第5章 生業-9
「疲れた~」
親父が用意したお茶を啜って、ようやく狩りの緊張から解き放たれた。テーブルの所々には、お茶が溢れこぼれ落ちている。親父の慌てぶりが伺い知れて、小さく笑み浮かぶものの、ふと上げた視線の先には、死んだように眠るハルの姿があった。枕元からタロが心配そうに覗き込んでいる。
「無茶しやがって……」
ハルの無謀な狩りは、今に始まった事ではない。戦いの度に身を削る攻撃を仕掛け、有効と判断すれば何度でも反対魔法を使う。その都度、宿に駆け込みヒーシャを癒すハーブ(センス)を焚く……もう何度繰り返してきただろう。
「すんなって言ってんのに、魔法で攻撃する事は止めねぇ。どうしたもんか」
ハルの特異な能力が著しく向上したのは、今の戦い方によるものが大きい。勿論、人知れずトレーニングを繰り返し、努力している事も知っている。しかし実践の緊張感に勝るものはなく、ハルの能力は飛躍して伸びた。
体力、スピード、瞬発力、そして魔法。戦士でもないヒーシャが、獣と直接対峙するなど、エンダの常識を覆すものだ。攻守共に高い能力を発揮する狩りのスタイルに加えて、獣を熟知する戦略との相乗効果で高い成果を上げている。しかし、と元は思う。
「こんな事続けていたら、いつか死ぬぞ。獣の腕を伝って額を直接狙うなんざぁ」
先程の狩りのシーンが脳裏に過って思わず身震いをする。元は気分を落ち着かせようと、思いきり肺からフゥーと息を吸った。
「お前のそれは、天性のもんか? 瞬時に一番効果のある戦い方を識別して、自分が描く狩りに獣を誘導する。それに加えて、攻撃に転換するあの素早さ。うん、それは確かに認める。こいつだったら、マジでいい戦士になっていた筈だ。しかし所詮ヒーシャだ。直接攻撃の能力の低さから、あんな危険な行動に出ざるを得ない。一度反対魔法を使っちまうと、後は使い物にならねぇ。ひどい時には気絶しちまう。俺が戦いの中で倒れたら、俺らパーティは全滅だぜ?」
何故、ハルがヒーシャなのだろうと思う。確かにその無謀さは褒められたものではないが、あの戦闘センスには正直いつも驚かされてしまうのだ。
「迷惑をかけた」
ハルのその声は消え入りそうに小さく、相当なダメージを受けている事は一目瞭然だ。元は一人言を聞かれた気まずさがあったが、すぐさまベッドに駆け寄った。
「大丈夫か?」
「慣れてきたのか、前ほど辛くはない」
そう言葉にしながらも、気怠そうに瞳を閉じる。ハーブが焚かれた中でも、中々回復しないのだろう。そんなハルの顔色を覗き込み、
『ウソ言いやがって……』
眉間に皺を寄せながら、それでも「そうか」と元は答えた。
「もう少し休みな。目が覚めたら、飯食いに行こうぜ」
向けられた声に頷きを一度落とし、小さく息を吸うと、
「食事……先に行ってくれ」
ハルは、また深い眠りに落ちていった。
結局ハルが目を覚ましたのは、次の日の正午だ。突然スイッチが入ったかの様にムクッと起き出し浴室に籠った。これもいつもの光景である。
隣の部屋で待機していた元は、ハルが起き出した気配を感じ部屋を訪れた。そしていつもの如く、汚れた衣類の洗濯を行う。雑で多少の汚れを気にしないハルに、元は一切の家事を禁じた。
ベランダに大量の洗濯物を干し切った時、ハルが軽い感じのワンピースに着替え、浴室から出てきた。狩りでついた泥を洗い流し、すっきりした姿に向かって、元は不機嫌そうに文句を並べ立てた。
「なーにが、慣れてきた、だ! 前より、ずっとひどくなってんじゃねぇか。初めは三時間程度だったのに、今回なんざ約一日だ。もう二度と、反対魔法は使うなよ!」
プリプリと怒る横をスッと通り過ぎ、タオルで長い髪を乾かすハルは、独り言の様に呟きを落とす。
「……だから先に食事をして来いと言ったのだ」
溜息交じりに、包みの中から皮で編まれたブーツを取り出すとベッドに腰を降ろし履き替えた。体力が戻れば戻ったで、淡々とそんな憎まれ口をきくのだ。元はギリギリと歯ぎしりをすると、スゥッと息を吸った。
「ち、げーよ!! 腹が減っているから言ってんじゃねぇんだって。いつか死ぬぞって言ってんだ!」
そんな仁王立ちする元の横をハルはさらりと横切った。長い髪がふんわりと揺れ、髪から花の匂いが立つ。
「待たせたな。食事に行こう」
何を言っても暖簾に腕押しの問答に、悶絶し文句を吐きながらハルの後に続く。ふと元は、ドアの近くに掛けてあったカーディガンに手を伸ばすと、ぶっきら棒に手渡した。
「ほらっ! 体、冷えるぞ」
「……あぁ、ありがとう」
小さい声で礼を告げた声に、元はそっぽを向きながら、「フン」と鼻を鳴らすのだった。
ハルが目を覚ます、こんな当たり前の遣り取りが、当たり前で無くなる……そんな日が来るかもしれない。このまま目が覚めないのではないか、ハルが倒れる度、そんな不安に駆られて仕方がないのだ。
「お前には「パーティ」の一員としての自覚がねぇ! たく、仲間の事を考えて行動するっていう思考が欠落してんだよ」
言っても無駄だと分かっていながら、元はハルの背中に向かってぼやき続ける。それでも時折見える肌に、血色が戻っていくのを見ながら、元は小さく安堵の息を吐いた。
『人の気も知らねぇで……』
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