第10章 存在ノ理由-8

 扉を開けたオォサワが、そのままの姿勢で元の姿を凝視した。背後に立つナレータもまた、ゆっくりと冷ややかな視線をむける。


「ナァレータァ様~待ってっちゃぁ、ヒーシャでありながら、正邪の森を巡礼しないなんて、有り得ないっちゃぁ。お願いだっちゃ、数日間待って欲しい……」

 大きなお腹を揺らし、ゴン太が遅れて部屋に飛び込んでくる。はたと元の前に飛び出すと、丸い目を更に丸くして、声を上げた。

「何でいるちゃ―――――――??」

 我に返ったオォサワも後に続く。

「ホントッスよぉ! あ、もしかして我々を追ってきたッスか? でも何で……ハッ、もしかしたらナレータ様の仲間になりたいッスか!? 気持ちは分かるッスよ! でもナレータ様の護衛は我々二人で十分ッス。お引き取り願いたいッス」

「オォサワ、良いこと言ったっちゃ。元さんにナレータ様は無理だっちゃ。我々に任せるっちゃ」

 何故そうなる……そんな突っ込みですら、軽い脱力感で言葉にする事が出来ない。元は浮かした腰をソファに再度深く埋めると、半身を大きく前に倒した。足のつま先に視線を向けて、

『この広い世界で、よりにもよって何でこいつらばっか何度も……。俺はオプト達に会いたいよ』

 オォサワとゴン太の言葉に、心底侮蔑するような表情を浮かべ、ナレータは小さく溜息を吐いた。

「あり得ませんわ。この者達も理想にはほど遠いですけど、少なくても野蛮ではありませんもの。私の僕(しもべ)となるのでしたら、それなりの品格を持ち合わせて下さらないと」

 向けられた言葉に、元は更に体中から力が抜けた。知り得るエンダの中で、一番野蛮でヤバいタイプから野蛮人だと罵られたのだ。何とか視線を上げると、

「……はぁ!? 誰があんたの僕(しもべ)だって? 冗談はその性格だけにしてくれよ」

 何とかそう吐き捨てる。今度はナレータが口元を歪ませるのと同時に、お付きの二人がその身を縮まらせた。

「……ほほほ。私、冗談は嫌いですの。私の性格が何なのかしら? 相も変わらず理解に苦しむ人種ですこと」

 突如火花を散らした二人に、フェルディナンドは戸惑いつつ合いの手を挙げる。

「元殿、私(わたくし)は席を外しますので、どうぞごゆっくり……」

 ソファから立ち上がろうとする姿に、焦ったのは元だ。唯一の常識人であるフェルディナンドが居なくなったら、この場が収拾が出来なくなる。自分自身でさえ、ナレータを前にして自制が効くかどうか分からないのだ。

「いやいやいや、そんな気遣い不要だから。俺、こいつらと別に知り合いじゃねぇし! 爺さんが席を立つってなら、俺も……」

 鬼気迫る訴えに、ナレータは一度鼻で笑うと、指をパチンと鳴らした。

「YA!!」

 その行為自体に導かれるように、オォサワとゴン太がカツンと踝(くるぶし)をぶつけた。呆然と二人が見守る中、あっと言う間に組み立てられた椅子にフワリとナレータが腰を掛ける。大きく組まれた長く美しい足は、この談話室に似つかわしくないものだ。

「ところで……あの女はどこかしら。この前の非礼を謝罪して頂きたいわ」

 ナレータは元に滑らかな指を差し出し、 そう言葉にすると、ちらりと周囲に視線を向けた。ソッポを向いたまま、答えようとしない元に向かって、お付きの二人が慌てて言葉を繋げる。

「そうだったちゃ。ハルさんは無事だったちゃ?」

「そうッスよね! 元さん、ちゃんと助け出したッスか!?」

 騒音に近い声の応酬に、元は深く溜息を吐く。

「あ~無事無事。あいつが殺られるタマかっての。今、森で浄化中だよ。当分出て来ねぇ」

「え?」

 ゴン太の額にジンワリと汗が吹き出した。言葉に詰まる姿に、フェルディナンドが小さく頷く。

『あの浄化の規模……相当なケガレを受けた証だっちゃ。神の領域とは言え、聖地も万能ではないっちゃ。ケガレを浄化出来ずに、そのまま死んでしまうヒーシャも居るっていう話っちゃ。ハルさん、相当やばいっちゃ』

 表情を暗くするゴン太を意にも止めず、ナレータは優雅に溜息を吐く。頬に添えられた指先が滑らかに空を切った。

「あの女も偉そうな口を効く割には大した事ありませんのね。こんな場所の助けを受けなければ、命を存続できないなんて」

「あ?」

 ギラリと睨む元の視線をものともせず、ナレータは更に言葉を綴る。吐きだされた言葉は、元を更なる絶望へと導いた。

「まぁ、良いですわ。いずれ出てくるのでしょう? 待たせて頂く事にするわ」

「え……何で……。て言うか、いつ出てくるか分からねぇぞ?」

 ナレータの蛇のような執着心は、ロディの件で嫌と言うほど思い知った。幻影で回避出来たとはいえ、集落を一つ潰しても、表情一つ変えない女だ。今、明らかにハルが標的にされた。元の落胆は計り知れないものがあった。

「結構ですわ。先程も言いましたでしょう? 私、あの女に謝罪をさせないと気が済みませんの。あぁ、逃げようとはなさらないで下さいましね。私の性格、よくご存じでしょう?」

 ギラリと瞳を怪しく光らせるナレータに、ゾッと背筋が凍る。一連のやりとりで、このパーティの事を把握したのだろう。フェルディナンドが苦笑いを浮かべた。

『ちょ、矛先をこっちに向けんじゃねぇよ。ハルが謝罪なんてする訳ねぇだろうが。てか、もうこの女、ホントにやだ』

 次から次へと沸いてくる感情を疎ましく思ってしまう。どうやってこの場を乗り切るか……そう考えあぐねていた時、全く別の場所から陽気な声が飛んだ。


「あぁらぁ、これはエンダ様じゃぁ、ありませんかぁ? この世界を救う救世主、我々のヒーロー、世界の覇者ぁ」

 酔いにろれつが回っていない。酒で焼けた赤い顔で、一人の民が元の隣にドサリと座った。民が自らエンダに関わるなど、通常では有り得ない光景だ。固まり動けないエンダに向かって、男は上機嫌で元の肩を組んだ。

「お、おい」

「さっすが、エンダ様は醸し出すオーラが違うねぇ~。おぉ、この方の美しさと言ったら……まるで女神様のようじゃねぇか!?」

「うっ、酒くせぇ」

 熱く向けられた視線に、オォサワとゴン太が前に飛び出し両腕を伸ばした。

「お前! ナレータ様に下品な視線を向けるんじゃないッスよ!」

「そうちゃ、無礼な奴だっちゃ。お前なんかに、ナレータ様の美しさが分かる訳ないっちゃよ」

 酔いが回っているのだろう。特に気にする様子もなく、男はヘラヘラと笑っていたが、ふと思い出したように言葉を綴った。

「あ~そうか! エンダ様がこんな辺境地にこれだけ集まっているって事は、あれだろ? あの遺跡の宝だろ?」

「宝?」

 ナレータの瞳が怪しくギラリと光った。

「あぁ、最近エンダ様も世界の宝の発掘に勤しんでいるらしいからさぁ。獣を狩るだけじゃぁ、食べていけないのかねぇ。獣一匹に相当な金……」

 話が逸れ始める男に向かって、ナレータの厳しい声が飛んだ。

「そこの男、遺跡の宝とはなんですの? 詳しく説明しなさい」

 この言葉に「えぇ……」そんな表情を浮かべたのはオォサワとゴン太だ。

「ナレータ様の悪い癖が始まったっちゃ」

「ホント宝やら希少価値やらに弱いッスもんねぇ」

「やたらめったら強い獣やら、洞窟やら、蛭(ひる)やら、水攻めやら、火の海やら……ろくな事にならないちゃ」

 ナレータの前にも関わらず、二人は止まらない愚痴を言い合っている。『こいつらも苦労してんなぁ』そんな同情心すら沸く。

「……殺されたいのかしら」

 地の底から響き落とされた声に、二人は体を縮こませ咄嗟に退いた。

「い、嫌じゃ無いッスよ!」

「そうっちゃ! ただほんの少しいつも大変だと思っているだけっちゃっ!」

 懸命に弁解を繰り返す二人には目もくれず、ナレータは気怠そうに膝掛けに手を肘を置くと民を見据えた。

「全く話が進みませんわ。それで? 遺跡の宝とは何のことですの?」

 ナレータの美しい姿に目をぎらつかせながらも、男は饒舌に語り出す。その品のない姿に、お付きの二人が眉間に深いしわを寄せた。しかし今は宝の事に意識が向いているのだろう。ナレータは獣を狩るような視線で聞き入っている。

「何だい。宝が目当てじゃなかったのか? いやぁ、有名な話さ。ここから程なく離れた場所に朽ちた遺跡があるんだが、そこに宝が眠っているっていう噂があるんだ。昔、この地域で信仰していた神に捧げた貢ぎ物で、金銀財宝がたんまりらしいぜ。しかし内部が複雑で、未だ放置されたままらしい……そう言われている宝さ」

 興奮気味に語られる話に、元は席を立った。男が不思議そうに見上げてくる。

「お、興味無しかい? 金銀財宝だぜ?」

「財宝なんざ興味ねぇよ。俺らの使命は一人でも多くの民を獣から守る事だからな」

 心底興味がなさそうな表情を浮かべると、フェルディナンドに視線を向ける。騒動に巻き込んだ非礼を詫びたかったのだ。しかしそのフェルディナンドも別の民と何やら話し込んでいる。あまりに熱心に耳を傾けて居るものだから、元は一人で部屋を後にする事に決めた。

「まぁ、この世界に五つあると言われている神器ですって?」

 部屋の扉を開けた時、ナレータの呟きがやけに耳に付いて、何故だか嫌な予感だけが巡る。変な胸の高鳴りに、振り返った元が見たものは、民の話に耳を傾けるナレータの姿であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る