ハルはジッと左掌を見据えた。その腕を伝いタロがペロリと掌を舐める仕草に瞳を細めると、グッと拳を作る。

「この先、爺さんを人間に戻すような事は出来ないが、道具として使うのは問題が無さそうだ。思っていた以上に自在に使える。更に強度を付けられれば、武器にもなりそうだ」

 使える道具を手に入れて、嬉しいのだろう。クックックッと含み笑いを落とす姿に、ぞっと背筋が凍った。戦闘能力を欲している……それが分かっているから、元は何としてでも戦闘から遠ざけたかったのだ。

『人の気も知らねぇで』

 そう言葉を飲み込んだ元の隣で、

「ギヴソンだけはと思ったが、獣に堕ちた直後でないと人間に戻せないようだ。余程の恐怖だったのか、未だ目を合わせてくれない」

 少し機嫌を悪くして小さく呟く。その様子が何だかハルらしくなくて、元は思わず吹き出していた。

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