28:ある魔女の物語

「……終わったな」

 ルシウスが金髪を風になびかせながら、感慨深げに呟いた。


「ああ……」

 カインの返答は上の空だった。

 何かを探すように蒼穹を見上げて視線をさまよわせ、目を眇め――数秒して、諦めたように顔を伏せた。左目を手で覆う。


「……どうかされたんですか?」

「いや」

 首を振って、カインは手を下ろした。


「もう隠し事はしないでください」

 彼が下ろした左手を掴み、咎めるような目で見つめる。


「カイン」

 ルシウスも睨む。

 皆の視線を浴びて、カインは観念したらしく、白状した。


「……目覚めたときから、白以外の魔法元素が見えないんだ。いくらアネモネが消滅したとはいえ、それと同時にこの世界から異界の魔法元素が全て消えたとは考えにくい。アネモネが異界の魔法を使えないようにしていったんだろうな」

「そうなんですか」

「良かったな、シアラ。アネモネに感謝しなくては」

「はい」

 シアラはルシウスと微笑み合った。


「……何で喜ぶんだ」

 不満そうなカインに、ルシウスが言う。


「異界の魔法の威力は絶大だが、あれは使用者の命を蝕む諸刃の剣だ。それでもお前は他人のためとあればためらわずに使おうとするだろう。アネモネはお前の性格を良く分かっている。使わないで済むならそれに越したことはない」


「ええ。二度と使って欲しくありません。あんな思いはもうたくさんです」

「カイン」

 と、リドが近づいてきて、呼びかけた。

 カインが顔を向けると、リドはカインの顔の前で人差し指を振ってみせた。


 反射的にだろう、カインがその指の動きを目で追う。

 瞳が指の動きに合わせて動いたが、左目は明らかに指についていけてなかった。

 いまも焦点が微妙にずれている。


「……やっぱりか。その左目、見えてないんだな?」

 リドが苦々しい顔つきになる。


「え……」

 シアラは当惑した。

 左目の焦点が合っていないと思うときはあったが、気のせいだと思い込んでいた。


「視力を失ったのは、魔女に対抗するためか」

「ああ。魔女はありとあらゆる異界の魔法を使った。金色の魔法元素だけではなく、全ての魔法元素を視認できるようにならなければいけなかったんだ」


「……お前はなんでそう……」

 リドは唸るように言って、ため息交じりにカインの肩に手を乗せ、項垂れた。


「――って、偉そうに怒れる立場じゃないんだよな、俺は。結局、全部お前一人に押しつけてしまったし……」

「気にするな。俺は元からそのつもりでここに来た」

 ぽん、とカインが自分の肩に置かれたリドの手を叩いた。


「死ぬ覚悟もしていたし、実際に死んだらしいが、お前たちが死を覆してくれたんだろう。感謝してる」

「はは。カインが素直だと調子が狂うな」

 リドは苦笑して手を引き、それから、思い出したように明るく笑った。


「覚えてないようだけどさ。死にかけたとき、お前は俺に『魔女をやっつけた』って笑顔で話しかけてきたんだぞ。まるで学生時代のお前に戻ったみたいだった。お前が初めて空間転移に成功したときのことを思い出したよ。あのときも、ものすっごい良い笑顔で『なあリド見て見て!!』って大はしゃぎで報告しに来たよな」

「覚えてない」

 照れたのか、カインが顔を逸らす。


 リドはちらりとこちらを見て、何故か、にやりと笑った。


「?」

 シアラが不思議に思っていると。


「ちなみに、シアラには『世界で一番愛してる』って言ってたぞ」

「!!!???」

 ぼんっ、とシアラの頭は爆発した。大嘘だ、言ってない!


「リドさん!? いえっ、カイン様、いまのは――」

 顔を真っ赤にして否定しようとしたシアラは、カインの様子に気づいて停止した。


「……そんなこと言ったのか?」


 カインは気まずそうに、目を泳がせていた。

 しかも、頬がほんの少し、赤くなっているような。


(……………………あれ?)


 おかしい。

 カインの性格ならば、絶対に違うとわかっていることならば何を馬鹿な、と一笑に付して終わるだろう。あるいは零下の眼差しで見つめるか。


 なのに、あからさまに動揺しているということは。


 ――思い当たる節がある、ということではないだろうか?


(え……いえ……まさか……ええと……?)


 予想外の反応に、シアラのほうこそ激しく動揺した。

 まさか。そんな。でも――思考だけが空回りしている。


「……あー、リド」

 こほん、とルシウスが咳払い。


「突然だが、私は急に散歩がしたくなった。護衛としてついてきてくれるか」

「良いですねー殿下、私もちょうど散歩したい気分だったんです。ほら、クルーガも一緒に行こう」

 妙に爽やかな笑顔でクルーガを呼ぶ二人。


「嫌だ、私はここに残る! この妙な空気をぶち壊さねば! 泣かすような男にシアラはやれん! 私はマリーにシアラのことを託されているのだ!!」


「はいはい、いいからおいでー」

「引っ張るな! ああっ、魔法を使うな、卑怯だぞリド! 私は認めん! 認めんぞ――!!」

 ぎゃあぎゃあ喚くクルーガを強引に連行し、二人は去っていった。


 残ったシアラとカインの間に、妙な空気が漂う。


(もう、クルーガったら……)

 第一声に迷っていると、カインは懐に手を入れ、何かを取り出した。


 割れた貝殻がその手に乗っていた。

 オレンジと薄紅を混ぜたような色合いの貝殻。


「その貝殻は。私がエスタで差し上げた」

「ああ。城と一緒に消えられたら困るから、隠しに入れておいたんだが」

「レニスとの戦闘で割れてしまったんですね」

「いや。さっきのクルーガの突進のせいだ」


(クルーガ……)

 シアラは頭を押さえた。

 もちろん、クルーガの怒りも、さきほどの発言も、全てシアラを想ってのことだとはわかっているけれど。


「ところで、何か俺に言いたいことがあるんだろう」

 割れた貝殻を隠しに戻しながら、カイン。


「全てが終わったら聞くと誓った。その約束を果たそう」

「あ。はい……」

 とは言ったもの、改めて口にするとなると恥ずかしい。

 カインが真剣な表情でこちらを見ているから、なおさらだ。


 陽に照らされて煌く鳶色の髪。赤い瞳。秀麗な顔立ち。


 ほんの少し前に彼は死に、シアラは狂いかけた。

 それでもいま、彼はこうして生きて、目の前に立っている。


 これは奇跡だ。アネモネが起こしてくれた奇跡。


 風が吹き抜けて、彼の鳶色の髪が、上着の裾が揺れた。


(もう二度と失いたくない。離れたくない)

 愛しさが胸を突き上げ、想いが溢れる。


「私はカイン様のことが好きです」


 気づけば自然とその言葉が口をついていた。

 照れもせず、まっすぐに、シアラはカインを見つめた。


「十年前からずっと、あなたを愛しています」


 カインは――微苦笑した。


「……そんなことを言われるなんて思わなかった」

「……迷惑でしたか?」


「まさか」

 カインは歩み寄り、距離を詰めた。


 カインの手がシアラの頬に触れ、包み込む。

 宝物を扱うような、優しい手つきだった。


「俺も同じ気持ちだ。いままでは魔女との戦いで命を落とすかもしれないと思っていたから、気持ちを押し殺していた。でも、全てが終わったいまならもう、遠慮しなくていいな」


 顔を上向けられて、唇が重なった。

 シアラは驚きに目を見開いたものの、すぐに目を閉じてその感触を受け入れた。


 数秒して、唇が離れると、シアラは彼の背中に腕を回した。そうするのが当然のように思えた。


 カインもまたシアラを抱きしめてくれた。強く。


「……エスタの海で二枚貝の貝殻を贈ることには特別な意味があるんだ。他の貝はともかく、二枚貝は恋人にしか贈れない」

「どんな意味があるんですか?」

 カインの腕の中で、シアラは微笑んだ。

 幸せで堪らない。心に羽根が生えたような気分だった。


「二枚貝は左右対称の貝殻を持つだろう。ぴたりと合うのはたった一枚の貝殻だけ。それを恋人に贈るということは『この貝のように、一生自分と寄り添って生きてほしい』とこいねがうということ。つまり、求婚の意味を持つ」


「……では、カイン様は私に求婚したのですか?」

 シアラは身体を離して、赤い瞳を見上げた。


「あのときは魔女のことで頭がいっぱいで、そこまで深くは考えていなかったが。単純に綺麗な貝殻だと思っていたし――」

 言い訳のような言葉を並べ立てられ、シアラは剥れた。


「ぬか喜びさせる気なのですか」

 睨むと、カインが笑った。


「敵わないな、お前には」

 カインがシアラの手を取り、口づけを落とした。


「改めて言う。俺と結婚してくれ、シアラ」

「――はい」


 知らなかったとはいえ、シアラは貝殻をカインに返している。

 とうにイエスと答えていたのだ。


 再び抱き合った二人の頭上に、花の雨が降った。

 青、黄色、ピンク、白――小さな野草の花たちが、祝福するように空から降って来る。


 拍手に振り返れば、大きな木の傍にリドとルシウスがいた。

 リドがタイミングを見計らって花をまいたらしい。もちろん、魔法で。


 シアラはカインと顔を見合わせて笑った。


「おめでとう」

「結婚式には是非呼んでくれ」


「……私は認めん」

 二人は笑顔だったが、足元のクルーガだけがこちらに背を向けていた。

 完全にふてくされているクルーガを見て、シアラは苦笑した。


 クルーガを説得するには、少々時間がかかりそうだ。





 十年後の昼下がり。

 王都ザナークのとある民家の居間で、女性が女の子に本を読み聞かせていた。


 女性は金色がかった長い緋色の髪の持ち主で、女の子の髪は鳶色だった。


「ねえお母さん、もう本は飽きたよお。他に面白いお話はないの?」

「うーん、そうねえ」

 椅子に座った足を揺らしながら駄々をこねる娘に、母は考え込む様な顔をする。


「じゃあ、ある一人の魔女の話をしましょうか。森の中で暮らしていた魔女は、畑でネズミを見つけるの。そのネズミはなんと、この国の王子さまだったのよ」


「ネズミが王子さまあ? 何それ。そんなのありえないよ! ねえお父さん」

 娘は母と同じ金色の瞳で、クセンの入った紅茶を飲んでいる父を見つめた。


 宮廷魔法使いの父が昼間から家にいることは非常に珍しい。実に一ヵ月ぶりの休日だった。


「いや、ありえたんだ。あのときは本当、不眠不休で死ぬかと思った」

 父が遠い目をして、ふっと息を吐く。


「実際にその三か月後に死にましたよね」

「……まだ言うか」

「当然ですよ。宮廷魔法使いになってからも、無茶ばっかりするんですからあなたは。休めと言っているのになかなか休んでくださらなくて、このままでは過労死してしまいます。クルーガに噛みついてもらおうかしら」


「止めろ。あいつはお前がやれと言ったら本気で噛んでくる。リーナとお前にはあんなに甘いくせに、なんで俺には当たりが強いんだろうな」


「理由は胸に手を当てて考えてください。全く。リーナとまともに顔を合わせるのも久しぶりでしょう。私がいないと本当に駄目なんですから、あなたは」


「ああ。俺はお前がいないと駄目なんだ」


「…………。もう。本当に、そういうところは相変わらず……娘の前ですよ?」

「何? お父さん死んだってどういうこと? ねえ、わかるように教えてよ!」


「ああ、ごめんなさいリーナ。話を戻しましょう。王子さまはね、魔女に呪いをかけられて、ネズミに変えられていたのよ――」


《END.》

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森で王子を拾ったら。~癒しの魔女と魔法使い~ ゆずりは @yuzuriha

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