21:ある王女/魔女の悲劇

「魔女がどういう存在かはディーに聞いているのか?」

 カインがリドに聞いた。


「ああ。元は千年前に滅んだ小国リンドカレラの第三王女と聞いた。両親ともに金髪でありながら、緋色の髪を持って生まれた赤子は王妃の不義密通の証拠とされ、王妃は処刑。王女は生まれてすぐに幽閉された」


 リドが首を巡らせ、ふとこちらを見る。

 シアラを見下ろす彼の目には、深い憐れみがあった。

 同じ髪色のシアラを通して魔女を見ているのだろう。


「金色がかった緋色の髪は特異能力を持つ魔女の証。両親の髪が何色であろうと関係なく、誰からでも生まれる可能性があるのにな……その時代ではわからなかったんだろう」


 かつての王女――アネモネの痛ましい過去を思い、シアラはクルーガの柔らかい毛を撫でながら目を伏せた。


 茨の這う古い塔に幽閉された王女は寂しさのあまりか、七歳という若さで異世界を渡る力を発現させる。

 このとき異世界に渡れるのは彼女の精神だけであり、小石一つ持ち帰ることはできなかった。


 前代未聞の王女の力は枢機卿を始め、皆が気味悪がったが、弱小国の王だけは喜んだ。


 王女は可能な限り異世界を渡り、学んだことを全て記すように命じられた。


 父が喜んでくれるならと、王女はせっせと異世界の魔法を紙にしたためた。

 良くやった――人づてに聞く王の言葉は、王女の心を大いに慰めた。

 それほど彼女は孤独だったのである。


 王女が十二を迎えたとき、不遇の彼女にただ一人、愛を持って声をかけた者がいた。

 名前はギル。

 頬にそばかすを散らした茶髪黒目の彼は庭師の見習いだった。


 人懐っこいギルは王家や使用人たちの信頼を勝ち取って塔に出入りするようになり、王女と友好を深めていく。


 ギルは王女が書き記した異界の魔法に興味を抱き、王女は字の読めない彼に文字を教え、魔法を教えた。


 やがて、魔法式を解読できるようになったギルは島のごく一部でしかなかった弱小国リンドカレラがこの数年、常軌を逸した速度で領土を拡大していた理由を知る。


 ただただ父に愛されたい一心で、言われるまま王女が書き記した異界の魔法は、そのほとんどが効率的に人を殺すためのものだった。


 人にしか感染しない恐ろしい病をまき散らすもの、水を毒に変えるもの、思考を奪うもの、人を人でなくすもの――


 異界からもたらされた未知の魔法を元に研究され、開発された新種の魔法を防ぐ手立てなどあるはずもない。


 ギルは幼少から塔に閉じ込められ、外界の情報を一切遮断された純粋無垢な王女を戦争に利用する王の大罪を知って震えた。


 王女が学んだ魔法には国を豊かにするものもあったが、その魔法は王が独占し、諸外国が恩恵を受けることはなかった。


 このままでは世界はリンドカレラの暴君に支配され、何も知らぬ王女がその片棒を担がせられることになる。

 ギルは必死になって王女を止めた。


 ――姫さま、もう異世界を渡ってはいけません。たとえ何を言われようと、王の命令に従わないでください。どうか、どうかお願いです。

 ――わかりました。あなたが悲しむなら止めましょう。


 王女はギルが拍子抜けするほどあっさりと懇願を聞き入れた。


 何故ならそのとき、王女にとってギルは、顔の知らない父よりよほど近しく、誰よりも愛しい存在となっていたから。


 ――その代わり、ずっと私の傍にいてください。

 ――はい、約束します、アネモネ様。貴女が望む限り、ずっと私はお傍にいましょう。


 けれど、その約束が果たされることはなかった。


 それまで人形のようにおとなしく従順だった王女の反抗に王は激怒した。

 ギルは王女を唆し、王命に逆らわせた大罪人として兵に連行された。


 王女はかつてないほどに取り乱し、泣き叫んでギルを返すよう訴えたが、願いは聞き入れられなかった。

 涙も枯れ果てた一週間後、王女は王に呼びつけられ、生まれて初めて城内に足を踏み入れた。

 

 王女は恐ろしい形相をした玉座の王や大勢の兵に睨まれて震えながら、それでも毅然と顔を上げ、もう二度と異世界には行かないと宣言した。


 王は冷淡に問う。庭師が死んでも良いのか。


 その問いにたちまち王女は屈し、ギルの命を保証してくれるならば何でも言うことを聞くと誓った。


 兵に引き立てられ、塔に戻るべく城の廊下を歩いている途中、王女は侍女たちの残酷な内緒話を聞く。


 ――ほらあれが例の。可哀想な姫君よ。

 ――もうあの庭師は死んだのにね。


 その言葉に、王女の理性は弾け飛んだ。


 学んでしたため、王に提出し続けてきた異界の魔法は王女も使えた。王女は生まれつき、異界の魔法元素を見る才能があったのだ。


 これまで使わなかったのは、王が、そして誰よりもギルが、決して使ってはいけないと戒めていたからだ。


 箍の外れた王女は行く手を阻もうとする兵たちの命を一瞥もせずに奪い、噂話をしていた侍女の胸倉を掴み上げて情報を聞き出し、城の地下牢へ続く階段を駆け下り、看守に白状させた。


 ――食事に毒を入れたのです。国王の命令で。


 王女は看守を殺し、ギルの遺体を墓から掘り返して抱きしめた。


 ――辛かったでしょう、苦しかったでしょう。大丈夫、私は死者蘇生の魔法も知っているから大丈夫。すぐに生き返らせてあげるからね。そしたら約束通り、ずっと私の傍にいてね。私を独りにしないで。


 王女は異界の魔法を使ってギルの蘇生を試みる。


 十の命では失敗したからもう一度。今度はさらに多くの命を注いで。三十の命を使ってもう一度。次は五十の命を使ってもう一度――


 千を超える命を犠牲にしたとき、王女の眼前で紫色の粘土のような、巨大な人型の塊が起き上がった。


 ――こんなの彼じゃない。彼はもっと素敵。彼。彼って一体誰かしら? わからないけどとにかく彼を作らなくっちゃ。さあもう一度。今度は国中の命を使いましょう。ええ、ええ、もうこんな腐った国など要らないわ!


 狂った王女はけたたましい笑い声をあげて奇怪な塊を粉砕し、魔法を発動させた。

 暴走した滅茶苦茶な魔法は国を滅ぼし、王女の自我と肉体も国と共に砕け散った。


 それでも王女の悲劇は終わらない。


 生涯最後に放った魔法にどんな効果があったのか、王女は全ての記憶を失い、分裂した自我は個別に形を成したのである。


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