第8章 二人の少年‐9
「かしこまりですにゃん。じゃぁマスター、マーメイド呼ぶにゃん。この獣にうってつけにゃぁん!!」
高らかに言い放たれた声に導かれ、ロッテの詠唱は流れるように紡がれていく。
「我は主なり 我は汝を願い 汝、我を欲す
魅惑の歌姫 汝を願う 我は主なり 我は主なり 出(いで)よ マーメイド!!」
ロッテの言葉が終わるや否や、本が眩い位に光り輝き、大気を巻き込む。ロッテの髪が風になびいた。
「おぉ」
本を持つ手を前に掲げ上げる。その刹那、大量の水が轟音共に噴き出すと、中央から水のベールに包まれた人魚が天を仰ぎ現れた。三メートル近い巨体は、大半が深い緑の鱗でびっしりと覆われている。マーメイドの口が開かれ、表現しがたいその声は、聞く者達に漠然とした恐怖を与えた。
「我、主の声に答えたり」
開眼された瞳は白目部分がなく、全てが深い緑だ。正直、想像を絶するリアルな風貌である。
「うげっ、怖い」
絵本や映画に出て来る様な可憐さなど一ミリもない。想定外の容貌に、思わず元は一歩後ろに引いた。
シャァァァァ
マーメイドが牙を光らせた瞬間、思わず耳を塞ぐ程の絶叫が木霊した。その衝撃波は大波を引き寄せ獣を襲う。衝撃波に押された獣の巨体が砂を巻き上げ、轟音と共に横転した。
「やった!!」
ジョッシュが喜びの声を上げ、与えたダメージを確認する為に見上げる。
「どれ位のダメージ!?」
獣の頭上の数値は、五百三Pを指していた。
「たったの……二P?」
手ごたえを感じていたロッテは、小さく失意の声を洩らす。元やジョッシュさえも目を見開き、信じられないと言わんばかりだ。しかし数値の正確性を証明するように、獣は楽々と体勢を整えると、毒針を湛えた尾を勢いよく振った。
『希少なだけで、大したことないんだな~。狩りはめちゃ興奮したけど〜』
口にこそ出さなかったが、元はそんなことを考えていた。使い魔であるピップ・パーカーも「おんにゃぁ~?」と、不思議そうに頭を捻った。
「ふむ」
そう呟きハルは、ジッと使い魔に視線を落とす。瞬き一つもせず、真剣な表情で食い入る様に見るものだから、ピップ・パーカーは居心地が悪そうに身をよじらせた。
ジョッシュがざっと立ち上がると、杖を高く天に掲げる。
「無数に轟く刃の雷 救い無き罪深い魂に永遠なる終焉を 聞け 天空の弓者!!」
砂漠に、一筋の光が轟く。割れんばかりの轟音は、周囲の空気を凍てつかせた。獣が電撃に打ちのめされ、せわしなく動いていた尾がその動きを止める。必死の形相を浮かべたまま、ジョッシュは獣に見入った。
「どうだ!?」
数値は四八七。先程の攻撃と比べれば多少のダメージだが、倒すとなると全く効果が出ていない。二人に色濃く焦りが出てきた。
『えっと、無数じゃねぇし。ミディの魔法と比べても、全然迫力ねぇな。……これじゃぁ』
繰り広げられる狩りを目前にしてピップ・パーカーは、ハルをチラリと盗み見る。栗色を湛えた大きな目は、更に大きく見開かれ喰いつかんばかりだ。
「あのぉ、ピップじゃなくて、狩りを見た方がいいのにゃん?」
喰われそうな視線に耐えられなくなり、小さな体を更に小さくする。
「問題ない」
感情が籠らない声は、地の底から聞こえるようだ。声に得も言われぬ強制力がある……ピップ・パーカーは狩りを忘れ暫しハルを見上げていた。
その後何度も放たれた魔法と召還獣によって、獣のHPは四一〇まで下がった。しかしロッテとジョッシュは息も切れ切れだ。精神力が事切れて意識が飛んだ二人を、ハルの光の盾が守った。
放り出された召喚本の上で、ピップ・パーカーは寝そべり呑気に欠伸を一つ落とした。
「術士に意識が無くても、使い魔は存在出来るのか?」
「……ピップ・パーカーは、マスターの魔力を必要としないにゃん」
そうモジモジと身体を揺らした。先程までのふてぶてしさは、すっかりと成りを潜めている。「ふぅん」そう関心なさそうにハルは呟くと、続けざま元の名を呼んだ。
「元」
「はいはい。……なぁ、こいつら、ちょっと無理じゃねぇ?」
ボソリと呟き、獣を前に構えを取った。獣の黒光りする体は固そうだが敵ではない。恐らく一太刀で片がつくな……そう予測して、大きく剣を横に構えた時、更なる声が飛んだ。
「待て。獣の体内には生命の核となる部分がある。人間で言えば心臓に当たる部分だ。巷では戦士の誉れと称されているようだな」
「あ? 宝玉のこと?」
「宝玉を狙ったとしても倒せない獣はごまんといる。身体のどこかにある急所だ。そこを探り、一太刀で仕留めろ」
ハルの言葉の意図が掴めず、元は口を尖らせる。
「そんな事をしなくても、仕留められるぜ」
「急所を突かれた獣は、レベルに関わらず一瞬にして消滅するらしい。お前の狩りは、力だけで推し進める傾向により無駄が多い。この機会に感覚を磨け」
流石ハルだ……楽をさせてはくれない。そう思いながら、未知なる可能性に元は震えた。一撃で倒す事が出来れば、狩りの精度は更にあがるだろう。
「面白れぇ。他の奴らに出来て、俺に出来ねぇ事はないぜ!!」
そう口角を引き上げると、身丈程ある剣を構え、意識を獣に向かって研ぎ澄ませた。
「……分からねぇ」
どんなに意識を凝らして獣を見ても、核など微塵も感じ取る事が出来ない。それどころか、宝玉がチラチラと目について意識が散漫になる始末だ。じりじりと照り付ける太陽の日差しに、元はぽたりと汗を流した。
「なぁ、ホントに……」
思わず弱音を吐きながら振り返ると、一本だけ生えた木の木陰に腰を下ろすハルの姿が見えた。ロッテの召喚本を上下にひっくり返したり、本にしがみ付くピップ・パーカーを覗き込んだりしている。
「……ちょっと、何涼んでんの?」
丁度ピップ・パーカーのぼろ布を掴み上げていたハルが目線を上げた。使い魔の悲壮な声が響く。
「止めるにゃぁ。何で、ブックマスターでもないのに、ピップ・パーカーに触れる事が出来るにゃぁ。こんな屈辱初めてにゃぁぁぁ。許されにぁい。マスターぁぁぁ助けてにゃぁぁぁ」
叫ぶ訴えをあっさりと無視して、ハルは更にぼろ布を引き上げた。「ヒやァァァ、いかがわしいにゃぁぁ」、そんなピップ・パーカーの嘆きが響く。
「戦士の誉れは、一握りの戦士に与えられる能力という。どうやっても見つけられないのなら諦めろ。不可欠な能力ではない」
清々しい位に飄々と応えると、ピップ・パーカーを掌に包み込みジッと見入った。余程狩りに興味がないのだろう。面白い玩具を手に入れた子供の様に、それからは目線を上げようともしない。ピップ・パーカーの小さな呻き声が聞こえた様な気がした。
「一握りだとぉ? なんだ、俺にそれが無いってか? 一つ前の土地では、ちった~名が知れた戦士だったんだ。……くそ~、絶対に見つけてやらぁ!!」
元の怒号に、意識を取り戻したジョッシュとロッテがムクリと身体を起した。未だにハルの盾に守られ、打ち付けて来る獣の姿に驚く。
「「え……まだ倒してないの? 元~」」
ブツブツと文句を垂れる二人に、元は眉を引上げた形相で怒鳴り付けた。
「うっせ~!! 今、俺は戦士としての資質を問われてんだ。黙って見とけ!!」
そこから小一時間が過ぎた。しかし一向に核を感じ取る事は出来ない。照り付ける太陽に、少年二人が口を尖らせ文句を言う声すら耳に入らず、今や元の思考は様々な思いが交差していた。
『……こんな、見ているだけで分かる代(しろ)もんなのか? だったら今までも感じ取る事はあった筈だ。あっ、あいつ、使い魔を観察したいからって、俺を担いで……いや、狩りに関してそんな事する奴じゃねぇ。えぇ~じゃぁ、やっぱり俺にセンスが無いってか?』
屈辱にグググッと剣を構えた時、獣を凝視する真後ろにハルが立つ。
「時間だ。元、次回に持ち越せ。町に帰る」
全てが無駄に終わった……噴出す疲労よりも屈辱感に元はガクリと膝を付いた。
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