森で王子を拾ったら。~癒しの魔女と魔法使い~

ゆずりは

01:懐かしい夢

 今朝、久しぶりにあの日の夢を見た。


 森で迷子になったあの日からもう十年も経っていて、トントリア魔法学院の制服を着たその人がどんな顔をしていたのか、どんな声をしていたのか、記憶は曖昧だけれど、それでも。


「無事で良かった」


 そう言って差し伸べられた手。

 闇夜に燃える炎のような赤い瞳と、柔らかな笑顔は、いつまでも記憶に焼き付いて、離れない。





 シアラ=ローズフィールは鳥の鳴き声で目を覚ました。

 覚醒と同時に川のせせらぎにも似た木々の葉擦れの音や、さっきとは違う鳥の鳴き声が次々と耳に飛び込んでくる。


 シアラの住居は森の中の小屋だ。

 夜でも朝でも賑やかな環境音が途切れることはない。


(……懐かしい夢を見たわ)

 

 今日は良いことがあるかもしれないなと思いながら、蕎麦殻が詰まった枕から頭を上げ、毎朝恒例の伸びをしたところでベッドに一匹の獣が歩み寄って来た。


 黒と青と白の三色の毛で覆われた身体に、灰青色の瞳。

 額から伸びる水晶のような角。


 額の角を除けば見た目は狼に似ているが、彼は森に棲息する魔物の一種だ。


 三年前、森の中で怪我をしていたところを介抱したのが縁で、いまではすっかりこの家の番犬と化した。


「おはようクルーガ。今日も早起きね」

 シアラは室内履きに足を入れてベッドの脇に屈み、クルーガの頭を撫でた。

 クルーガは目を細めて床に座り、ぐるる、と気持ち良さそうに喉を鳴らした。


 一応彼は魔物のはずだし、姿形で最も似ている動物は狼のはずなのだが、たまに実は犬なんじゃないかと思う。


 シアラはくすっと笑ってから、ベッド脇にあるテーブルに近づいた。


 丸いテーブルの上には蓋の開いた小さな木箱。

 幾重にも布が敷き詰められたその箱の中で、一匹のネズミが丸まっている。


 綺麗な金色の毛並みを持つこのネズミは昨日の昼間、庭で発見した。

 シアラが亡き養母マリーから引き継ぎ、大切に守って来た畑で倒れていたのだ。


 ネズミは大きなクレマキャベツの中心に横たわっていた。

 恐らく彼を狩った鳥が上空から落としたのだろう。

 クレマキャベツが緩衝材の役割を果たしたらしく、ネズミに目立つような外傷はなかったが、落ちた衝撃で内臓が傷ついたのか口の端から血が零れていた。


 このネズミを見つけたとき、シアラは心底驚いた。

 白や灰色や黒の毛並みのネズミは見たことがあるが、金色のネズミなど知らない。


「金色のネズミは神の使い。慈しめば幸運が、虐げれば不幸が訪れる」という噂は聞いたことがあるが、まさか本当に実在するとは思わなかった。


 シアラは魔女の力でネズミを癒し、そのまま保護した。

 幸い、ネズミは保護した数時間後には目覚め、活発に動き回った。


 もう大丈夫と判断し、森に放そうとしたのだが、当のネズミがそれを拒んだ。自由にしてもシアラの傍から離れようとしないのだ。


 結局、シアラはネズミを「ルー」と名付けて飼うことにした。


「あら。おはようルー」

 シアラの接近に気づいたのか、ルーは呼びかける前に目を開いた。


 四つ足をちょこちょこ動かして木箱から這い出て、後ろ足で立ち、何かを訴えるようにシアラを見つめる。つぶらな青い瞳で。


「あなたは夜行性でしょう? 無理せず寝ててもいいのよ」

 ルーは首を振り、シアラを見上げた。

 その焦点はシアラの左肩だ。


「なあに? 今日も私の肩に乗りたいの?」

 ルーは頭を下げ、頷くような仕草をした。


「ふふ。本当にあなたって不思議なネズミね。まるで私の言葉がわかっているみたい。昨日の夜、できれば齧るならテーブルの脚だけにしてねってお願いしたけれど――」

 シアラは屈んでテーブルの脚を見た。


 ネズミが齧ったような跡はどこにもない。

 注意深く部屋を見回しても、家具も棚も床も壁も無事だ。


「テーブルの脚だけじゃなく、どこも齧ってないみたいだし。本当にお利口さんね、助かるわ」

 シアラはルーの頭を撫でた。


「ちょっと待ってね。着替えたら肩に乗せてあげる」

 そう言うと、ルーは勢いよく身を反転させ、頭を抱えるような姿勢を取った。


 初心ウブな少年の如き反応である。


(……やっぱりこの子、人語がわかってるんじゃないかしら。実は人間だったりして。なんてね。おとぎ話でもあるまいし)


 他愛ない夢想に苦笑し、シアラは部屋の隅に置いた水がめから水を汲んで手洗いと洗顔を済ませ、身支度を整えた。

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