6
「あの…」
次の晩、私は自分から博斗に尋ねた。
どうしても尋ねたかった。
そうしなければ、自分がどうかなってしまいそうだった。
自分がどうなってしまうのか、わからなかった。
助けてほしかった。
「なんだ…シ……稲穂?」
「博斗。教えてほしい」
「……」
博斗は小さくふん、と鼻を鳴らした。
「訊かれる内容によるな」
博斗はいつもこうだと私は思った。
少しずつ、私が自分でもわからないようなことの答えに導いていってくれる。
いまも、導いてほしい。
私に答えを出してほしい。
「博斗…は?」
「はぁ?」
「博斗は、私に、どっちであってほしいの? 私が誰であってほしいの?」
私の視線は博斗から剥がれなかった。剥がすことは出来なかった。
博斗は呆けたような顔を一瞬したが、唐突にむっとした顔になった。
「バカか!」
「あ…」
博斗に叱咤されて、私はおびえた。
博斗においていかれるのはいやだから。博斗に見捨てられたくないから。
博斗は、うって変わって優しい顔になった。嵐から晴天へ。雲は一瞬にして消えた。
「あのな。そんなこと訊く奴があるか。自分が誰かなんてことはな、答え出してくれる奴はいないんだよ。自分が誰かは、自分で決めるもんだ」
博斗の言い分はもっともだ。
私だって博斗が言うようなことぐらい、頭ではわかっている。
わかっているけれど…。
私には決められない。
決めるのが怖い。
怖いから博斗に決めて欲しいと思ってしまう。
それは逃げなのだろう、自分への。
それもわかっていて、それでも、博斗に頼ろうとしてしまう。
私には、博斗が必要だから。
博斗に必要とされない自分など、いまの私には…なんの意味もない。
「でも…でも…私は…」
私が言葉に詰まると、博斗はいきなり私を抱き寄せた。
「あ……ん…」
ただそれだけのことで、信じられないほど落ち着いた。
不思議な力。
私がいままで感じたことも味わったこともないような力を博斗はもっている。
その力はとても心地よく、心から落ち着く。
「…いいか、んじゃあ、一つだけ言ってやる」
「……」
「あのな、そういう質問をしてくるような女には、なってほしくない」
「……」
「俺が求めるのは、それだけだよ」
「……」
「返事は?」
「…………はい」
私はうなずいた。
なぜか笑いがこみ上げて仕方がなかった。
それに、もっとおかしなことは、笑っているのに、勝手に涙がこぼれることだった。
恥ずかしいので私は博斗の胸に顔を埋めた。私にも羞恥などという感情があったのだ。
そう思うとさらにくすぐったい感じがした。
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