第6章 重なり合う道‐12
オプト達が約束の場所に辿り着いた頃には、もう既に世界は深い闇の中だった。薪の火花だけが暗闇をほのかに照らす。
「着いたね……」
ララが安堵の息を吐いた。ずっと深い暗闇を移動していたからだろう。赤々と燃える薪を見ると、ホッとしてしまう。この焚火の炎はずっと離れた場所から、鮮明にその姿を映し出していた。
『この灯りのお蔭で助かった……何か仕掛けがあるのか?』
オプトはララの手を取りながら、パチパチと火花を散らす炎に視線を移す。
「お疲れ~」
大木を背にして、薪を炎に放り込む元が二カッと笑った。その隣で既にハルは寝袋の中だ。
「時間通りじゃん、流石オプト!」
「尻が痛ぇ……」
声を掛ける元の言葉に被せる様に、ナツメが辛そうにお尻を擦る。その行為を横目で睨み、ミディはグップルから寝袋を下ろした。
休みのない五時間の移動に、皆の疲労は一目瞭然だ。グップルはその脚力の強さから長距離移動に向いていると言われるが、飛び跳ねる様に走る為、移動にはかなりの体力を消耗する。
「いや、時間通り着かないと明日の狩りに響くし、ハルさんから怒られそうで……」
その本気とも冗談とも取れる言葉に、元はニヤリと笑う。大きな木の幹の下で、薪を炎にくべた。
「お前ら、もう寝ろ。明日は早いぞ」
「元も寝なきゃ。俺が交代しよう」
「いや大丈夫だ。ハルが一帯に結界を張っているからな。多少の獣だったら回避出来る。安心して寝ていいぞ。俺も、もう寝る」
言葉もそこそこに大きな欠伸を落として、寝袋に入るとものの一分でいびきを掻き始めた。野宿は交代で火の番をするのが基本であり、火を絶やすと獣に襲われる確立が高くなる。元の行動にオプトが心配そうにララに問うた。
「ララ、魔法感じるか?」
ララが小さく頭を振る。睡眠という無意識下で、魔法を持続させるのは原則的には不可能だ。魔法を掛けているとすれば、恐らく継続的に持続するものが対象の筈であり、考えられるのはこの焚火しかない。しかしララには微力の魔力すら感じ取る事は出来なかった。全員が顔を見合わしたが、あまりの自信あり気な元の言葉にオプトがコクリと頷く。
「……元の言葉を信じよう」
長旅の疲れもあって、皆は異議なく頷くと全員があっという間に眠りに墜ちていった。
朝露に濡れた植物によって、清浄された空気が体の中に大量に染み込む。オプトの意識が浮き上がるように覚めた。
朧気に瞳を開けると、薪の向こう側に到着した時と同じ姿勢で、元が胡座をかいている姿があった。
「あれ? 元、もしかしたら寝てないの?」
ぼんやりする意識の中、オプトが呟く。朝食の準備をしているのだろう。火に掛けた鍋を掻き回している。
「お、起きたか~? おはようさん! 俺? 寝たぜ。言ったじゃん、大丈夫だって~」
「どんな魔法なの?」
半身を起こしてララが話に入ってきた。焚火に目を向けるが、昨日と炎の様子は変わらない。
「お、ララおはよう」
「あ、元、おはよう」
挨拶を忘れる位、ハルの魔法が気になっている自分に気付く。ララは小さく息を吸ってペコリと頭を下げた。
「ね、元、魔法の波動を感じないの。どんな魔法なの?」
ララの気迫に押される様に、元はボリボリと頭を掻いた。
「う~~ん、知らん! ハルに聞いてくれ。 多分、焚火に何かしているんだろうけど。でもホントに確かな魔法だぜ!」
『とは言っても、そもそもハルの獣を察知する能力のお陰で、獣に夜襲を掛けられる可能性はゼロな訳だが』
「凄いね……」
そう言葉にしながら、ララは焚火の炎に見入った。言われてみれば炎を見ていると、魔法の効果なのか安心感を抱く。
『場を清める魔法だけじゃない。炎を継続的に発火させ続ける魔法、魔法を安定させる魔法……考え付くだけでも、これだけの魔法が必要な筈なのよ? これを一晩? どんな仕組みなの?』
魔法のセンスが無いのだろうと考えていた。もしかしたら自分の思い違いで、とんでもない能力者なのかもしれない。ララはゴクリと息を飲んだ。
「そうだな、魔法に関しては凄い奴さ」
ハルの事が誇らしいのだろう。元はニコニコと微笑んでいる。満円の笑みを浮かべる様子に、二人も自然と笑みが零れた。
「ん? そのハルさんは?」
オプトが寝袋を畳ながら、周囲に目を配っても、ハルの姿はどこにもない。
「俺が起きた頃には、もう居なかったな。恐らく洞窟にでも下見に行ってんだろ?」
スープを掬い上げ口を近づけながら、元は事なにげに言い放った。あっけらかんと話す声に、オプトが驚きの声を上げる。
「な、一人で? 危ないじゃないか!」
「だ~い丈夫だって! 現時点では、あいつでも無茶しねぇよ」
「でも……」
ヒーシャである女性が、狩りの前に獣が居るであろう場所に一人で向かうなど、考えられない事だ。と言うよりも、独断的な行動に面喰う。
「お、ほら、帰ってきた」
元の言葉通り、ハルが白み始めた朝陽を背に、こちらに向かって歩いて来る。長い栗色の髪が、透けて黄金色に輝き優しく揺れる。凛としたその表情は何を考えているのか、全く掴み取る事は出来ない。元は元で茶飯事なのか、サラリと声を掛けた。
「おぅ、ハル、飯の準備出来てんぞ。食いながら作戦といこうぜ」
「あぁ」
「ハルさん!」
オプトの声に、ナツメが飛び起きた。
「ぅお?? 何々? 朝??」
「こんな場所で、一人で出歩くなんて危険です!」
オプトの真剣な眼差しに、ハルは冷やかな視線を向けた。あまりにも感情のない視線に、オプトが息を飲んだくらいだ。緊迫した空気に皆が動向を見守った。
「狩りの前に念を押した筈だ。私の心配は無用だと」
「でも! 貴方はヒーシャなんですから……!」
「万事が万事そんな思考か? ヒーシャだ女だからなどと、固定概念で判断するのは狩りで一番危険だ。ちなみに私を守ろうなどと考えるな。私を視野に入れた動きは、却って足枷になる」
冷たく言い放たれた言葉にオプトは口を噤んだ。こんなにハッキリと、自分の考えを否定されたのは初めてだった。しかもパーティを第一に考えた発言を否定されようとは、思ってもいなかったのだ。
「ちょ、ちょっと! オプトは貴方の事を気遣って言っているのよ!? その言い方は無いんじゃないの!?」
ミディが上半身を起こし、咄嗟に口を挟んだ。
「頼んではいない。いいか、狩りに関しては無駄な気配りだ。初めの約束は守れ。私の事は気にするな」
ハルの冷めた物言いに、終止符を打つが如く、元が仲介に入る。このまま討論を続けていたら、パーティが分裂する危険性が出てきてしまう。
「は~いはいはいはい~もうそこまで。皆! ハルを狩りのパーティって思うの禁止な。こいつの言い方は悪いけど、ホントに狩りでは、気遣い無用だ。ただでさえ、俄かなんだ。一緒に狩りをした事がないこいつに関しては、空気位に思っていていいから」
『たく、俺には一瞬で会話を終わらせるくせに……こいつなりに気ぃ使ってんだな。でも話せば話す程、誤解されるタイプか。ホント分かり辛ぇ』
内心恨み節を呟きながら、元は人知れず溜息を吐いた。本来であれば、元はオプト寄りの思考だ。全員の生還を一番に考えれば、ハルの行動は、自己中心且つ無謀である。下手したらパーティを危険に巻き込みかねない。
『こいつが居ると均等が取れなくなる可能性が高けぇな。でもなぁ……ハルを知れば、こいつの言葉には説得力もあると思うが。いや……正しくはねぇんだけどさ』
それでも元はハルを睨んだ。
「たく、お前の言い分も分かるけど、狩りの前だけは止めてくれ。もっと他の言い方があるだろう?」
元の言葉にはウンともスンとも反応しない。そればかりか、顔を向ける事もしない様子に、元はギリギリと歯ぎしりを繰り返す。
『こいつは~』
気まずい空気は、食事の間中絶える事は無かった。ミディはともかく、オプトまでも押し黙ったままだ。ナツメとララは、何とか空気を変えようと必死になっていたが、俄かに勃発した険悪な雰囲気は、不変の様にパーティを浸食していく。
『ハルが入っただけでこれ!?』
元は息が詰まるのを逃れる様に、天を仰いだ。
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