22:我儘を叶えてくれる人

「魔女の使徒を自称するディーたちは王女――いや、魔女アネモネの一部。十人いた使徒は長い時を経る間に半分以上が自然消滅し、残ったのはディーとソロ、レニスの三人だけ。ディーは玉座の間にある魔法結晶を壊せば全てが終わると言った」


 魔法結晶は、死んだことで物を持ち帰ることができるようになったアネモネが別世界から運んできた巨大なエネルギーの塊だ。


 存在が不安定なアネモネたちはその結晶を核とすることでこの城を作り上げ、千年を生きながらえているのだという。


「俺たちが玉座の間に近づこうとすれば、アネモネが妨害してくるだろうから、まずはアネモネを倒してほしいと――」

「あの」

 と、声を上げたシアラに、皆の視線が集まった。


「ずっと考えていたんですが……本当に、アネモネを倒すしかないのでしょうか。争うことなく解決する方法はないんでしょうか」


「……何を言ってる? 死人の過去に同情でもしたのか?」

 カインが眉宇を寄せる。


「はい」

 シアラは突き刺すような眼差しにも屈さず、首肯した。


「……あのな」

「わかっています。どんな過去があるにせよ、アネモネは国を滅ぼした。彼女の使徒だって、何人もの人間を殺した大罪人です。それでも、もしも私が彼女であったなら。王女という貴い身分でありながら狭い塔に十五年も閉じ込められて、父親に騙されて、利用されて、裏切られて、愛する人を失って――とても狂わずにいられません」

 感情が高ぶって泣きそうになりながら、カインの腕を掴んで訴える。


「三カ月城で暮らして、一度でもアネモネに危害を加えられたことはありましたか。アネモネはカイン様に魔法を教えて、日々成長していくカイン様を見守るのが生き甲斐だと言っていました」


 アネモネはかつてギルに文字を、魔法を教えた。

 記憶はなくとも、アネモネはカインを通してギルの幻を見ていたのではないだろうか?

 誰かと共にいる喜びを感じていたのではないだろうか?


「アネモネは誰かに傍にいて欲しいだけなのです。孤独に耐えられないだけなのです」


 ――私を独りにしないで。


 きっと、いまも昔も、アネモネの根底にあるのはそれだけだ。

 彼女が愛され、祝福された王女であったなら、こんな悲劇は起こらなかった。


「ルシウス様を求めたのもそうです。もしもルシウス様がこの城に来られていたとしても、アネモネはルシウス様を大切にしていたことでしょう。もちろん、本人の意思を無視した行動は許されることではありませんが、それでも……私は暴力で彼女を消し去るのは嫌なのです。わがままを言って、ごめんなさい」

 シアラは手を離し、項垂れた。


 風見の塔を風が吹く。

 俯いた視界の中で、カインは微動だにしない。


 沈黙を破ったのは、嘆息する音。


 ぽん、とカインの手が頭上に乗る。

 手が左右に動いて、撫でられる。

 その感触が優しかったことに、シアラは何より驚いた。


「……わかった。別の方法を考えよう」

「え」

 顔を上げると、シアラの頭から手を引っ込めて、カインは頷いてみせた。

 仕方ないなコイツは、と微苦笑した顔に書いてある。


「リドはどうだ?」

「うん、異論はないよ。美しい女性の涙には弱いんだ。それがシアラなら、なおさらね」

 リドは悪戯っぽく、目くばせしてきた。


「そうか。いまの台詞、カレンデュラにも言っておこう」

「止めろ! 怒ったら怖いんだよ彼女!!」

 婚約者の名前を出され、慌てるリドを無視してカインがルシウスに目を向けた。


「ルシウスもそれでいいか。魔女の一番の被害者はお前だ。暴力で排除するかしないか、決定権はお前に譲る」


 恐る恐るルシウスを見ると、ルシウスは肩を竦めた。


「シアラの意思に従うよ。ネズミにされたことには文句を言いたいが、アネモネが父上の命を救ったのは紛れもない事実だからな。何より、シアラが悲しむのは私も嫌だ」

 ルシウスが白い歯を覗かせて笑った。


「ルシウス様……ありがとうございます」

 頭を下げると、ルシウスは照れをごまかすように頬を掻いた。


「大げさだよシアラ。で、どうするんだ?」

「東棟の二階の一室にガラスケースがあるのは知っているか」

 強く吹いた夜風に髪をなびかせながら、カインが言った。


(……どうするか聞かれて即座に答えるあたり、ひょっとしてカイン様はこの展開を予想していたのかしら)

 シアラがアネモネを倒したくないと、我儘を言い出すことを。

 だとしたら見透かされている。


「小さい紫色の塊か? それなら私も見たが――あ。もしかして、あれは」

 思い当たったらしく、ルシウスがはっとしたような顔をする。


「そうだ。あれはギルの遺体が変質したものの一部。そしてソロが持っている人形はギルを模したもの。ソロはギルを失くした記憶を繰り返し見て泣いているらしい」

 部屋の隅で泣く少女を思い浮かべ、シアラは無意識のうちに手を組み合わせていた。


「まずはアネモネにギルの記憶を思い出させる。具体的にはソロの記憶をアネモネに共有させる」

「精神干渉の魔法を使えば可能か。でも、なんでソロの記憶なんだ? ディーもギルの記憶を持っているんだろう?」

 首をひねったリドに、カインが淡々と答えた。


「ディーは千年分の記憶を持っている。余計な記憶が多すぎるんだ。王女アネモネとしての感情を揺さぶるなら、ギルに固執しているソロの記憶を移したほうが都合が良い。恐らく、城の住人の中ではソロが最も生前のアネモネに近い」


「なるほど。しかし、記憶を移したとして、ギルがいない現実をアネモネは直視できるか?」

かなめはそこだ。俺があの紫色の塊を媒体にして、ギルの魂を引き戻す」


「は? 千年前に死んだ者の魂を? そんなことができるのか?」

 カインを除く全員が目を丸くした。クルーガの耳がぴんと立っている。


「異界の魔法を使えばできる。というより、やるしかないだろう。こいつがそれを望んでいるんだから」

 赤い目で見つめられて、シアラは口を開き、また閉じた。

 アネモネを救えるのはギルしかいない。

 けれど、魂を引き戻す異界の魔法を使えば、その代償はカインに返って来る。


(それでいいのかしら……私はまたカイン様に負担をかけてしまう。何か、他に方法は……)

 頭が痛くなるくらいに考えても、何も思い浮かばない。

 やっぱり、最後にはカインに頼るしかないのだ。


(どうして私はこんなにも無力なの)

 打ちひしがれていると、伏せた顔に手がかかり、持ち上げられた。

 強制的に上向いた視界に、カインが映る。


「大丈夫だ。俺は死なない」

 カインは笑っていた。シアラを安心させようとしてくれているのだ。

 胸がつきんと痛む。何故彼はこんなにも優しいのだろう。


 単純にアネモネを倒すより、よほど過酷な道をシアラは進ませようとしているのに。


「……。約束ですよ」

 目を潤ませながら、シアラは頬にかかるカインの手に、自分のそれを重ねた。


「ああ。俺は」

 続きの言葉は聞こえなかった。

 急に重ねていた手の感触が消失し、カインがこの場から消えた。


「カイン様!?」

「カイン!」

 シアラたちが叫ぶと、空間が滲んで、アネモネが現れた。


「楽しそうなお喋りね。私も混ぜて?」

 アネモネが笑うが、笑い返す者はいない。


「……カイン様をどこへやったんです」

 硬い声で問う。


「隔離空間の中に押し戻しただけよ。私を眠らせて、『目』を閉じて内緒話に興じるなんて、酷いわ全く。後でお仕置きする必要があるかしらね」

 アネモネは空を見上げた。

 カインが見ていた場所と全く同じ。

 そこに『目』とやらがあったらしい。


「止めてください。私たちはただ、三カ月ぶりの再会を喜び合っていただけです!」

 慌てて言うと、アネモネは「ふうん?」と首を傾げた。

 姿形はレナそのものなので、なんだかとても違和感がある。侍女としてシアラに仕えていたレナは決して敬語を崩さなかった。


「まあいいわ。そういうことにしておいてあげる。外にいて冷えたでしょう。皆でお茶にしましょう。いらっしゃい」

 アネモネはお仕着せの裾を翻し、階段室へ向かった。

 皆、といっても、そこに当然カインはいないだろう。

 次に会えるのはいつだろうか。


(……大丈夫、この城にはディーさんという味方もいる。いざとなったら彼女が助けてくれる)

 カインがいつ再び接触してきても良いように、心の準備をしておこう――そう思いながら、シアラはアネモネの後に続いた。

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