第11章 Short story -version Gen2

 眼前のテーブルに空になった皿が次から次へと積み上げられていく。まるで舐めるように平らげられていく様は、エンダである元の目から見ても異常な光景だった。

『こう客観的にエンダの食事を目の当たりにすると……引くな』

 元はストローからアイスコーヒーを啜ると、六人の食事の風景に、溜息を吐いた。

 何度も行き来をする従業員の働きも虚しく、料理がテーブルに置かれた端から、皿まで食べそうな勢いで平らげていくのだ。戦場と化した厨房からは怒号が上がる始末で、殺伐とした光景に、一般客は一人、二人と席を立ち、店内には元達のみとなっていた。


 エンダは狩りが終わると、体が食料を欲して枯渇する。狩りには勝てたとしても、その体の欲求を満たせずに命を落とすエンダもいる位だ。狩りの後の食事を確保する……それは狩りに臨むエンダにとって、死活問題といえた。


「おぃ――――――――。奢りなんだからさぁ、ちょっとは遠慮しろよ」

 ボリボリと氷を口の中で砕くと、元は諦め気味に頬杖をつく。その言葉に両手でフォークを操っていたオーウェンが、ピクリと手を止めた。伸びた髪の毛を無造作に結び、バトルドレスが解除された姿は、町中を走り回っている子供らと何ら遜色はない。少し大きめのツナギに身を包んだ姿でジロリと睨みつけると、口からはみ出したハムを強引に押し込む。

「もご……何、言ってんの。そもそもお兄さんが心ない発言をしたせいで、こんなことになってんでしょ。ング、あー、アンジュラ~それ、俺の肉なんだけど!」

「俺の肉っていう名の肉はないよ」

「そうそう、うちの子のコンプレックス、呼び起こしちゃったんだから。少しは反省して下さい~。ちょっとそれ少し残しておいてよね」

「もう……ない」

「ひどーい、前から目を付けていたのに!」

 少し舌っ足らずな物言いでニコラが口を挟む。裾の全てがレースであしらわれた可愛らしい旅服に身を包み、ツインテールの髪型が良く似合う少女だ。

「……戦士って……他人に対する配慮に欠けるよね……。口と脳が直結しているタイプが……多い」

 バトルドレスと同じ様な黒いオーブに身を包み、顔の半分以上をフードで隠した少年が侮蔑の声を上げる。これにいち早く反応したのはサウルだ。

「ダッダーリオ? それって僕に対する嫌み? 同じ戦士で一括りにするのってどうなの。陰湿な言い方しないでよ」

 少し甲高い声で鋭く言葉にして睨み付ける視線など気にも止めず、ダッダーリオは眼前の肉にフォークを伸ばす。その隣でオロオロと二人の様子に眼を向けているのが、事の発端となった少年ドリーだ。一番見た目が幼くポッチャリとした体つきから、恐らくエンダと紹介をしても、信じてもらえないに違いない。

「僕の……せいで。みんなごめん。……ぅぅ」

「あーもう、泣かないの。男の子でしょっ。あんた達も下らない喧嘩は止めて! ご飯が不味くなる」

 瞳にいっぱい涙を貯めるドリーの肩に優しく手を置くと、お姉さん的存在のアンジュラは、いがみ合う二人を睨みつけた。お姉さん的存在と言っても、見た目は他のメンバーと同じだ。ショートカットに、シンプルなTシャツ、ジーンズに身を包む姿は、サバサバした性格を明確に表現している。

 至るところから「ここからここまでは僕の料理だから」とか「ちょっとそれ私食べてないんだけど」など、次から次へと繰り広げられる会話に口を挟むことも出来ない。あまりの騒々しさに、元はポカンと口を開けたまま呆然と見入るだけだ。その隣でフェルディナンドは本を読む傍ら、時々視線を上げて優しい眼差しを向けた。当然のように、ハルは本に視線を落としたまま、一切上げようとしない。


「何なんだ。いつもこんなんなの?」

 料理が出尽くしたタイミングを見計らい、元はボソリと声を掛けた。

「そうね、食事時はいつもこんな感じかな。今日みたいに苦戦すると、空腹感はハンパないもの。こんな大所帯でしょ? 食事代を稼ぐのも大変なんだから。今日はお兄さんの奢りで助かったわ。ふふふ、御馳走様~」

 アンジュラはドリーの口元をナプキンで拭いながら、満円の微笑みを向けた。天使のような愛らしい笑みではあるが、後ろのテーブルに積み上げられた片づかない皿の山に、元は乾いた笑いを浮かべる。

「は、はは。何でこんなことになったんだって感じだけどね」


【海辺の回想】

 他のパーティのターゲットを奪うという行為は、この世界で忌み嫌われる行為だ。狩りで得られるスキルは、金銭では図れない。そのため罰金として、法外な金銭を要求するエンダもいるらしい。ハルが手渡した宝玉で事なきを得たのはラッキーだったといえる。

 穏便に済んで良かったと胸を撫で下ろした元は、ドリーにふと視線が止まった。

 それこそ元の三分の一にも満たない身長に、ふくふくとした体型は、もう転がし回したい程に可愛らしい。しかしどう見ても戦いに特化した体つきとは言いがたかった。にも関わらず、ほぼ体と同じサイズの盾と剣を携えた姿は、戦士の属性なのだろう。元は無意識に、そうそれこそ何も考えずにボソリと呟いた。

「お前丸っこいなぁ。そんなんでよく攻撃に転じられるね。何? その体って脂肪に見えて筋肉なの?」

 そのままムニッとその大きなお腹を掴むと、柔らかな弾力感に「やっぱ脂肪かぁ」そんな言葉を呟いていた。

「げ、元殿」

 フェルディナンドの諫める声と同時だ。ドリーのつぶらな瞳に溢れんばかりの涙が浮かび、空気を裂く泣き声が響き渡った。

「え、俺?」

 周囲の冷ややかな視線は更に冷たさを増し、泣き声が更に大きくなる。

「お、おい。そんな泣くこと? いいじゃん、その体型も。獣も油断するんじゃねぇ? ラッキー位に思っときゃいいって!」

 焦りからドリーに手を伸ばすと、フォローにもならない声を上げた。向けられた言葉に、ドリーはキョトンとした表情を一瞬浮かべたが、次の瞬間には更に声を上げて泣き出した。何を言っても泣かせてしまう。元の思考は完全にフリーズした。

「ちょ、泣くなって。俺が泣かしたみたいじゃん。そもそもデブだなんて言ってねぇし、ちょっと人より脂肪が……」

 焦りから更に非常識な言葉を繋ごうとする元に、アンジュラの跳び蹴りが脇腹に食い込む。恐らく拳士なのだろう、ツボに入った攻撃に、思わず息が止まった。

「お兄さん~、少し黙って欲しいかな。ほら~ドリーももう泣かないの。さ、ご飯、食べに行こうか? あのお兄さんが奢ってくれるって」

「ホント?」

「ホントだよぉ。ねっ、お兄さん」

「へ?」

 ドリーはピタリと涙を止めると、頬をリンゴのように赤く染め嬉しそうに笑う。六人が六人とも元を食い入るように見上げる中、ハルの声がポトリと落ちた。

「……発言には気をつけろと……」

 いつもであれば、元がハルに促す苦言だ。完全に立場が逆転した様子に、元は痛む体を押さえつつ、パクパクと声に鳴らない声を上げた。


「ふぅぅぅ、お腹一杯~」

「久しぶりにこんなに思いっきり食べたよねぇ」

「アン、僕ね、すごく満足~」

「ドリー良かったね。あ、折角だからデザートも頂いちゃおうかっ」

「サンセー! 甘いの別腹だもんねぇ」

「俺、ショートケーキ食べたい」

「私、シフォンケーキ~。あぁん、季節の彩りゼリーも捨て難い~。うーん、こし餡も気になっちゃうし」

「全部食べちゃえば?」

「でも太っちゃうじゃない……でも~今日は食べちゃっても大丈夫な日にしちゃおっかな」

 キャキャと嬉しそうなエンダ達に向かって元が焦って掌を伸ばす。

「おいおいおいおい! どれだけ食べれば気が済むの」

 しかし誰一人として、元の嘆きを聞こうとしない。結局ケーキにアイスクリームを乗せて、更に餡こをトッピングして、フルーツを山盛りに乗せたデザートが人数分出てきた。皿がなくて洗面器に盛ってきたのか? そう思わずにはいられない盛り具合に、もう愛想笑いも出ない。

「はわ~幸せ~」

 アイスクリームに餡こを絡ませ、パクリと口に頬張る。甘くて冷たくて、ニコラは頬を押さえると、美味しさに表情をとろけさせた。

 皆が一様に笑う姿に、フェルディナンドの脳裏に懐かしい日々が鮮明に思い出される。

『エミリー様も甘いお菓子がお好きでしたね』

『……何だか憂いを含んだ寂しい笑顔……大人で素敵な方』

 ニコラはふと正面に視線を上げた時に、憂いな表情を浮かべるフェルディナンドがやけに眩しく見えた。


 店の食料を全て食べ尽くし、ここで逃げられたら堪らないと思ったのだろう。店主がハルに向かって、長く繋げられたレシートを差し出してきた。そこには元達パーティであれば、三ヶ月以上暮らして行けるであろう金額が書きなぐられている。先程ペナルティで差し出したBクラスの獣を倒して得られる報酬額とほぼ同額だ。

「この短時間でBクラスの狩りが二回分、か」

 レシートを食い入るように見入るハルがボソリと呟く。感情のないその声に、元の体がビクリと揺れた。


 無言で精算を進めるハルのプレッシャーをヒシヒシと感じつつ、元は同じ戦士属性であるサウルに目を向けた。視線を感じ取ったサウルは、お茶を手に元に視線を合わせる。

「何ですか?」

「え、いや~その~」

 これ以上失言を繰り返して、更に宝玉をもう一個、そんな話になったら目もあてられない。ボリボリと頬を掻く元の意図を読んで、サウルは小さく笑った。

「子供の体でもエンダとしての能力は全く遜色がないと思うよ。この地の獣を相手に狩りが出来ている訳だしね」

「そ、特にここにいるドリーなんて、狂犬だって巷で言われちゃってるし。でもこんなにちっこいと中々武器が体に合わないって嘆いていたなぁ」

「ちょっと狂犬なんて言い方止めて。獣を前にすると少し性格が凶悪になるだけじゃない」

「きょ、狂犬……」

「凶悪……?」

 お腹が膨れてうつらうつらと寝入る姿に、思わず見入る。先程の狩りでは、巨大イカの毒に侵されて動けずにいた。こんなあどけない少年のそんな姿など見なくて良かった……心底そう思う元とフェルディナンドだった。


 ショックを隠しきれないフェルディナンドに向かって、ニコラが前髪を整える仕草を交え、更に声を掛けてきた。

「あ、あの。お名前をお聞きしても?」

「俺は元だ!」

「あんたじゃ無いし」

 精神は大人だと分かっていても、子供から冷たい言葉であしらわれると結構な破壊力だ。元は受けたショックを隠せずに、呆然と言葉を無くす。そんな元を気遣いつつ、フェルディナンドはニコラに向かってにっこりと微笑んだ。

「フェルディナンドと申します。ニコラ殿」

「え、名前?」

「これは失礼を致しました。サウル殿がそう呼ばれておりましたので」

「失礼だなんて……嬉しいです……」

 顔を赤らめ俯く姿に、怪訝そうに皆が視線を向ける。急にモジモジし始めた態度に、「トイレなら我慢すんなよ?」オーウェンからそんな声がでる始末だ。ニコラはオーウェンの足をテーブルの下で蹴り上げると、口許だけで笑みを浮かべた。

「痛っで―――――――!」

「やだぁオーウェンたら、女の子にそんなこと、言っちゃダメ」

 涙目になる姿には目もくれず、更に熱い視線をフェルディナンドに向ける。

「あ、あのっ、大変失礼なんですが、フェルディナンドさんは、もとの世界でも……」

 真っ赤になって俯く様子に頭を捻りながら、サウルが言葉を繋いだ。

「あ、僕も気になっていたんだ。僕らこんな姿でしょ? もとの世界の法則でもあるのかなって」

 質問の意図が掴めたのだろう、少し考え込みながらフェルディナンドはゆっくりと言葉を綴った。

「如何でしょうか……。私(わたくし)自身は、外見や年齢に然程 差はないかと思います。共に扉を開けた知り合いは、全く別人のようになられましたね」

「そうなんですねぇ」

「ちょ、ニコラっち~。……そっか~あ、因みに元さんは?」

 視界を遮るように前に乗り出すニコラの後ろから、サウルは何とか顔を出す。

 未だショックから立ち直って居なかった元は、咄嗟に昔のことを思い出せなかった。余り話題にもしないせいか、記憶が曖昧になる時がある。

『ヤバイなぁ。自分のルーツを忘れたら、俺じゃなくなっちまいそうで嫌なのに。ま、昔の俺って最低だったからなぁ。忘れたいってのも正直なところなんだけどさ』

 元はカタリとグラスの中で崩れる氷の音を聞きながら、ボリボリと頭を掻いた。

「俺は……」

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